マジック総帥の恋人
27
 確かに早く目的地に着いた。どこをどう通ったのかはわからないが。
 目立たない建物の地下室に連れて行かれた。
(監禁とかされたら――どうしよう)
 好奇心、猫を殺す。
 ビリーは、己の迂闊さを呪った。
 ドーリの計算通りと言うことだろうか。そう言えば、微かに満足そうな色を浮かべていた。ルネはどうなのだかわからないが。
 コンコン、と、ドーリが扉をノックした。
「入れ」
 ドーリがドアを開けると、黒髪を短髪にした男が出迎えた。
「ビリー、この人は僕の兄。李道成だよ」
「は……初めまして」
「初めまして」
 李道成は、すっと目を細めた。
(ドーリに似ている……)
 ビリーは密かに思った。
「ドーリ、悪いけど二人にしてくれないか。ルネも連れて」
「わかりました」
 扉の閉まる音がした。
 この男と二人きり――だが、ドーリとは違い、不思議と恐怖心は湧いて来なかった。
「さてと――ここがどこだか知っているかな」
「いいえ」
「黒豹団の本部だよ」
「えっ?!」
 ビリーは思わず絶句しそうになった。
「でも、黒豹団はもうないって……」
「ランハ・レッテンビュー・ワーウィック氏の率いていた黒豹団はもうないって言う意味だよ。私達は彼の遺志を継いだんだ」
「――ここは、ガンマ団のお膝元では……」
「違うね」
 李道成は答えた。
「ここはガンマ団の領地ではない」
「そうなんですか」
「秘密にしておいてほしい。命が惜しくなければ、な」
 物騒な話の割に、この男はドーリほど人に緊張を与えない。
 でも――
「どうしてドーリと違う名字なんですか?」
「ドーリが私と似ていないからだ」
「似ていると思いますよ。私は」
「ありがとう。あの子は私に懐いているから、それを聞いたら喜ぶと思う」
 妙な兄弟ね――と、ビリーは思った。
「ドーリが父に似ていないものだから、ドーリは追い出された。母方の祖父の元に預けられてね。母は――死んでる」
 どうして李道成が身の上話をしたのか、ビリーにはわからない。
「父も亡くなって、私が黒豹団の指導者に納まった後、ドーリをここに呼び寄せた。可愛い弟だよ」
 そう言って、李は薄く笑った。
(私は、似ていると思うな――特に、酷薄そうなところとか)
 だが、それを李に言うことはできない。
 一見、人当たりは李の方が良さそうだが、それだけに、不気味なところも感じさせる。
「私達に、協力してくれないかね? 君もランハの敵は討ちたいだろう? 話は聞いている」
「あなたと兄とは、どういう関係だったのですか?」
「私の父はランハの片腕だった――まだ若いのに肝が据わっている、といつも褒めていたよ」
「せっかくのお話ですけど――」
「ん?」
「考えさせてください」
「いいよ。答えはいつでも。待ってる」

「ちょっとビリー! アンタ一体どこ行ってたんですか!」
 寮に帰ってくると、高松が珍しく泡を食っていた。ジャンとサービスも同様である。
「どうしたんだ? 高松」
「アンタが島谷先輩と消えたと聞いて、心配したんですよ」
「島谷先輩って、そんなに悪い人なの?」
「私の中では、ブラックリストに入っています。ね、サービス」
「ああ」
 高松の傍らに立っていたサービスが、ビリーの方に進み出た。
「どう言うことだ、ビリー。僕達に内緒でドーリに接近するなど」
「ドーリがどうしていけない人なの?」
「胡散臭いんですよ――私のこういう勘は、今までに外れたことがないんでね」
 高松が自分のこめかみを叩いた。
(胡散臭い――か。確かに)
 だが、ドーリも可哀想だ。弁護の一つでもしてやりたくなる。
「ドーリは、父親に疎ましがられていたんだ」
「それとこれとは関係ありませんよ」
「高松の言う通りさ」
「まぁまぁ、高松、サービスも――」
「君は黙ってろ!」
「アンタは黙っててください!」
 二人に同時に言われ、ジャンは、
「――はい」
と白旗を上げた。
「僕が消えたぐらいで、いちいち騒ぐなよ。それとも、僕には自由がないのかい?」
「警護の仕事を仰せつかっていますから……」
 ビリーの台詞に、遠慮がちに高松の応えがあった。
「警護? 見張りの間違いじゃないのかい?」
「ビリー!」
 サービスが叫んだ。
「僕は君が――君に危険がないようにと」
「逆じゃない? 僕が、君達にとって危険なんだよ。だから、そんなおためごかしを――」
「ビリー。それ以上言うと許さんぞ」
 立ち直ったジャンが、ぐいと肩を掴んだ。
「離してくれ」
 ビリーが言うと、ジャンは存外、あっさり離した。
「誰なんだい? 僕につきまとうように君達に言ったのは」
「だから……ビリー……」
 サービスが哀しそうな声を上げる。ジャンがぎゅっと眉を寄せる。
「もしかして――マジック?」
「――その通りですよ」
 高松が溜息と共に答えた。
「そうか――僕がまたマジックの命を狙わないように、止める役割を担うことになったのか」
「違う……或る組織が、君に目をつけている」
 サービスが言った。
「へぇ……」
 ビリーは黒豹団のことを思い出した。
(あれのことか――)
「わかった。もう君達はもう僕の護衛をしなくていい。ビリー・ピルグリムの名によって命じる」
「そんなわけにはいかない。僕達は、いや、僕は君をガンマ団と黒豹団の争いに巻き込みたくはないんだ。だって僕は――」
 サービスの顔が赤くなった。
「君のことが好きだから、守りたいんだ――」
「僕は強いよ。君にどうのこうの言われようとね」
「でも、君は男じゃないだろう」
「力はその辺の男に負けないつもりだよ」
「君は……強情っぱりだな」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
 ビリーは、ふんと鼻を鳴らした。
「とにかく、君やマジックに縛られるのはごめんなんだ」
「待ってくれ! ビリー!」
 サービス達が制止するのも聞かず、ビリーは、部屋に戻って行った。

 下腹に妙な違和感がある。
「くっ……こんなときに……」
 血潮が体内から出て行くのを感じる。
 だが、今回は軽くて済みそうだ。
 それだけが、救いだった。

マジック総帥の恋人 28
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