ナポリを見て死ね 長い黒髪を三つ編みにして束ねている人物が言った。 「オレ、最初の相手は、やっぱり姐ちゃんがいいや」 「姐ちゃん? 私のことか? 言っとくが、私は男だぞ。もう既に一人の子供もいる」 がーーーーーん!! 初めての相手が一児の父じゃあんまりだ。 ロッドの恋は、儚く砕け散った。 「おまえ、まだ使えないだろう? それ」 ギュスターヴが、ロッドの股間を指差した。 「それぐらいにしとけ」 ハーレムがぎろりと睨む。 「へいへい」 (ハーレム隊長さんは下品な下ネタは嫌いなんだ。意外だろ?) ギュスターヴが耳元で囁く。 確かに意外だ。 ロッドはそう言う類の話は、全然平気なのだが。 (あーやって、乙にすましてんのさ、やーなヤツ。獅子舞そっくりのくせに) (獅子舞って?) 自然にロッドの声も低くなる。 (ああ。俺、日本のことにも詳しいんだ。後でじっくり教えてやるよ。獅士舞って言うのはだな……) 「おまえら、なぁにこそこそ喋っている」 ドスのきいた声で、ハーレムが言った。 「いや、何でもありませんよ」 ギュスターヴが、慌ててロッドから離れる。 「子供まで口説くのは感心せんな。ギュスターヴ」 「だって、飛龍ちゃんが相手にしてくれないんだもん」 「急に子供口調になるな。ったく。俺の部下にはこんな奴しかいないのか」 「アンタの器がせいぜいその程度だってことだよ」 「なにぃ?!」 「まぁまぁ、落ち着いて」 ロッドが執り成そうとする。だが、心の中では、 (危なっかしいオッサン達だ) と思っている。 「へへっ。隊長をからかうのが、俺の楽しみのひとつなのよ」 おー、気が合いそう。確かにからかい甲斐がありそうだ、もっと気が合ったら、掘られても構わないかな、とロッドは思った。 「ギュスターヴ、幹部にかけあって、給料下げてもらおうか?」 「へ。アンタが払うわけでなし」 「――逆らう気か」 「もうお止めください。二人とも」 今度は、飛龍が仲裁に入った。 「飛龍ちゃんの言うことなら、聞かないわけにはいかないなぁ。ただし、条件が――」 「ロッド君、ギデオンが帰ってきたら、夕飯にしよう」 飛龍は、ギュスターヴのことをあっさり無視した。 短い黒髪の、熊を思わす男が、ぬっとテントの中に分け入ってきた。 「あ、紹介しよう。彼はギデオン。尤もハーレム隊長と仲が良くて、Gと呼ばれている。G、こちらが――」 「ロッドです。どうぞよろしく」 ロッドが頭を下げた。何となく、そうした方がいいような気がしたからだ。 「よろしく」 低い声で、Gが答えた。 (ねぇねぇ、飛龍さん) ロッドが囁いた。 (何だい?) (あの人、怒ってんの?) (いつもああだよ。彼は) (ふぅん……) 「さぁ、Gも帰ってきたことだし、飯にするか!」 ハーレムがぽんと手を叩いた。 「隊長じゃなくて、Gが作るんでしょうが。それを、何を偉そうに」 ギュスターヴが独りごちた。 「ああ。偉そうに振る舞うよ。上官だからな」 男の言葉を耳にしたらしいハーレムが舌を出した。 「ちょっとばかり上の地位にいるからって――年下のくせに生意気な」 ギュスターヴも負けてはいない。 「あれ? ハーレム隊長って、ギュスターヴより年下なの?」 ロッドが口を挟む。 「ああ。ギュスターヴは三十五だから、十くらい離れているかな」 「ま、これで腕が良くなきゃ、引っ繰り返して俺様の天下にするとこだけどなぁ」 と、ギュスターヴ。手を頭の後ろで組みながら冗談っぽく。 「有能な上司で、悪ぅござんしたね。ざまぁ見ろ!」 たは……。 自分で自分のこと、有能な上司だって。隊長も言うねぇ。 ギュスターヴ、一癖も二癖もありそうなのは、見てとれる。 その男と軽口を叩きながら、しかも御することができるのなら、ハーレムもただ者ではない。 (と言うか、将来のオレの姿を見た感じ……) それは、己の未来を何となく読んだのだろうか。十数年後、ロッドはハーレムの部下の一人になっているのだ。だが、それは別の話である。 ――閑話休題……いや、この話全体が閑話かもしれないが。 Gが中華粥を持ってハーレムの天幕に再び現れた。 「Gも中華料理を作るようになったか」 ハーレムの言葉に、 「私が教えたんです。早くレパートリーを増やしたいからと言って」 と、飛龍が答えた。 「では、いただきます」 「いただきます」 ロッドもキリスト教式に手を合わせた。半ば慣れである。 「Gさんはどこの出身?」 「ドイツだが……」 「やっぱりー。オレ、イタリア。ヨーロッパの国出身者同士だね!」 ロッドが言うと、Gの口元が、僅かに緩んだ。 「どうだい。あの子。すっかり馴染んじゃって。でも、あの子は誰にもやらんぞ。いいな」 「別に取って食いやしないって」 「そうか? 飛龍。俺は、構わずに取って食うぞ」 そう言って、ギュスターヴはガハハと笑った。 「ヨーロッパと言やぁ、俺様だってそうだよ。何せ、文化と芸術の都、パリの生まれなんだからな」 「その割には、美的センスはからっきしだけどな」 ハーレムが茶々を入れる。ギュスターヴは無視した。 「おい。飛龍。酒はないだろうな」 「ありますよ。アンタと隊長にうるさく言われるだろうと思って」 「へへ。気がきくね」 「俺とギュスターヴの共通点だな。酒が好き、と言うのは」 飛龍に酒を注がれ、ハーレムとギュスターヴは、子供のように無邪気な笑顔を見せた。 ナポリを見て死ね 5 BACK/HOME |