ナポリを見て死ね ギュスターヴが、少年にも酒を勧める。 「はぁ……」 「一杯だけだぞ」 ハーレムが念を押す。 飛龍が、盃に酒を注ぐ。 「では、いただきます」 ロッドが一口、酒を口に含んだ。 まろやかな味だが、飲み下すと体が内から火照ってくる。 「いい酒です。美味しいです」 「ふん。ガキのくせに酒の味がわかるのか?」 ハーレムは胡坐をかいて、膝の上に肘を立てる。 「オレ、酒飲むの、今日が初めてではありませんよ」 「もう一杯、どう?」 「ギュスターヴ、それ以上その生意気なガキにやるな」 「へいへい」 「それに、まだ残ってますしね。これはアルコール度数が高いですし」 飛龍が言った。 「これぐらいにしときますよ、オレ」 「いい子だ」 ハーレムが人の悪そうな微笑みを浮かべた。 (子供だと思って) 何も知らないと思うなよ。 ロッドは、ゴンじいにつきあって、いろいろな酒を飲んだことがある。 その中には、今飲んだものより強いのもあった。 ロッドはまた盃を口にした。その姿は、堂に入ったものである。この年で、もう酒の飲み方を心得ているのであった。 「ロッド」 ギュスターヴが、いつの間にかロッドの隣に来ていた。 「酒もいいが、もっと酔ってみないかい? 俺のテクに」 「こら、ギュスターヴ!」 ハーレムが怒声を飛ばした。 「だから! ガキを口説くんじゃねぇって言ったろ!」 「十年後には大人ですよ」 「じゃあ、それまで我慢するんだな」 「ちっ」 言い負かされてしまったフランス人は、残った酒を一気に飲み干した。 「もう一杯、くれ」 「やれやれ。節制しないと、朝起きられなくなりますよ」 ギュスターヴは飛龍に注意された。 「このぐらい、平気なのは、おまえさんも知ってるだろ。それとも、アンタが相手をしてくれるって言うんなら、控えてもいいけど」 「お断りします」 「ちっ。どいつもこいつも。あーあ。こんなとこ来るんじゃなかった。故郷が懐かしいぜ。寝てくれる女なんか大勢いてさぁ……」 「ギュスターヴ……ロッドには意味はわからないでしょうに」 ロッドは―― ギュスターヴの言ってることが全てわかった。 そして、羨ましく思った。 (オレも……オレも大きくなったら、美女集めて酒池肉林しよう) その為には、まずお金持ちにならなければ無理だろうけれど。 やがて、ハーレムはGと一緒に作戦会議をし出した。 (このオッサン達の元では、難しいかな) ハーレム達と一緒に世界中を巡る――そのことも、ロッドは将来の選択肢に入れておいた。 まぁ、結構楽しそうだ――ハーレム達の部下が、皆いい人だから。 ギュスターヴや飛龍以外の人間にも、構われ、可愛がられ、こうされているのも悪くないな、と考えた。 ロッドは外の空気に当たる為、天幕を出た。 「わぁ……」 濃藍の空に、星が宝石のように散りばめられていた。 明日も晴れるかな。 「よぉ」 「わっ」 星空に魅入られていたロッドは、後ろからの声に驚いた。 「ふん、背後にいるのに気付かないなんて、まだまだだな」 「何言ってんですか。気配を消していたんでしょう?」 「まぁな」 しかし、この男――ハーレムにバックを取られるとは不覚だった。 「何見てた」 「星です」 「星か――綺麗だな」 ハーレムもロッドの横に並んだ。 「俺の部下はああいう奴らだ。あれでも皆強いんだぞ」 ハーレムが得意そうに言う。 「それから、ギュスターヴの言っていることは全部本気だ。安心していい」 ロッドは吹き出した。 「ハーレム隊長~。心配しろと言うならわかるけど……」 「冗談だ」 そう言ったハーレムの顔には、和やかな笑みが浮かんでいる。 下品な下ネタは嫌っているとギュスターヴが言っていたが、なかなかどうして。きわどいジョークも飛ばすじゃありませんか。 「ハーレム隊長って、ギュスターヴに似てますね。酒好きなところ以外でも」 「何?! あいつに?! そんなことはないだろう」 心外らしく、ハーレムの顔は途端にひきつった。 「どうしてそう思った?」 「んー、何となく」 「……複雑な気分だな」 ハーレムはしばらく夜風に当たっていたが、やがて言った。 「ロッド……昨日の話だけどな」 「へい」 「おまえ、ここでずっと生きていくって言ったの、あれ、本心か?」 ロッドは意外なことを訊かれ、しばし開いた口が塞がらなかった。 「本心? 本心って、どう言うこと?」 「おまえなら、どこででも楽しく生きられるだろう――だが、それだけでいいのか?」 「それだけでいいっすよ。何言ってんすか。ハーレム隊長」 「おまえは、俺と同じだと思ってたんだがな――この国から出たい、そう考えたことはないか?」 「う……」 ロッドは、内心の野望を読み取られた気がした。 世界中の海を見てやるんだって――世界の王様になって――。 (でも、なんでこの男が、オレの夢を知ったのだろう) 「そんなこと――なぜわかったんですか?」 「勘だ。それと、同類の匂いがしたからかな」 同類の匂い? 「俺は、ずうっとガキの頃から――そう、おまえの年の頃から、世界中を飛び回りたかったんだよ。今、その夢が叶って、嬉しく思ってる」 ナポリを見て死ね 6 BACK/HOME |