マジック総帥の恋人
目立たない建物の地下室に連れて行かれた。 (監禁とかされたら――どうしよう) 好奇心、猫を殺す。 ビリーは、己の迂闊さを呪った。 ドーリの計算通りと言うことだろうか。そう言えば、微かに満足そうな色を浮かべていた。ルネはどうなのだかわからないが。 コンコン、と、ドーリが扉をノックした。 「入れ」 ドーリがドアを開けると、黒髪を短髪にした男が出迎えた。 「ビリー、この人は僕の兄。李道成だよ」 「は……初めまして」 「初めまして」 李道成は、すっと目を細めた。 (ドーリに似ている……) ビリーは密かに思った。 「ドーリ、悪いけど二人にしてくれないか。ルネも連れて」 「わかりました」 扉の閉まる音がした。 この男と二人きり――だが、ドーリとは違い、不思議と恐怖心は湧いて来なかった。 「さてと――ここがどこだか知っているかな」 「いいえ」 「黒豹団の本部だよ」 「えっ?!」 ビリーは思わず絶句しそうになった。 「でも、黒豹団はもうないって……」 「ランハ・レッテンビュー・ワーウィック氏の率いていた黒豹団はもうないって言う意味だよ。私達は彼の遺志を継いだんだ」 「――ここは、ガンマ団のお膝元では……」 「違うね」 李道成は答えた。 「ここはガンマ団の領地ではない」 「そうなんですか」 「秘密にしておいてほしい。命が惜しくなければ、な」 物騒な話の割に、この男はドーリほど人に緊張を与えない。 でも―― 「どうしてドーリと違う名字なんですか?」 「ドーリが私と似ていないからだ」 「似ていると思いますよ。私は」 「ありがとう。あの子は私に懐いているから、それを聞いたら喜ぶと思う」 妙な兄弟ね――と、ビリーは思った。 「ドーリが父に似ていないものだから、ドーリは追い出された。母方の祖父の元に預けられてね。母は――死んでる」 どうして李道成が身の上話をしたのか、ビリーにはわからない。 「父も亡くなって、私が黒豹団の指導者に納まった後、ドーリをここに呼び寄せた。可愛い弟だよ」 そう言って、李は薄く笑った。 (私は、似ていると思うな――特に、酷薄そうなところとか) だが、それを李に言うことはできない。 一見、人当たりは李の方が良さそうだが、それだけに、不気味なところも感じさせる。 「私達に、協力してくれないかね? 君もランハの敵は討ちたいだろう? 話は聞いている」 「あなたと兄とは、どういう関係だったのですか?」 「私の父はランハの片腕だった――まだ若いのに肝が据わっている、といつも褒めていたよ」 「せっかくのお話ですけど――」 「ん?」 「考えさせてください」 「いいよ。答えはいつでも。待ってる」 「ちょっとビリー! アンタ一体どこ行ってたんですか!」 寮に帰ってくると、高松が珍しく泡を食っていた。ジャンとサービスも同様である。 「どうしたんだ? 高松」 「アンタが島谷先輩と消えたと聞いて、心配したんですよ」 「島谷先輩って、そんなに悪い人なの?」 「私の中では、ブラックリストに入っています。ね、サービス」 「ああ」 高松の傍らに立っていたサービスが、ビリーの方に進み出た。 「どう言うことだ、ビリー。僕達に内緒でドーリに接近するなど」 「ドーリがどうしていけない人なの?」 「胡散臭いんですよ――私のこういう勘は、今までに外れたことがないんでね」 高松が自分のこめかみを叩いた。 (胡散臭い――か。確かに) だが、ドーリも可哀想だ。弁護の一つでもしてやりたくなる。 「ドーリは、父親に疎ましがられていたんだ」 「それとこれとは関係ありませんよ」 「高松の言う通りさ」 「まぁまぁ、高松、サービスも――」 「君は黙ってろ!」 「アンタは黙っててください!」 二人に同時に言われ、ジャンは、 「――はい」 と白旗を上げた。 「僕が消えたぐらいで、いちいち騒ぐなよ。それとも、僕には自由がないのかい?」 「警護の仕事を仰せつかっていますから……」 ビリーの台詞に、遠慮がちに高松の応えがあった。 「警護? 見張りの間違いじゃないのかい?」 「ビリー!」 サービスが叫んだ。 「僕は君が――君に危険がないようにと」 「逆じゃない? 僕が、君達にとって危険なんだよ。だから、そんなおためごかしを――」 「ビリー。それ以上言うと許さんぞ」 立ち直ったジャンが、ぐいと肩を掴んだ。 「離してくれ」 ビリーが言うと、ジャンは存外、あっさり離した。 「誰なんだい? 僕につきまとうように君達に言ったのは」 「だから……ビリー……」 サービスが哀しそうな声を上げる。ジャンがぎゅっと眉を寄せる。 「もしかして――マジック?」 「――その通りですよ」 高松が溜息と共に答えた。 「そうか――僕がまたマジックの命を狙わないように、止める役割を担うことになったのか」 「違う……或る組織が、君に目をつけている」 サービスが言った。 「へぇ……」 ビリーは黒豹団のことを思い出した。 (あれのことか――) 「わかった。もう君達はもう僕の護衛をしなくていい。ビリー・ピルグリムの名によって命じる」 「そんなわけにはいかない。僕達は、いや、僕は君をガンマ団と黒豹団の争いに巻き込みたくはないんだ。だって僕は――」 サービスの顔が赤くなった。 「君のことが好きだから、守りたいんだ――」 「僕は強いよ。君にどうのこうの言われようとね」 「でも、君は男じゃないだろう」 「力はその辺の男に負けないつもりだよ」 「君は……強情っぱりだな」 「褒め言葉と受け取っておくよ」 ビリーは、ふんと鼻を鳴らした。 「とにかく、君やマジックに縛られるのはごめんなんだ」 「待ってくれ! ビリー!」 サービス達が制止するのも聞かず、ビリーは、部屋に戻って行った。 下腹に妙な違和感がある。 「くっ……こんなときに……」 血潮が体内から出て行くのを感じる。 だが、今回は軽くて済みそうだ。 それだけが、救いだった。 マジック総帥の恋人 28 BACK/HOME |