THA SONG OF SATHAN ISLAND 4 広場以外の場所には、さすがに人の姿はあまり見当たらない。 ジャンは手近な木株に腰を下ろした。 月がぽっかりと姿を現している。 祭り櫓の灯が彼方に思え、人々の笑いさんざめく声も遠い。山向こうには漠々たる夜が広がっている。 ジャンは大きく息を吐いた。 どこかから歌が聴こえる。耳をそばだてた。 歌。 人生は、歌に似ている。この世に現われるのはほんの一瞬。やがて時と共にもっとずっと高い空へ消えていく。ふっとそんなことを考える。 「見ただろ? さっきの奴」 話し声だ。道の向こうから人影がふたつ、やってくる。 「ああ、すげぇ美人だったよな」 「うんうん。惜しむらくはあいつが男だったってことだよなぁ」 「ええっ?! あれ男だったのか?! もったいない」 ふたつの人影が遠ざかる。 ジャンも、そろそろ祭りに戻ろうと、切り株から腰を上げた。その時である。 (――まさか!) 覚えのある視線を感じ、彼は後ろを振り向いた。 大きな月をバックに、いつかの少年が離れたところに立っていた。 月光の照り返しによって映し出された、切れ長の目、高い鼻筋、羽毛のように長い睫、水底で光る宝石のような青い目――。 ジャンは、しばらくの間、ぽかんと口を開いて見惚れていた。 この世のものとは思えない。 「こんばんは」 少年が言った。見かけに違わず、高過ぎず低過ぎない、凛とした声。 「こ……こんばんは」 ジャンが慌てて応じる。 「君は……君もこの島の人?」 「そうだけど」 我ながら馬鹿な質問をしてしまったと、ジャンはぽりぽりと鼻の頭を掻いた。 パプワ島は広い。自分の知らないところにこんな美形がいたなんて。 それに、どこかミステリアスな雰囲気を帯びている。現われ方が現われ方だっただけに、余計そう感じるのかもしれない。 同性ですら息を飲む美しさだ。しかも凛々しい。 「相変わらず面白いな、おまえは」 「え?」 「ジャン。僕に見覚えはないか?」 途端に、昔よく構っていた子供の姿が成長し、目の前の青年になりかけの少年の姿と、二重写しになった。 「ライ! おまえ、ライか!」 「そうだよ。ようやく思い出したんだね」 すっかり面変わりしてたんで、一瞬誰だかわからなかったのだ。自分も年かなぁと、ジャンは思った。もう、かれこれ何万年は生きている。たとえ肉体は変わっても。 そこまでつらつら考えてみて、いや、年のせいだけじゃないぞとも思う。ライは、蛹から蝶に変わった、云わば変身を遂げていた。 ライより美形な者もいたことはいた。だが、こんな風に、一目で心を奪われた存在は――。 「いやぁ、懐かしいな」 ジャンが全身で、旧友に会えた嬉しさを表そうと、抱きつこうとしたが、ライはすっと避けた。 「ここで何してたんだ?」 故意にかわされたことを知った為、多少恨めしそうな表情で、ジャンが尋ねた。 「祭りに来たに決まっているだろう。今は風に当たってたんだ。酔いを醒まそうと思って」 少年は櫓の灯を見つめた。 「兄さん達、もう来てるかな」 「兄さん達……そう言えば、おまえによく似た男がさっきいたけど、あれは、おまえの兄とかいう奴のひとりかい? ええと、名前は……」 「ストームだな。昔散々話したろう」 「実物をお目にかけたのは、久々だから。幼いときのことぐらいしか知らないし」 ストームも随分変わった。ライほどではないにしても。 「そうか。まぁ、なんせ、僕のことも覚えてなかったくらいだからな。おまえは」 「覚えてた、覚えてたけど、俺の知ってるのは、子供の頃のライだったから」 「言い訳なんかしなくていい。おまえもあそこに戻るかい?」 美貌の少年は櫓を親指で指しながら訊いた。 「ああ。そこまで一緒に行こう」 答えたジャンの頬は火照っていた。 5 BACK/HOME |