マジック総帥の恋人
「よく来てくださいました。マジック総帥」 「やぁ、深崎オーナー。今日は弟達を連れてきましたよ」 マジックは片手を軽く上げて挨拶し、オーナーと握手をした。 (あっ!) この間の美少年がいる――あんなに綺麗だから、忘れはしない。 しかも、その少年によく似た人が二人もいる。 一人は女性だ。白金色の髪に、白いドレス。露わになったところから、胸の谷間が見える。 そして、線の細い白皙の男性。こちらは、あの少年をもっと背を高くし、髪の毛を短くしたら、こうなるのではないか、と思わせるような外見である。目元は少し違うが。 (あんな美人が三人もいるなんて) エレーヌは驚きながら見つめた。 後は、硬質の豪奢な髪をポニーテールにした少年と、見た限り穏やかな紳士と、気の強そうな女性の二人組だ。 「こちらはエレーヌ。この店の歌姫です。マジック総帥とは懇意にしてもらっています」 「ふぅん」 少し粗野にも思われかねない、だが、それが整った顔に生気を与えている濃い金髪の少年が、じろじろと無遠慮にエレーヌを見た。 「――まぁ、合格ラインってとこかな」 (失礼な人) エレーヌは、密かに憤慨した。 「兄貴は黒髪が好きだからねぇ」 「――ああ、これはハーレム。私達兄弟の三男坊ですよ。――余計なことを言うんじゃない」 マジックの後半の台詞は、ハーレムに向けて言ったものだった。 「さぁ、ルーザーもサービスも、挨拶なさい」 「はい。――初めまして。エレーヌさん。ルーザーです。どうぞよろしく」 ルーザーが、無難に儀礼的な言葉を口にした。 「こちらこそ、よろしく。あなたもマジック総帥の弟さん?」 「はい。すぐ下の弟です」 ルーザーが答えた。 今度はサービス――と呼ばれたあの美少年の番だった。 (一応初対面のふりをしておいた方がいいかしら……) エレーヌは、ふわりとドレスの裾を纏わりつかせ、サービスの前に来て、言った。 「お初にお目にかかります」 「ああ、はい。初めまして」 サービスが応じた。 彼は、ハーレムの双子の弟、つまり末弟ということだった。 白金色の髪の女性は四兄弟のいとこのステラ。二人組は夫婦で、グラント・サーリッチと、イザベラ・サーリッチという。 「さぁ、踊りましょう。今夜はあなた方の貸し切りですからね」 ワルツの音楽が流れた。エレーヌがマジック総帥と踊った後、サービスが来て、彼女の手を取った。 「一曲踊っていただけませんか?」 サービスのダンスの申し込みに、エレーヌは乗った。 「マジック兄さん、すみません。エレーヌさんをお借りします」 「ああ、いいとも」 マジックは鷹揚なところを見せた。 サービスは、ダンスのときに、耳元で囁いた。 「――君は、高松の恋人かい?」 「?!」 エレーヌは、思わず吹き出しそうになった。 「――まさか」 「そうだね。君は彼の好きなタイプじゃないもの。彼は、美人過ぎる人間には、興味がないんだ」 「あなたの方がお綺麗よ」 「ありがとう。でも、男が綺麗で何になる? それに、君の方が美しいよ」 「ステラさんは? 美しいというのは、あの方のような女性にこそふさわしいんじゃない? あなたによく似ているわ。いとこだったっけ?」 「そう。そして、義理の姉。将来的にはね」 「あの方は――マジック総帥の恋人?」 「違う違う。あの人は、ルーザー兄さんの婚約者だよ。僕は、ステラも好きだけど、君の方がいいな。エキゾチックな黒髪、白磁の肌――マジック兄さんが夢中になるのもわかるよ」 「まぁ。いつもそんな風に口説いているわけ?」 「そんなことないよ。僕は、自分で言うのもなんだけど、ストイックな方なんだ」 二人は、くるっと見事にターンする。花の香がふわりとただよう。相手も香水をつけているのだろうか。 「――僕のこと、忘れていたのかい?」 「え?」 「士官学校の校門前で会っただろう? それなのに、さっきはよそよそしく、『お初にお目にかかります』なんて言って。僕は、忘れられたような気がして、ちょっとショックだったよ」 「忘れるわけないじゃない。