マジック総帥の恋人
「ビリーには恋人いないの?」 「いないわ」 間髪入れずにビリーは答えた。 「でも、マジック総帥は?」 「最低の男よ。私の兄は殺すし。あの人は紳士ぶってただけなのよ」 「婚約までしたのに?」 「あんな男だと知ってたら、しなかったわ」 「――君、ダメじゃないか」 少女の顔は、いつの間にかミツヤの顔に変わった。 「君のような娼婦がマジックの悪口を言っては――」 ――いけないよ。 ミツヤが口を動かすと同時に、目覚まし時計が鳴った。 「――はぁ」 ビリーは、ベルの音を止めて、安堵の吐息を洩らした。 (夢で良かった――) まさか、またミツヤが出てくるなんて、思いもよらなかった。 (にしても、娼婦なんて――私はまだ処女なのに……) いささか心外だった。思い出すと腹も立ってくる。 (ミツヤだって、マジックとデキてたんじゃないかしら……?) 有り得ないことではないかもしれない。今でもこだわっているところを見ると。 ビリーは、ミツヤのことを実在していた人物であると信じて疑わない。彼女には、自分でもよくわからない不思議な力が備わっている。 (ああ、こんなことしている場合ではなかったわ。早く用意しないと) ビリーは顔を洗い歯を磨いてパジャマを脱ぐ。 きつく晒しを巻く。豊満な彼女の胸が隠れていく。 サイズが大きめのブラウスを羽織る。上衣を着れば、どこからどう見ても美少年だ。 もちろん、女だと言うことを知られない為、着替え中に誰も入らないように、きちんと施錠してある。 髪は念入りに溶かす。『エレーヌ』だった頃からの習慣だ。 今日からテストがある。期末試験だ。 その緊張で、あんな夢を見たのかとも思う。けれど、ビリーはテストは嫌いではないし、そんなことで不安定になるほど、神経細くもない。 (準備よし! さあ! 出撃だ!) ジャン、サービス、高松が、学校に来たビリーに挨拶した。 「おはよう。君達。今日も早いね」 ビリーもそう言って挨拶に答える。 「まぁね」 サービスは、当たり前、と言いたそうにしている。 「俺、故郷ではもっと早くから動き出していたぜ」 と、ジャンが言う。 ジャンの故郷――詳細はわからないが、とても美しい場所だと聞く。 ジャンはサービスをそこに連れて行きたいだろうか……。 サービスなら、何となくその美しいところに行けそうな気がする。 自分は無理だろう――と、ビリーは思う。 確かに、そこには行けずに亡くなってしまう運命が待っているのだが、彼女はそのことを知らない。自分には楽園は似合わないであろうと漠然と思っているだけだ。 マジックに復讐をしようと心に誓った彼女には。 白い綺麗な手は、血に染まって赤くなる。 いつか――いつか、私はマジックを殺す……。 「――ビリー、ビリー」 サービスの声に、ビリーははっと白昼夢から覚めた。 「まだ寝ぼけているんですか? ビリー」 高松は眉を顰めた。 「何か見えたのか?」 ジャンが訊く。 「おまえじゃあるまいし」 サービスが呆れている。 「俺もいろんなもん見えるぜ。きっと仲間なんだな」 仲間……。 そうか。ジャンもただ者ではないんだ。 どこがどうとは、言えないけれど――。 「ジャン。ビリーをおまえと同類にするな」 「へーい」 サービスにはジャンも弱い。仕方なさそうに返事して、肩を竦める。 「急ぎましょう。理由もないのに時間に遅れては弁解の仕様がありませんしね」 高松の声に、彼を含めた四人の生徒は教室へと歩いた。 テスト期間はあっという間に終わった。ビリーは確かな手応えを感じた――。 サービス達の教え方もさることながら、やっぱり『大和撫子』のみんなに、暇な時間、勉強みてもらってよかったな、とビリーは脳裏を巡る懐かしい人々の顔に感謝した。 ビリーは放課後、グレッグの墓参りに来ていた。 色とりどりの花束が置かれている。 (誰が来たんだろう……) 時々、花束が墓前に捧げられている。ビリーは首を傾げながらも、見知らぬ誰かにお礼を言った。 (どこのどなたか知りませんが、ありがとうございます……) 今度来るときは、私も花を持って行こう。そう決心したときだった。 ざっ。 誰か、いる。 人の気配には気付いていたが、他の誰かの墓に用事なのだろうと、特に気にも留めなかった。 だが――こっちに近付いている。明らかにビリーが目当てだ。 ビリーは振り向いた。 そこにいたのはルネだった。 「やぁ……」 ルネの笑顔はどことなくわざとらしい。 「ルネ……」 ビリーはルネに会えたことが嬉しくて、ルネの不自然さを意識の片隅に追いやってしまった。 「ビリー……この間はごめんなさい」 「ううん。気にしなくていいよ」 「『死んでしまえ』なんて、本気じゃないからね」 「わかってるよ……」 感激にうっすらと涙が滲んだ。 (ローザの言う通りだったんだわ、きっと……) 「でね、今日は僕の友達を紹介したいんだけど」 「誰?」 「ドーリ、こっちだよ」 木の影から一人の少年が現れた。 背は高い方だ。目鼻立ちは人形のようで、どことなく酷薄な感じだ。 嫌な予感を覚えた。警戒心も働いている。 ルネとは――そう、世界が違う感じだ。 何故この二人が仲良くなったのか――さっぱり飲み込めない。 「どうも。島谷道理です」 「島谷さん?」 「友達はみんなドーリ、と」 「ああ」 「君もドーリと呼んでください」 「わかりました。ドーリ」 「タメ口で結構。僕もこれからはそうするから」 「わかった……」 「君のことはよく知ってる。ビリー・ピルグリム」 「そう……」 ドーリの言葉に答え、頷きながらも、心の中の冷たい汗は止まらない。 いきなり馴れ馴れしくする他人には気をつけろって、オーナーも言っていた。 「君のこと、ドーリのお兄さんにも紹介したいんだけど」 そう言ったルネに対して、ビリーがわるいけど――の「わ」を口にしかけたときだった。 「ルネ。悪いよ。今会ったばかりの人に、そんな不躾なことを言っては」 ドーリはアルカイックスマイルを浮かべた。 そう言われるとこの人の兄に会いたくなる。好奇心が湧いてきた。 「どこにいるんだい? 君のお兄さんは」 「僕が兄のところに連れて行くよ」 「ここにいるんじゃないの?」 「兄はちょっと離れたところにいてね。なに、僕らの車ならすぐだよ」 「あ……ああ」 ビリーは後悔しかけたが、背に腹はかえられない。ルネとドーリの後に従った。 マジック総帥の恋人 27 BACK/HOME |