ナポリを見て死ね
3
「すっ……げぇ……!」
 ロッドは目を丸くした。
 特殊能力を持っていたのは、オレだけではないってことか。
 こんなに強かったら、大抵の敵は怯むだろう。
 ロッドは羨ましくなった。
「……なぁ、オッサン」
「オッサンじゃねぇよ、クソガキ」
「オレも、アンタみたいに強くなれるかな」
「さぁな――それは、おまえ次第だ」
 風が薫った。
 ハーレムの香水の匂いであろう。男性的だが、どこか甘やかさのある香りだ。
 だが、爽やかな石鹸の匂いも似合うかもしれない――そう思ったとき、相手の視線に気付いた。
「ん? 何? どうしたんすか?」
「いや……おまえ、出身はどこだ」
「イタリアっす」
「そうか……」
 身の上を問い質されるかと思ったが、案に相違して、ハーレムがこう語った。
「イタリアはいいところだな。だが、俺はナポリには行ったことはない」
「ナポリ?」
「ああ。昔から言うだろ。『ナポリを見て死ね』って」
「――それは、『ナポリを見て、次にモリを見よ』の間違いですよ。アンタ何人?」
「英国人だが何か?」
「英国ね。紳士の国って言うのは、当たってないような」
「なんだと……!」
「まぁまぁ。つまりね、オレもゴンじいに言われるまで知らなかったんだけど、『MORI』と言う地名を、ナポリ地方の方言で、死と言う意味の『MORI』と勘違いされちゃったわけね」
 それを誤訳と人は言う。
「なんだ。そうか」
 ハーレムの顔が、ふとほころんだ。
「では、モリも見ずにはいられないな」
「まぁね。オレも見てみたいな」
「じゃ、俺達と一緒に来るか?」
「冗談。オレはここで生きていくよ」
「――残念だな。おまえは戦力になると思ったんだが。ま、今はまだ妙な力を持つガキにしか過ぎないが」
「ハーレム……隊長にだけは言われたくないっす」
「ま、考えておけ」
 ぽんぽんと頭を軽くはたかれ、
(オレ、ガキじゃないっすよ)
 と、本来なら言うところだが、ハーレムに子供扱いされるのは、何となく気持ちが――落ち付くと言うか何と言うか。適当な言葉が見当たらないけれども。
 そうだな。まだ、オレ、十歳だもんな。
(――考えとくか)
 それまでに、出来る限り技を磨き抜こうと思った。

 翌日。
 天幕が幾つも幾つも張られているそこは、ガンマ団の陣地だった。
 ハーレムが、上着を引っ掛けたまま、様子を見ている。
 視線の先では、ガンマ団の兵士達が、わらわらと動いている。
「ハーレム隊長」
 ハーレムの傍に来たのは、お気に入りの部下、毛飛龍だった。長い黒髪を三つ編みにしている。目は吊り目。いかにもチャイニーズらしい外見だ。
「なんだ? 飛龍」
「いえ……ただ声をかけてみただけです。お邪魔でしたか」
「いや」
 ハーレムは、クシュンとくしゃみをした。
「寒いでしょう。中に入ったら」
「いいや。ここでいい」
 全く、頑固なんだから――と、この忠実な部下は思った。
「ところで、飛龍。こちらの被害状況は?」
「は。今日は軽傷者もありません」
「そうか。それは良かった。あまり味方の血は流したくないからな」
「はぁ……」
 飛龍は、口元を押さえた。笑っているのだ。
「何がおかしい?」
「――冷血非道なガンマ団の隊長が、そんなことを言うなんて、と思いましてね」
「馬鹿な……」
 ハーレムは柄にもなく照れている。
(でも、そんなあなただからこそ、みんなついて来ているのですよ)
 と、飛龍は口に出さずに心の中で呟いた。

「ん~、ちょっとよく見えないなぁ」
 ロッドが、太い木の枝の上から、ハーレム達を眺めている。木の葉が邪魔だ。
(ハーレムのオッサン、あの黒髪のヤツとイイ関係なのかな)
 じっと見つめていると――
 ふと上を見たハーレムと目が合った。
 びっくりしたロッドは、
「わっわっ、わーっ!」
 と叫びながら地面に落ちて行った。

「何しに来たんだ、おまえ……」
 ハーレムの部下に手当てされてもらいながら、呆れ返ったハーレムにそう言われたロッド。
「スパイじゃないことは、わかってくれるよね」
「当たり前だ。あんな間の抜けたスパイがいるか」
「ま、間の抜けた……?」
 ロッドは少なからずショックを受けた。
(そりゃ、ちょっと決まってないな……とは思ったけど……)
 計算高い己としたことがぬかったぜ。
 それもこれも、全部ハーレムが悪い! あんな目の届きにくいところにいるからだ!
 ちょっとこじつけがましい気もするが、そう思うことにした。
 すると、少し気が晴れた。
 ロッドも或る意味単細胞なのだ。やたら明るいのはそのせいである。
 尤も、本人はそれを認めていないのであるが。
「よーお。かわいこちゃんが来たってほんと?」
 テントの入り口を開いて、大柄な金髪の人間が入って来た。
「よぉ、ギュスターヴ」
「あ、本当に可愛いな。俺の恋人にならない?」
「可愛いって、オレのこと」
「うん。俺はギュスターヴ・モロー。フランス人さ。君は?」
「オレはロッド」
「よろしく」
 ギュスターヴとロッドは握手を交わした。
「さ、これからもっと語り合わないかい? もちろん、俺のベッドの中で」
 ロッドもいい加減口説くのは得意な方だが、この男はそれ以上だ。さすがフランス人。

ナポリを見て死ね 4
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