ナポリを見て死ね ロッドは目を丸くした。 特殊能力を持っていたのは、オレだけではないってことか。 こんなに強かったら、大抵の敵は怯むだろう。 ロッドは羨ましくなった。 「……なぁ、オッサン」 「オッサンじゃねぇよ、クソガキ」 「オレも、アンタみたいに強くなれるかな」 「さぁな――それは、おまえ次第だ」 風が薫った。 ハーレムの香水の匂いであろう。男性的だが、どこか甘やかさのある香りだ。 だが、爽やかな石鹸の匂いも似合うかもしれない――そう思ったとき、相手の視線に気付いた。 「ん? 何? どうしたんすか?」 「いや……おまえ、出身はどこだ」 「イタリアっす」 「そうか……」 身の上を問い質されるかと思ったが、案に相違して、ハーレムがこう語った。 「イタリアはいいところだな。だが、俺はナポリには行ったことはない」 「ナポリ?」 「ああ。昔から言うだろ。『ナポリを見て死ね』って」 「――それは、『ナポリを見て、次にモリを見よ』の間違いですよ。アンタ何人?」 「英国人だが何か?」 「英国ね。紳士の国って言うのは、当たってないような」 「なんだと……!」 「まぁまぁ。つまりね、オレもゴンじいに言われるまで知らなかったんだけど、『MORI』と言う地名を、ナポリ地方の方言で、死と言う意味の『MORI』と勘違いされちゃったわけね」 それを誤訳と人は言う。 「なんだ。そうか」 ハーレムの顔が、ふとほころんだ。 「では、モリも見ずにはいられないな」 「まぁね。オレも見てみたいな」 「じゃ、俺達と一緒に来るか?」 「冗談。オレはここで生きていくよ」 「――残念だな。おまえは戦力になると思ったんだが。ま、今はまだ妙な力を持つガキにしか過ぎないが」 「ハーレム……隊長にだけは言われたくないっす」 「ま、考えておけ」 ぽんぽんと頭を軽くはたかれ、 (オレ、ガキじゃないっすよ) と、本来なら言うところだが、ハーレムに子供扱いされるのは、何となく気持ちが――落ち付くと言うか何と言うか。適当な言葉が見当たらないけれども。 そうだな。まだ、オレ、十歳だもんな。 (――考えとくか) それまでに、出来る限り技を磨き抜こうと思った。 翌日。 天幕が幾つも幾つも張られているそこは、ガンマ団の陣地だった。 ハーレムが、上着を引っ掛けたまま、様子を見ている。 視線の先では、ガンマ団の兵士達が、わらわらと動いている。 「ハーレム隊長」 ハーレムの傍に来たのは、お気に入りの部下、毛飛龍だった。長い黒髪を三つ編みにしている。目は吊り目。いかにもチャイニーズらしい外見だ。 「なんだ? 飛龍」 「いえ……ただ声をかけてみただけです。お邪魔でしたか」 「いや」 ハーレムは、クシュンとくしゃみをした。 「寒いでしょう。中に入ったら」 「いいや。ここでいい」 全く、頑固なんだから――と、この忠実な部下は思った。 「ところで、飛龍。こちらの被害状況は?」 「は。今日は軽傷者もありません」 「そうか。それは良かった。あまり味方の血は流したくないからな」 「はぁ……」 飛龍は、口元を押さえた。笑っているのだ。 「何がおかしい?」 「――冷血非道なガンマ団の隊長が、そんなことを言うなんて、と思いましてね」 「馬鹿な……」 ハーレムは柄にもなく照れている。 (でも、そんなあなただからこそ、みんなついて来ているのですよ) と、飛龍は口に出さずに心の中で呟いた。 「ん~、ちょっとよく見えないなぁ」 ロッドが、太い木の枝の上から、ハーレム達を眺めている。木の葉が邪魔だ。 (ハーレムのオッサン、あの黒髪のヤツとイイ関係なのかな) じっと見つめていると―― ふと上を見たハーレムと目が合った。 びっくりしたロッドは、 「わっわっ、わーっ!」 と叫びながら地面に落ちて行った。 「何しに来たんだ、おまえ……」 ハーレムの部下に手当てされてもらいながら、呆れ返ったハーレムにそう言われたロッド。 「スパイじゃないことは、わかってくれるよね」 「当たり前だ。あんな間の抜けたスパイがいるか」 「ま、間の抜けた……?」 ロッドは少なからずショックを受けた。 (そりゃ、ちょっと決まってないな……とは思ったけど……) 計算高い己としたことがぬかったぜ。 それもこれも、全部ハーレムが悪い! あんな目の届きにくいところにいるからだ! ちょっとこじつけがましい気もするが、そう思うことにした。 すると、少し気が晴れた。 ロッドも或る意味単細胞なのだ。やたら明るいのはそのせいである。 尤も、本人はそれを認めていないのであるが。 「よーお。かわいこちゃんが来たってほんと?」 テントの入り口を開いて、大柄な金髪の人間が入って来た。 「よぉ、ギュスターヴ」 「あ、本当に可愛いな。俺の恋人にならない?」 「可愛いって、オレのこと」 「うん。俺はギュスターヴ・モロー。フランス人さ。君は?」 「オレはロッド」 「よろしく」 ギュスターヴとロッドは握手を交わした。 「さ、これからもっと語り合わないかい? もちろん、俺のベッドの中で」 ロッドもいい加減口説くのは得意な方だが、この男はそれ以上だ。さすがフランス人。 ナポリを見て死ね 4 BACK/HOME |