マジック総帥の恋人
28
「サービス……」
「ん? 何?」
「昨日は悪かったよ……ごめん」
 寮の食堂である。
 黒鳥館のビリーは、そこでの食堂で食べるのが普通なのだが、今日はわざわざサービスのいる白鳥館に出向いていた。
「ああ、気にしなくていいよ」
 サービスは心を許した相手にだけ見せる笑顔を浮かべた。
「サービス……にやけた顔しないでください」
 隣の高松が言った。
「おまえに言われたくはないな」
 サービスも反撃した。
 サービスの向かいにいるジャンは、そんな彼らにはお構いなしにご飯をかき込んでいた。

 テスト順位の発表がある日――。
 張り出されている廊下には生徒達がひしめいていた。
「嘘だろう……? こんなことって」
「ああ。俺達は夢を見ているに違いない」
「でなきゃ、奇跡だ」
「なに頓狂なこと言っているんですか」
「ああ、高松。ジャン、サービスも」
 クラスメート達がわらわらと集まってきた。
「ジャンが……ジャンが一番に入ってる」
「え?」
 高松とサービスは優秀な成績を修めた生徒の発表されている個所に目を遣った。
 高松、サービスと並んで、ジャンの名前がある。
「へぇ~、やったじゃないですか! ジャン!」
 高松が嬉しそうにぽんと相手の肩を叩いた。
「俺……サービスや高松と同じ点数だ。こんなことは絶対ないと思っていたのに」
「あなたの努力ですよ」
「ああ、おめでとう、ジャン」
「ありがとう」
 ジャンの目は潤んでいた。
「僕からもお祝いを言わせてもらうよ。――良かったね、ジャン」
「ビリー……」
「僕は残念ながら四番になったけどね」
 それでも、一点差だ。
「君にも……ありがとう」
 サービスは横目で見ながら、(ビリーは悔しくないのかな?)と思った。
 まぁ、彼女のことだ。嫉妬心とか、そう言う醜い感情とは無縁なのだろう、と納得したが。
 しかし、ジャンが一番になるとは、奇跡には違いない。
 ――その日、サービスは、兄から「週末晩餐会をやるから、友人も連れてきておくれ」と言う連絡をもらった。

「ジャンくん。おめでとう」
「ありがとうございます」
 マジックが乾杯の音頭を取った後のやり取りである。めいめい、ディナーに夢中になっている。
 招かれたのは、ジャン、高松、ビリーである。次兄のルーザー、三男のハーレム、そして、末弟のサービスも卓を囲んでいた。
「カワハラくんも来ると良かったね」
 マジックがハーレムに言うと、
「あいつ、忙しいんだよ、いろいろと」
とぶっきらぼうな返答が返ってきた。
「俺だって、こんな堅苦しい席嫌なんだが……マジック兄貴は相変わらず独りよがりなんだからな」
「そう言うものじゃないよ。ハーレム」
 ルーザーが柔和な声で窘めた。
 ハーレムが、ふん、と鼻を鳴らした。
 宴もたけなわの頃――
「発表することがある」
 ハーレムがやにわに立ち上がった。
「俺は、四月から、ガンマ団に入ることになった」
「知ってるよ。そんなこと」
 サービスが言った。
「黙れ」
 ハーレムがサービスを睨んだ。
「俺は、世界中を回る兵隊になろうと思っている」
「そんな……命は大事にしなきゃ駄目だよ、ハーレム」
 ハーレムは冷たい目でルーザーを見た。それは、サービスに対する比ではない。
 彼が幼い頃、小鳥の命を平気で奪ったルーザーだ。ハーレムには、そんな兄の言葉はおためごかしにしか聞こえない。
「それがおまえの台詞か。どうせ俺が死んだら死んだで、そら涙でも流して後は忘れるんだろ」
 ハーレムが低い声で応えた。
 もちろん、ビリーはルーザーとハーレムの確執など知らなかったが、この二人が仲が悪そうなのは、何となくわかった。
「まぁ、座れ。ハーレム」
 マジックの言葉に、ハーレムは渋々と従った。
「ジャンくん、サービス、高松。三人で一番になって、私はとても嬉しいよ。特にジャンくん。君の成長ぶりには瞠目させられるばかりだよ」
「はい……ありがとうございます」
 ナイフとフォークをそれぞれの手に持ち、ジャンが面映ゆそうに礼を言った。
「優秀な人材が育って良かった。ビリー。君にも期待しているよ」
「そのことなんですが……」
「何かね」
「いえ……」
 ビリーは、ここを辞めようと思う、と言いたかったのだ。
 サービス達にも見張られるようになって、もう限界だ、と感じた。
 だが、学生生活が楽しくなかったわけではない。
 もう少しここで粘ってみようか、と言う気もある。
 しかし、殺し屋になる気はない。
 殺すのは、マジック一人。
 マジック総帥がいなくなったら、一枚岩のガンマ団は崩壊するだろう。
 ルーザーの運命も、ハーレムの運命も、それで変わる。そして、サービスも――。
 マジックの視線には、明らかに(君の話したいことはわかっている)――そんな色があった。マジックは、自分の言いたいことを察したのだろうか。彼の目は、いつもより鋭かったような気がする。
 考え過ぎだろう。だが、ここを出て行くことは、きっと許されない。
「顔色が悪いね。大丈夫かい」
「……はい」
 ビリーは、また食事を再開した。
 自分の思い過ごしであろう、とビリーは思った。
「何か言いたいことでもあったんじゃない?」
 サービスが訊く。
「――もう忘れたよ」
 ビリーが首を振る。サービスもそれ以上は追及しなかった。
「春休みになったら、何か予定でもあるのかい?」
 マジックの問いに、
「はい。一応……寄りたいところもいろいろありますし」
 ビリーは、取り敢えず母の家に帰ろうと決めていた。

マジック総帥の恋人 29
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