ナポリを見て死ね
11
 ロッドが新しい一歩を踏み出した時だった。
「うっ……!」
 ハンカチらしきもので口と鼻を塞がれた。おそらく、薬をかがされたのに違いない。
(ち……ちくしょう……ぬかったぜ……)
 後悔してももう遅い。
 彼は、イタリア軍のピアス少佐の元に連れてこられた。
「おまえがロッドか」
「は……はい」
 ロッドは、ピアスの美しさにぽーっとしながら答えた。
(こんな綺麗な姉ちゃんが軍人やってるとは……もったいないぜ。ドレスなんか着たら、すげぇ美人だろうにな)
 密かに少年はそんなことを考えた。
「おまえのせいで我が同胞のベルヒ軍の兵士が死んだというのは本当か?」
 ロッドは一瞬言葉に詰まった。
 彼が手を下したわけではない。けれども、無関係とも言い切れない。
「オレの……せいでもあると思います。でも、どうしてそのことを」
「目撃情報があったのでな」
「誰から?」
「誰でもいいだろう」
「違いない」
 ロッドは肩を竦めた。
「それよりお姉さん、アンタのことが聞きたいな」
「私はビアトリクス・ピアス。イタリア軍の少佐だ」
「どうしてベルヒにイタリア軍が」
「このままでは埒が明かない。ベルヒの輩も、上層部もそう思ってな。我々はベルヒの援軍だ」
「あ、オレ、イタリア人です!」
 そんなことを言っても、助けてもらえるとは思っていなかったが。ピアス少佐の眼光は鋭い。
「それがどうした。おまえはここで死ぬことになる」
 やっぱり。
 でも、このままでは納得がいかない。死ぬ前に、なんで殺されるか理由を訊こうと思った。
「どうしてオレは死ななければならないのです?」
「復讐と……見せしめだ。それに、宣戦布告の意味合いもある」
「ガンマ団にですか?」
 それは無駄なんじゃないかなぁ、とロッドは思った。
 普段は皆それぞれいいヤツだが、戦争となると話は違う。
 確かに本格的に戦いの火蓋は切って落とされるだろう。だが、その時、自分の命は、もうない。
 短い人生だったな。
 ロッドは溜息を吐いた。
 せめて、綺麗な姉ちゃんと寝たかった。ピアスはおっかな過ぎるが。
(あー。オレのワルサーPPK。使う前にこんなところで死ぬのかよ)
 だが、死ねばペンネに会えるかもしれない。
 いや、駄目だ。あいつは罪を犯したことはなさそうだが、自分はいっぱい悪いことをしている。同じところになんか行けやしない。
 その時、ゴンじいの言葉が頭をよぎった。
「なぁ、ロッド。人間は皆、罪人なんじゃよ」
 後、だから、神様を信じなくてはならない、と続くのじゃが、わしにはそれはどうも理解できん……と続いたのだが。
 ロッドも、神様を信じているわけではない。
 でなかったら、聖書を見知らぬ老人にくれてやったりするものか。
 それに、ペンネはどうして死んだのか。神は助けてくれてもよさそうなもんじゃないか。
 オレだって……両親に会えずに、初体験もせずに、こんなところで殺されるんだ。
 神様なんて卑劣だ。
 不意に――涙が流れた。
 ロッドはおーんおんおんと大声で泣いた。
「うるさい!」
 ピアスの一声で、そばにいた大柄な兵士が、ロッドの頬を叩いた。ロッドはぐらりと横ざまに揺れた。
「連れて行け!」
「はっ!」
 ロッド達がいなくなった後、ピアスは一人呟いた。
「これだから……ガキは苦手だ」

「ねぇ、オレ、どんな方法で殺されるの? 銃殺刑? それとも絞殺?」
 ロッドが傍らの男に訊いた。男は銃を突きつけている。男は二人だ。
「黙って歩け」
「だって、オレは死ぬんだよ。どうやってか、それぐらい教えてくれてもいいじゃん」
「口の減らんガキだ」
 男はそう言って、しばらく経った後、低い声で、
「――銃殺刑だ」
 と答えた。
「ピアス少佐が直々に手を下す」
「へぇー。あの姉ちゃん、綺麗なだけじゃなく、なかなか肝が据わっているな」
 今から死出の旅路に着くというのに、ロッドには余裕があった。泣くだけ泣いたら、すっきりした。
「だから、我々の上司になれたのだ」
 男の口の端が少し綻んだ――ような気がした。
「さあ、もう少しだ。歩け」
 一行は、死刑場に着いた。
「ケリー、こいつをあの十字架にくくりつけてやってくれ」
「十字架?!」
「ピアス少佐の趣味なんだとよ」
 さっきのとは違う、もう一人の男が言った。
 へへっ。イエス・キリストと同じ死に方だぜ。銃で撃たれるところは違うが。
 ケリー、と呼ばれた、まだ若い青年は、アメリカ人であるらしかった。茶色の巻き毛である。ロッドは、ペンネを思い出した。
「君……死ぬんだね」
 青年は言った。
「そうだよ。だから、アンタが入用なんじゃない」
 ロッドは嘯いた。
「ごめんよ。俺にもっと力があれば……君のような子供に……」
 手足をロープで十字架に巻きつけながら、青年は言った。
「謝るなよ。それに、どの道、おまえにオレは救えない」
「え?」
 ケリーは、奇妙なものでも見る目つきでロッドを見た。
「さあ。ショー・タイムだ」
 ロッドは明るく言った。
(オレの師匠は、神様が好きだったな)
 だから、聖母の軽業師と呼ばれるまでになった。その後、すぐに天に召されたが。
 ロッドに悔いはなかった。あの時も、あの時も――全てがきらきらした思い出だった。

 何もかもが美しく、傷つけないものはなかった。

 ピアスが目の前に現れて、銃を向けた。
 ロッドはさすがに目を閉じた。
 なかなか衝撃が現れない。
 おかしいと思い、ロッドが瞼を開けると――そこにはハーレム達の姿があった。

ナポリを見て死ね 12
BACK/HOME