あなたみたいな美形を」 「そう。僕は、君のことがずっと気になっていたよ。それなのに、君は僕になんか会ったこともないような涼しい顔していたから、僕も『初めまして』なんて応えてしまったよ」 「その方がいいと思ったのよ」 「なんで?」 「勘で」 「そうだね。会ったと言っても、お互いのこと、あまりよく知らなかったし、マジック兄さんも煩いしね。ああ見えて彼、独占欲も強いから」 「そうなの?」 「ああ。まぁ、それだからこそ、ガンマ団を統べることができるんだろうけど」 「それって、関係あるの?」 「あまりないかも」 サービスが破顔一笑した。笑うと可愛い。 「とにかく――マジック兄さんは、君のことがとても好きなんだ。店から帰った後も、自慢しているよ。『大和撫子』のエレーヌほど、素晴らしい女性はいないってね」 やがて、音楽が終わった。また、別の曲が始まる。 夫婦者は、仲が良さそうにくっついている。楽しそうにさんざめく。 エレーヌと別れたサービスは、今度はステラと踊っている。 それを眺めながらエレーヌは、シャンパンを喉に流し込む。オーナーはイザベラと踊っている。 (あら、壁の花がいたわ) ハーレムのことである。窓のそばに座って、外を見ている。 結んでいたタイは緩められている。彼は明らかに場違いだった。独りで、とても――寂しそうだ。時々グラスを傾ける。お義理で来たのだろう。 (なんか――かわいそう) せっかく来たのだ。少しでも楽しませなければ。 「踊らない?」 エレーヌが、ハーレムをダンスに誘った。 「――マジック兄貴と踊ってくりゃいいじゃねぇか」 「私のことは気にせずに、踊っておいで。今日は無礼講だ」 マジックが、横からまざった。 「でも――」 「でもも何もない。おまえは女性に恥をかかす気か」 「俺、ダンスは下手だぜ」 「一曲だけでいいのよ。お願い」 「――わかったよ」 本人の言の通り、ハーレムのダンスは、お世辞にも上手とは言えなかった。 その後、エレーヌは一息ついた。 そういえば――高松が、メンバーの一人が急に来られなくなった、と言っていた。 (あれは、サービスのことだったりして) 違うかもしれない。だが、サービスは、高松の友達だ。 「何か考え事しているの?」 ルーザーが来て、ふうわりと笑顔を浮かべた。 「何でもありません。――サービスさんと高松さんて、友人同士なんですってね」 「ああ。彼らはとても仲いいよ」 「どこかに出かけるとか、言ってませんでした? サービスさんが」 「ああ、そういえば、兄さんとちょっともめてたみたいだね。ステラが来るということで、行くことにしたようだけど」 「サービスさんは、ステラさんのことがお好きみたいですね」 「従姉として、敬っていると思うよ。年上だし、僕の婚約者だからね。あと、ステラは見た通り、とても、美人だろう?」 (あら、、のろけかしら) 「サービスは、美しいものが大好きなんだよ。だから、君のことも気に入ったんじゃないかな」 サービスだって――ルーザーだって、みめ麗しいと思うのに。 (きっと、美形の多い一族なのね) ハーレムも、ワイルドだが、顔立ちは整っている。 マジックは言うまでもない。男らしさと自信に満ち溢れている。 血縁関係の人間が存在するサービスを、エレーヌは羨ましく思った。ステラという、傾国の美女までいる。 サーリッチ夫妻は、彼らとは血は繋がっていないが、話によると、家族同然の存在のようだ。特に、イザベラは、四兄弟が幼い頃から、ずっと面倒をみていたそうである。今は、マジック邸の近くに住んでいるという。普段世話になっている礼と、賑やかしに招いたらしい。 (サービスと私、同じ用事でK国に行けなかったのね) そう思うと、なんとなくおかしかった。エレーヌはくっくっと笑った。 「どうしたんだい?」とルーザーが訊いてくるのに、エレーヌは、 「思い出し笑いをしただけ」 と答えた。 マジック総帥の恋人 6 BACK/HOME |