THA SONG OF SATHAN ISLAND

ACT:2 祭りの夜
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 広場を少し離れ、冷たい夜風に当たると、ジャンの精神はようやくしゃんとしてきた。
 広場以外の場所には、さすがに人の姿はあまり見当たらない。
 ジャンは手近な木株に腰を下ろした。
 月がぽっかりと姿を現している。
 祭り櫓の灯が彼方に思え、人々の笑いさんざめく声も遠い。山向こうには漠々たる夜が広がっている。
 ジャンは大きく息を吐いた。
 どこかから歌が聴こえる。耳をそばだてた。
 歌。
 人生は、歌に似ている。この世に現われるのはほんの一瞬。やがて時と共にもっとずっと高い空へ消えていく。ふっとそんなことを考える。
「見ただろ? さっきの奴」
 話し声だ。道の向こうから人影がふたつ、やってくる。
「ああ、すげぇ美人だったよな」
「うんうん。惜しむらくはあいつが男だったってことだよなぁ」
「ええっ?! あれ男だったのか?! もったいない」
 ふたつの人影が遠ざかる。
 ジャンも、そろそろ祭りに戻ろうと、切り株から腰を上げた。その時である。
(――まさか!)
 覚えのある視線を感じ、彼は後ろを振り向いた。
 大きな月をバックに、いつかの少年が離れたところに立っていた。
 月光の照り返しによって映し出された、切れ長の目、高い鼻筋、羽毛のように長い睫、水底で光る宝石のような青い目――。
 ジャンは、しばらくの間、ぽかんと口を開いて見惚れていた。
 この世のものとは思えない。
「こんばんは」
 少年が言った。見かけに違わず、高過ぎず低過ぎない、凛とした声。
「こ……こんばんは」
 ジャンが慌てて応じる。
「君は……君もこの島の人?」
「そうだけど」
 我ながら馬鹿な質問をしてしまったと、ジャンはぽりぽりと鼻の頭を掻いた。
 パプワ島は広い。自分の知らないところにこんな美形がいたなんて。
 それに、どこかミステリアスな雰囲気を帯びている。現われ方が現われ方だっただけに、余計そう感じるのかもしれない。
 同性ですら息を飲む美しさだ。しかも凛々しい。
「相変わらず面白いな、おまえは」
「え?」
「ジャン。僕に見覚えはないか?」
 途端に、昔よく構っていた子供の姿が成長し、目の前の青年になりかけの少年の姿と、二重写しになった。
「ライ! おまえ、ライか!」
「そうだよ。ようやく思い出したんだね」
 すっかり面変わりしてたんで、一瞬誰だかわからなかったのだ。自分も年かなぁと、ジャンは思った。もう、かれこれ何万年は生きている。たとえ肉体は変わっても。
 そこまでつらつら考えてみて、いや、年のせいだけじゃないぞとも思う。ライは、蛹から蝶に変わった、云わば変身を遂げていた。
 ライより美形な者もいたことはいた。だが、こんな風に、一目で心を奪われた存在は――。
「いやぁ、懐かしいな」
 ジャンが全身で、旧友に会えた嬉しさを表そうと、抱きつこうとしたが、ライはすっと避けた。
「ここで何してたんだ?」
 故意にかわされたことを知った為、多少恨めしそうな表情で、ジャンが尋ねた。
「祭りに来たに決まっているだろう。今は風に当たってたんだ。酔いを醒まそうと思って」
 少年は櫓の灯を見つめた。
「兄さん達、もう来てるかな」
「兄さん達……そう言えば、おまえによく似た男がさっきいたけど、あれは、おまえの兄とかいう奴のひとりかい? ええと、名前は……」
「ストームだな。昔散々話したろう」
「実物をお目にかけたのは、久々だから。幼いときのことぐらいしか知らないし」
 ストームも随分変わった。ライほどではないにしても。
「そうか。まぁ、なんせ、僕のことも覚えてなかったくらいだからな。おまえは」
「覚えてた、覚えてたけど、俺の知ってるのは、子供の頃のライだったから」
「言い訳なんかしなくていい。おまえもあそこに戻るかい?」
 美貌の少年は櫓を親指で指しながら訊いた。
「ああ。そこまで一緒に行こう」
 答えたジャンの頬は火照っていた。

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