THA SONG OF SATHAN ISLAND

ACT:2 祭りの夜
3
 宴会場は笑いに溢れていた。
 ジャンとアスの二人は、グループのひとつに入り、御相伴に預かっていた。
 ジャンの隣席には、黒髪で垂れ目で口元にほくろがある少年(名前も高松と同名の先祖)が座っていた。見知らぬ人同士でも、酒の力ですぐに仲良くなれた。
「俺、ちょっと気分が悪い」
 グループの一人の青年がそう言って立ち上がった。
「私も……」
 そばにいた女性も一緒に席を立つ。
「じゃあ、仮眠室が空いて……」
 ジャンが立ち上がって連れて行こうとしたところ、高松がジャンの手首をつかんだ。
「不粋な真似はおよしなさい」
「え? だって……」
「口実なんですよ。と、ここまで言わせるなんて、あなたも野暮ですねぇ」
 高松は意味ありげにウィンクした。
 なんだかよくわからないが、詮索されたら困る訳でもあるのだろう、と、放っておくことにした。代わりに高松と話をする。パプワ島の自然科学と政治形態についてだ。彼はなかなかに頭が良く、話をしていて楽しい。が、酔いは時としてとんでもない方向に議論を発展させる。
「だから、秘石の一族がエリートで支配階級であるというのは、おかしいんじゃないですか?!」
「だけど、そういうもんだって、昔から決まっているんだし……」
 島における全ての人間を秘石が作ったわけではない。むしろ、そういうのは少数派だった。移住者やどこかから漂着した者、そして、奴隷として連れてこられた者が大多数である。
 支配階級の秘石の一族は、今のところ島の民の生活に心を砕いている。奴隷となった男女も、それなりに優遇されている。故に、彼らの関係は良好であった。
 だが、一部、今の島のシステムに反感を覚えている者もあった。
「更におかしいのは、政治に関与できるのは、秘石に選ばれた人間だけということ。何を考えているんだか。だいたいね、人間のことは人間同士で決めるのが一番いいんですよ」
「でも、秘石はこの島にとって神様だから」
「秘石なんて、ただの石コロじゃないですか!」
 高松が机をどんと叩いた。
 まずいな。ジャンがその先を懸念した。高松……この目の前の少年は、反逆者(トレイター)なのか? 会ったときには、そんな印象、全然受けなかったのに。
 アスの姿を探したが、どこにもいない。
「あんれまー、ジャンさでねぇべか」
 訛りの強いその声にジャンは驚き、同時に天の助けを思った。
 綺麗なクリーム色の髪をアップにした、餅のように白い肌の女性である。
「まぁ、今年はめいっぱいお世話になったべ。来年も宜しく」
 ぺこりとお辞儀をする。
「いや、こちらこそ」
「あんなぁ、カムイの長老さに占ってもらったところ、そのう……」
 女はそこで少しもじもじした。
「おら、近い将来やや子ができるとよぅ」
 女は先月結婚したばかりである。
「それはおめでとう」
「そんなぁ。まだ産まれてもいないのに、照れるべ」
 たちまち顔が赤くなる。
「そんなわけだから、結婚式のときいろいろお世話になったおめさにお酌を」
「いやぁ、俺、もう酒は……」
 ジャンは断る。遠慮しているわけではない。実はさっきから頭痛と吐き気を感じるのだ。
「そう云えば、顔色が良くありませんねぇ」
「外の空気を吸ってくるといいべ。すぐに元気になるだよ」
 ジャンはふらふらと覚束ない足取りで宴会場を後にした。あっちへふらふら、こっちへふらふら、柱にぶつかって、
「あ、すみません」
 柱にまで謝っている。
「大丈夫でしょうかねぇ、あの人……」
 二人は心配そうに顔を見合わせた。

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