ナポリを見て死ね それは……風を操れることだ。 体を浮かせること、かまいたちを起こすこと、などができるのだから大したものである。 自分なりに練習し、技を磨いた結果である。 人に言わないのは、昔、ひどい目に合いそうになったからである。 人体実験の材料にされかけたのだ。 だから、ロッドはこのことを誰にも言わない。 ただ、この力を使っていないと、欲求不満が襲ってくるので、定期的に自分の力を発散しているのである。 今もまた、誰もいない崖で……一人。 今日はコンディションがいい。 ヒュオッと、風の衣を纏った。 上昇気流を捕まえて。 ロッドの力と相まって、風が、空に押し出してくれる。 が、崖下に人の姿が見えた。 (ゲッ!) せっかく用心していたのに。 み……見られた。 盲点にいられたので、気がつかなかった。 (い、いや、気のせいと思ったかも) ロッドは逃げようとした、が、体が言うことを聞かない。 (こんちくしょう! 今度ははっきり見られたぜ!) 男か――女か。髪は長いが、男の顔立ちをしている。 ロッドは、常人離れした視力で、すぐさま相手の特徴を見極めた。 その男は――男だろう――手を出して、指先をちょいちょい、と動かす。 『来い』と言っているみたいだ。 (何だろう――) ロッドには、危険を察知するセンサーのようなものがある。 それは、今までの人生で培った勘だ。 その勘が、「異状なし」と告げている。 少なくとも、危険信号は出ていない。 ロッドは、男の元に降りることにした。 「特殊な力があるな、おまえ」 男は言った。 二十代半ばくらいだろうか。二メートル近くはある、大男である。金色の長い髪が、日の光にさらされている。 そして―― 一度見たら忘れられない濃い顔立ちをしていた。 醜い、と言うのではないが、単なる美形とも違う。 好き嫌いの分かれそうな顔だな、と思った。 ちなみに、ロッドには拒否反応はない。それどころか、結構好みのタイプである。 本人には、決して言うつもりはないけれど――。 「おまえ、名前は何と言う」 「ロッドと呼んでください」 「本名か?」 「さぁ……」 (何しろ、親とはぐれたのが、昔のことだからな――) もう、親と会って訊くことはできないのである。 気がつけば、自分の名前はロッドと言うことになっていたし、周りからも、ロッドと呼ばれていた。 今更、修正する必要もないし。 「俺はハーレムだ」 ハーレム……? どこかで聞いた気が……。 「あーっ! アンタ、ガンマ団の!」 「見知っているとは光栄だな」 「だって、オレ、ガンマ団にはずいぶん稼がせてもらってたし――」 「稼がせてもらった?」 「あ、いや、その……」 ロッドはゴホゴホと咳をした。 「ガンマ団のハーレム隊長っつったら、有名人ですよ」 「そうか?」 ハーレムはにやりと笑った。 「本当っす。これ見てください!」 ロッドは、知り合いから渡された似顔絵を見せた。 ハーレムはしばらく見詰めていたが、やがて、わなわなと震え出した。 「おい……この絵を描いたのは誰だ」 ハーレムの声には怒気があった。 無理もない。 ![]() これでは、人三化七どころか、人零化十である。 「あ、これ描いたの、オレじゃないっすよ~」 「じゃあ誰だ! 即ケシズミにしてやる!」 (お~、おっかないねぇ) 「と、まず先に」 ハーレムは紙をびりびりに引き裂いてしまった。 (あーあ。もったいねぇの) ロッドは、実はこう言うゲテモノが好きなのである。 (まっ、いっか。またもらってくれば) 気に入ってたのになぁ、と少々残念だが。 ケツの穴の小せぇオッサンだ。これでは部下も大変であろう。 だが、確かに似顔絵のデフォルメにも、必要以上の悪意があったことは、認めねばならない。 切れ長の目。通った鼻筋。形のいい引き締まった唇。金髪のくせに黒い眉毛。 一般的ないい男とは言えないかも知れないが、好きになったら堪らなく魅力的な顔であろう。 「ん? 何だ?」 「いや……」 (こんな男に見惚れるなんて、オレもまだまだだな――) それにしても、もし自分と相手の年齢が逆だったらな。 こんな男でも、子供時代は可愛らしかったに違いない。 顔や性質の良し悪しを見抜く目には、いささかばかりの自信があった。 この男の幼い頃に、会いたかったな――。 「おい、どうした」 ロッドは、はっとした。 魅せられていたなんて、言う気も起きないが――。 「ガンマ団の隊長が、こんなところに何の用かなって」 「多分、おまえと同じだ」 「オレと?」 「そう」 ハーレムは頷いた。 「ちょっと離れていろ。――面白いモンを披露してもらったお礼に、いいモン見してやる」 あれはアンタが勝手に見たのにな、と言いたかったが、ロッドは黙っていた。 そうして、ハーレムは左手にエネルギーを溜め始めた。 青白い光が、彼の掌に集まってくる。 「眼魔砲ッ!」 衝撃波で崖の壁が大きく崩れた。 ナポリを見て死ね 3 BACK/HOME |