マジック総帥の恋人
3
(グレッグ――レイチェルの父――)
(自殺した――)
(ランハという兄がいた――殺された……)
(でも、私はレイチェルという女性を知らなかった……あの人に、高松に会うまで)
(私は――レイチェルなの?)
 エレーヌは自問自答した。半年前のことは思い出せても、子供の頃の思い出は、ぽっかり穴が開いたままだ。
(もしかして、レイチェルというのは、私の双子の姉――か妹ではないのかしら)
 それは、あり得そうに思えた。
(高松に会ってみるべきかしら。それとも、やはり、ワーウィック家に行ってみるべきかしら。でも、私はワーウィックの家を知らない)
 やはり、高松に会ってみよう。
 彼は、ガンマ団士官学校の制服を着ていた。客の中に、時々士官学校生が来るから、わかるのだ。
 長袖の灰色のブレザーに、赤いタイ、黒いズボン。そんななりをしていた。
 ガンマ団士官学校を訪ねることを、エレーヌは決心した。

 その翌日、校門のところですれ違った人に訊こうと、エレーヌは思っていた。化粧もせず、店で着るような、派手派手しい服ではなく、普通に見える格好をしてきた。
 やがて、一人の生徒が通りすがる。
「あの、ちょっといいですか?」
 エレーヌが声をかけると、その人は、彼女を見た。
(なんて――綺麗な人)
 エレーヌも美貌には自信があるが、その彼女が、質問も忘れて、息を飲むほど、美しい少年だった。
 長い金髪を一つにまとめ、前髪は真ん中分け。輝く二つの青い目。通った鼻筋。段々につり上がった眉。それが凛々しさを加えている。
「なんだい?」
 相手は不審そうに訊いてきた。何かの勧誘かと思っているのだろうか。
「高松さんていう人、知ってます?」
「高松なら、僕の友達だよ。彼に用?」
「はい」
「じゃ、僕が案内してあげるよ。寮に帰っていると思うから」

 少年が、これこれこういうわけで、と話を通すと、寮の守衛は、内線電話で、高松を呼んでくれた。
「じゃあね」
 少年は、また寮を出て行った。
「ありがとう」
 エレーヌが微笑むと、少年は、照れたように赤くなって下を向いた。
 彼が去ると、入れ違いに、高松が現われた。
「こんにちは、エレーヌさん」
「こんにちは」
「ここでは何ですから、外に出て話しません?」
「ええ」
 守衛は、こっちを見て、にやにやとしている。若い者同士が、恋を語ろうとしている、と見えたのだろう。本当はそんなことではないのだが。

「で? どうしてここに来たのですか?」
「あなたと話がしたかったの。私――考えたの。レイチェルと言うのは、私の双子かドッペルゲンガーなんではないかと。あなたの意見も聞きたいと思って」
「レイチェルに双子がいたと言う話は聞きませんが」
「それから、私、グレッグに会ってたわ。それを思い出したの」
「ほう」
「以前、あの店で、『レイチェル』って。かなり酔っ払ってたわ。そういう人には慣れてるから、そのときは何とも思わなかったけど」
「あなたはレイチェルですよ。私の勘は、九分九厘当たるんです」
「後の九割一厘は外れるんでしょう」
「まぁね」
 二人は、おかしくなって笑ってしまった。
「ワーウィックさんの家は知らない?」
「知ってますよ。前に行ってみました」
「教えてくれないかしら」
「それは構いませんが」
「でも、オーナーにわからないようにやらなくちゃ。オーナーは、どういうわけか、私が昔のことを知ろうとするのを嫌がるの」
 抜け落ちた記憶を取り戻すために、こっそり医者にも通った。埒があかないので、半年で辞めてしまったが。
「それは――じゃあ、あの店で話し合ったこと、バレたら大変でしたね」
「あのときは、オーナーは常連と話してたから」
「ワーウィック家はK国のヴィヌロンにありますよ。地図書いてあげます」
「本当に、何から何まで、済まないわねぇ」
「いえ。これは、私なりの罪滅ぼしのつもりなんです」
「罪滅ぼし? それだけ?」
「いえ。それだけではありません。あなたが美しいから、です」
「まあ。――本当のことでも、言われると嬉しいわ」
「いえいえ。あなたは美しいですが、魅力的かと言われれば、あやめさんの方が断然いいですね」
「あやめさんて恋人?」
「え? え……まぁ、両想いとは言えますがね」
 高松は、あやめと遠距離恋愛していること、あやめがどんなに素敵かということ、お互い、シスコンの身内とブラコンの友人を持って苦労していることなどを長々と喋った。
(なんだ。のろけなのね)
 しかし、どこか初々しさを感じた。
(こんな恋ができたらいいな)
 そのとき、脳裏にマジックの顔が浮かんだ。
(マジック総帥――)
 何故彼のことを思い出したのだろう。よくいる常連の一人に過ぎないのに。
(確かにかっこいいけどね)
 頭の中でマジックが笑っている。ローザは、彼だけはやめなさいと言った。
(ま、いいわ)
 エレーヌはマジックの笑顔を打ち消しそうとした。
「今度、ワーウィック家に行ってみるわ」
「私達も行ければいいんですけどねぇ」
「じゃ、一緒に行きましょうよ」
「サービスとジャンも連れてね」
「あ、さっきの美少年もいる?」
「美少年と言ったら、サービスのことでしょう」
「サービスって言うの? あの子」
「おや。あの人、こんな美人を前にして、名前も名乗らなかったんですか? みかけによらず初心なんだから。そういうスレていないところがいいんですけどね」
 サービスの容貌は、エレーヌの理想にかなっていた。少しぶっきらぼうなのも、思春期の少年にはよくあることだ。
 でも、さっき浮かんだのは、どうしてサービスではなく、マジックだったのか。
 エレーヌは思考を別の方に向けようとした。
 高松と友達になっておけば、いろいろと情報が入りそうだ。楽しそうだし。彼女がいるというのも、気にならなかった。かえって、親しい男友達ということで、気楽だ。
 ワーウィック家に行ってみれば、昔のことがわかるかもしれない。自分が、本当に、レイチェル・リタ・ワーウィックだとしての話だが。
「あ、そうだ。ランハのことも聞きたいんだったわ」
「ランハ・レッテンビュー事件のことですか?」
「あら。ランハ・ワーウィックじゃないの?」
「本当はそうなんですが、ランハ・レッテンビュー事件、と呼ばれてますね。その方が呼びやすいんでしょう」
「その、ランハが殺されたのは、確かなのね?」
「黒焦げで発見されたようですからねぇ。歯形が一致したそうですが。下手人は不明。きっと、ガンマ団のこと、嗅ぎまわり過ぎたんですね」
「ワーウィック家には、生き残りはいないの?」
「ロベリアさんが健在ですよ」
 しばらく、二人とも黙っていたがやがて、
「あ……ああ、良かった」
エレーヌの目から大粒の涙がぼろぼろこぼれた。彼女は口元を押さえた。
「『レイチェル』に肉親がいて、良かった……」
「あなたの肉親かもしれませんよ」
 高松が、慰めるように言った。
「お兄さんとお父さんのことは気の毒ですが……、と、これも、あなたがレイチェルだとしての話ですね」
「それでも、肉親がいるだけいいわ。私は、天涯孤独ですもの。オーナーやその家族は大事にしてくれるけど」
「お父さんは、死ぬまで娘さんのことを案じていましたよ」
「まあ! それでは、その娘は、或る意味幸せな人じゃない! ああ! 私、レイチェルになりたいわ! 本当にレイチェルだといいんだけど」

マジック総帥の恋人 4
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