ナポリを見て死ね
2
 そんな、不良人生を謳歌しているように見えるロッド少年にも、秘密がある。
 それは……風を操れることだ。
 体を浮かせること、かまいたちを起こすこと、などができるのだから大したものである。
 自分なりに練習し、技を磨いた結果である。
 人に言わないのは、昔、ひどい目に合いそうになったからである。
 人体実験の材料にされかけたのだ。
 だから、ロッドはこのことを誰にも言わない。
 ただ、この力を使っていないと、欲求不満が襲ってくるので、定期的に自分の力を発散しているのである。
 今もまた、誰もいない崖で……一人。
 今日はコンディションがいい。
 ヒュオッと、風の衣を纏った。
 上昇気流を捕まえて。
 ロッドの力と相まって、風が、空に押し出してくれる。
 が、崖下に人の姿が見えた。
(ゲッ!)
 せっかく用心していたのに。
 み……見られた。
 盲点にいられたので、気がつかなかった。
(い、いや、気のせいと思ったかも)
 ロッドは逃げようとした、が、体が言うことを聞かない。
(こんちくしょう! 今度ははっきり見られたぜ!)
 男か――女か。髪は長いが、男の顔立ちをしている。
 ロッドは、常人離れした視力で、すぐさま相手の特徴を見極めた。
 その男は――男だろう――手を出して、指先をちょいちょい、と動かす。
『来い』と言っているみたいだ。
(何だろう――)
 ロッドには、危険を察知するセンサーのようなものがある。
 それは、今までの人生で培った勘だ。
 その勘が、「異状なし」と告げている。
 少なくとも、危険信号は出ていない。
 ロッドは、男の元に降りることにした。
「特殊な力があるな、おまえ」
 男は言った。
 二十代半ばくらいだろうか。二メートル近くはある、大男である。金色の長い髪が、日の光にさらされている。
 そして――
 一度見たら忘れられない濃い顔立ちをしていた。
 醜い、と言うのではないが、単なる美形とも違う。
 好き嫌いの分かれそうな顔だな、と思った。
 ちなみに、ロッドには拒否反応はない。それどころか、結構好みのタイプである。
 本人には、決して言うつもりはないけれど――。
「おまえ、名前は何と言う」
「ロッドと呼んでください」
「本名か?」
「さぁ……」
(何しろ、親とはぐれたのが、昔のことだからな――)
 もう、親と会って訊くことはできないのである。
 気がつけば、自分の名前はロッドと言うことになっていたし、周りからも、ロッドと呼ばれていた。
 今更、修正する必要もないし。
「俺はハーレムだ」
 ハーレム……? どこかで聞いた気が……。
「あーっ! アンタ、ガンマ団の!」
「見知っているとは光栄だな」
「だって、オレ、ガンマ団にはずいぶん稼がせてもらってたし――」
「稼がせてもらった?」
「あ、いや、その……」
 ロッドはゴホゴホと咳をした。
「ガンマ団のハーレム隊長っつったら、有名人ですよ」
「そうか?」
 ハーレムはにやりと笑った。
「本当っす。これ見てください!」
 ロッドは、知り合いから渡された似顔絵を見せた。
 ハーレムはしばらく見詰めていたが、やがて、わなわなと震え出した。
「おい……この絵を描いたのは誰だ」
 ハーレムの声には怒気があった。
 無理もない。
Tomoko画
 これでは、人三化七どころか、人零化十である。
「あ、これ描いたの、オレじゃないっすよ~」
「じゃあ誰だ! 即ケシズミにしてやる!」
(お~、おっかないねぇ)
「と、まず先に」
 ハーレムは紙をびりびりに引き裂いてしまった。
(あーあ。もったいねぇの)
 ロッドは、実はこう言うゲテモノが好きなのである。
(まっ、いっか。またもらってくれば)
 気に入ってたのになぁ、と少々残念だが。
 ケツの穴の小せぇオッサンだ。これでは部下も大変であろう。
 だが、確かに似顔絵のデフォルメにも、必要以上の悪意があったことは、認めねばならない。
 切れ長の目。通った鼻筋。形のいい引き締まった唇。金髪のくせに黒い眉毛。
 一般的ないい男とは言えないかも知れないが、好きになったら堪らなく魅力的な顔であろう。
「ん? 何だ?」
「いや……」
(こんな男に見惚れるなんて、オレもまだまだだな――)
 それにしても、もし自分と相手の年齢が逆だったらな。
 こんな男でも、子供時代は可愛らしかったに違いない。
 顔や性質の良し悪しを見抜く目には、いささかばかりの自信があった。
 この男の幼い頃に、会いたかったな――。
「おい、どうした」
 ロッドは、はっとした。
 魅せられていたなんて、言う気も起きないが――。
「ガンマ団の隊長が、こんなところに何の用かなって」
「多分、おまえと同じだ」
「オレと?」
「そう」
 ハーレムは頷いた。
「ちょっと離れていろ。――面白いモンを披露してもらったお礼に、いいモン見してやる」
 あれはアンタが勝手に見たのにな、と言いたかったが、ロッドは黙っていた。
 そうして、ハーレムは左手にエネルギーを溜め始めた。
 青白い光が、彼の掌に集まってくる。
「眼魔砲ッ!」
 衝撃波で崖の壁が大きく崩れた。

ナポリを見て死ね 3
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