ナポリを見て死ね
5
「ロッドも一杯、どうだ?」
 ギュスターヴが、少年にも酒を勧める。
「はぁ……」
「一杯だけだぞ」
 ハーレムが念を押す。
 飛龍が、盃に酒を注ぐ。
「では、いただきます」
 ロッドが一口、酒を口に含んだ。
 まろやかな味だが、飲み下すと体が内から火照ってくる。
「いい酒です。美味しいです」
「ふん。ガキのくせに酒の味がわかるのか?」
 ハーレムは胡坐をかいて、膝の上に肘を立てる。
「オレ、酒飲むの、今日が初めてではありませんよ」
「もう一杯、どう?」
「ギュスターヴ、それ以上その生意気なガキにやるな」
「へいへい」
「それに、まだ残ってますしね。これはアルコール度数が高いですし」
 飛龍が言った。
「これぐらいにしときますよ、オレ」
「いい子だ」
 ハーレムが人の悪そうな微笑みを浮かべた。
(子供だと思って)
 何も知らないと思うなよ。
 ロッドは、ゴンじいにつきあって、いろいろな酒を飲んだことがある。
 その中には、今飲んだものより強いのもあった。
 ロッドはまた盃を口にした。その姿は、堂に入ったものである。この年で、もう酒の飲み方を心得ているのであった。
「ロッド」
 ギュスターヴが、いつの間にかロッドの隣に来ていた。
「酒もいいが、もっと酔ってみないかい? 俺のテクに」
「こら、ギュスターヴ!」
 ハーレムが怒声を飛ばした。
「だから! ガキを口説くんじゃねぇって言ったろ!」
「十年後には大人ですよ」
「じゃあ、それまで我慢するんだな」
「ちっ」
 言い負かされてしまったフランス人は、残った酒を一気に飲み干した。
「もう一杯、くれ」
「やれやれ。節制しないと、朝起きられなくなりますよ」
 ギュスターヴは飛龍に注意された。
「このぐらい、平気なのは、おまえさんも知ってるだろ。それとも、アンタが相手をしてくれるって言うんなら、控えてもいいけど」
「お断りします」
「ちっ。どいつもこいつも。あーあ。こんなとこ来るんじゃなかった。故郷が懐かしいぜ。寝てくれる女なんか大勢いてさぁ……」
「ギュスターヴ……ロッドには意味はわからないでしょうに」
 ロッドは――
 ギュスターヴの言ってることが全てわかった。
 そして、羨ましく思った。
(オレも……オレも大きくなったら、美女集めて酒池肉林しよう)
 その為には、まずお金持ちにならなければ無理だろうけれど。
 やがて、ハーレムはGと一緒に作戦会議をし出した。
(このオッサン達の元では、難しいかな)
 ハーレム達と一緒に世界中を巡る――そのことも、ロッドは将来の選択肢に入れておいた。
 まぁ、結構楽しそうだ――ハーレム達の部下が、皆いい人だから。 
 ギュスターヴや飛龍以外の人間にも、構われ、可愛がられ、こうされているのも悪くないな、と考えた。

 ロッドは外の空気に当たる為、天幕を出た。
「わぁ……」
 濃藍の空に、星が宝石のように散りばめられていた。
 明日も晴れるかな。
「よぉ」
「わっ」
 星空に魅入られていたロッドは、後ろからの声に驚いた。
「ふん、背後にいるのに気付かないなんて、まだまだだな」
「何言ってんですか。気配を消していたんでしょう?」
「まぁな」
 しかし、この男――ハーレムにバックを取られるとは不覚だった。
「何見てた」
「星です」
「星か――綺麗だな」
 ハーレムもロッドの横に並んだ。
「俺の部下はああいう奴らだ。あれでも皆強いんだぞ」
 ハーレムが得意そうに言う。
「それから、ギュスターヴの言っていることは全部本気だ。安心していい」
 ロッドは吹き出した。
「ハーレム隊長~。心配しろと言うならわかるけど……」
「冗談だ」
 そう言ったハーレムの顔には、和やかな笑みが浮かんでいる。
 下品な下ネタは嫌っているとギュスターヴが言っていたが、なかなかどうして。きわどいジョークも飛ばすじゃありませんか。
「ハーレム隊長って、ギュスターヴに似てますね。酒好きなところ以外でも」
「何?! あいつに?! そんなことはないだろう」
 心外らしく、ハーレムの顔は途端にひきつった。
「どうしてそう思った?」
「んー、何となく」
「……複雑な気分だな」
 ハーレムはしばらく夜風に当たっていたが、やがて言った。
「ロッド……昨日の話だけどな」
「へい」
「おまえ、ここでずっと生きていくって言ったの、あれ、本心か?」
 ロッドは意外なことを訊かれ、しばし開いた口が塞がらなかった。
「本心? 本心って、どう言うこと?」
「おまえなら、どこででも楽しく生きられるだろう――だが、それだけでいいのか?」
「それだけでいいっすよ。何言ってんすか。ハーレム隊長」
「おまえは、俺と同じだと思ってたんだがな――この国から出たい、そう考えたことはないか?」
「う……」
 ロッドは、内心の野望を読み取られた気がした。
 世界中の海を見てやるんだって――世界の王様になって――。
(でも、なんでこの男が、オレの夢を知ったのだろう)
「そんなこと――なぜわかったんですか?」
「勘だ。それと、同類の匂いがしたからかな」
 同類の匂い?
「俺は、ずうっとガキの頃から――そう、おまえの年の頃から、世界中を飛び回りたかったんだよ。今、その夢が叶って、嬉しく思ってる」

ナポリを見て死ね 6
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