マジック総帥の恋人
25
 ビリーはベッドに寝そべって、溜息を吐いた。
(ルネ……なんか様子が変だった……)
 誰かに相談に乗ってもらいたい。でも、誰に?
 ビリーは、『大和撫子』時代の仲間を思い出していた。
 オーナー……良子……ローザ……。
(『大和撫子』に行きたい)
 特に、ローザに会いたい。
 ビリーは、がばっと起き直った。

 少し遅れるかもしれない。そのことを伝えようと、寮監の先生のところに行った。
 寮監の先生はいなくて、副寮監の先生が在室している。
「サービス様達にも、相談しなければならないな」
と言って、電話を取った。
「え? どうしてサービス達に?」
「マジック総帥の命令でね。君を一人で出歩かせるな、と」
 マジックは、私を束縛する気か……!
 一瞬、ビリーは激昂しそうになった。
 だが、サービス達に罪はない。
「わかりました」
 サービスには、事情を説明して、途中で帰ってもらおう。
「――高松とジャンも一緒だ」
「え……」
 ジャンとサービスはともかく、高松は難物だ。
 いささか、厄介なことになったな。
 気持ちを静めるため、ビリーは深呼吸をした。

 結局、三人を説得することもできずに、ビリーは、『大和撫子』に着いた。
「では、私達は近くのテーブルにいますからね」
「ああ」
 高松、サービス、ジャンは、ビリーとは別のテーブルの席に座る。
(なんか、落ち着かないなぁ……)
 ビリーは思ったが、口には出さないでいた。
 歌姫が、歌を歌っている。ビリーは、自分の方が上手だと思った。彼女には、なんら含むところがないにしても。
 店も、以前より客が減ったみたいだ。

「ところで――僕達は、この店に入っていいのかな?」
 サービスが言った。
「いいでしょう? マジック総帥のご命令です」
 高松は、のほほんと杯を傾けていた。
「あ、一応領収証は取っておきましょう。後でガンマ団に請求できるように」
「おまえは転んでもただでは起きないなぁ……」
「転んでだっていないでしょう」
「未成年が酒飲んでいいと思っているのか?」
「ジャンだって、飲んでるでしょう」
「え? 俺?」
 名指しされて、ジャンは、慌てて酒を飲み下す。
「俺、未成年じゃないぜ。こう見えても、立派な大人だ」
「体だけはね」
「何を言う。年齢だって……」
「いいだろ。おまえら。それより、ビリーの様子を見ることが先決だ」
「あ、ああ……」
 そう言えば、年齢の話はタブーだったっけ。
 危ないところであった、とジャンは思った。
 ジャンは、もう気が遠くなるほど生きている。一万年やニ万年どころではない。
 彼の気を惹いた存在もいた。
 青の一族と赤の一族が一緒の島に住んでいた頃のこと。ライと言う男がいた。
 サービスにそっくりだった。顔も、性格も。
 ジャンは、ライが好きだった。
 しかし、今は、サービスの方がもっと好きだ。
 いつか、彼と一緒に島へ行って、永久に共に暮らせたら、どんなにいいかと思う。
 それが、叶わぬ夢であっても。
 ジャンは言った。
「もう一杯、飲んでもいいかい?」

 ビリーが食事をつついていると、女の人がやってきた。
「可愛い君。私がお相手しましょうか?」
「え? いや、いいんだ。ローザを呼んでくれないか?」
「――わかりました。連れてきましょう。それにしても」
「はい?」
「君みたいな可愛い坊やにご指名されるなんて、ローザもモテますわね」
「坊や……」
 そうか。男装が板についてきたのだな。
 ここでも、エレーヌ・ライラ・深崎ではなく、ビリー・ピルグリムとして過ごさなければいけないんだ。
 そうは言っても、複雑な気持ちは抑えきれない。
 さっきの女の人は――確か、ナナだった。
(私を忘れたのだろうか――)
 明るくて、ローザの次に好きだった。朝まで話し込んだこともあった。
 そのナナが、自分に気付かないとは……喜んでいいのか、哀しんでいいのかわからない。
 ただ、一抹の寂しさは感じる。
 またここで働くことができたなら――。
 だが、それはマジックを殺した後だろう。そのときは、自分は殺人犯として指名手配されているかもしれない。
 サービス達とも、別れなくてはならないのだ――。
 ビリーは、三人の方に目を遣った。
 高松は、こっちを向いて、ひらひらと手を振る。
「高松」
 サービスが窘める。
 ビリーはふふっと笑った。
(何もかも捨ててまで――マジックに復讐する価値はあるのかしら)
 ビリーがそう疑問に思ったのは、今がこんなに幸せだから。
 悩みもあるけれど、それは僅かな瑕に過ぎない。
「お待たせしました」
 ローザの声だ。
「ローザ!」
「あら。可愛い少年――あら? あなた、エレーヌに似てるわね。もしかして――」
「そう。エレーヌよ」
 声色を使わずに、ローザの耳に囁いた。
「まぁ! あらあらあら……」
 ローザは驚いた顔をした。
「エレーヌ……どうしてまた……」
「ちょっとね」
 そう言って、ビリーはウインクした。
「それから、私のことは、ビリーって呼んでくれない?」
「承知しました。ビリー」
 ローザが軽く笑った。
 それから、ビリーは、ルネのことを手短に話した。ひそひそ声だから、サービス達にも何を言っているかはわかるまい。
「――ルネくんと言う子がどういう子かわからないけれど、きっと嫉妬ね。心の底から憎いと言うのではないはずよ。――モテるんでしょ、あなた。こんななりでも」
「――まぁね」
「羨ましいわ」
「別段モテたいわけじゃないんだけど」
「だからモテるのよ。ガツガツしてるのはダメ」
「うん」
 自分でぐるぐる考えるだけでいるのと、他の人に保証してもらうのとは違う。来てよかった、とビリーは思った。
「いつか、昔みたいに話し合えるといいわね。そのときは、もっと詳しく聞かせてもらうわよ」

「何言ってるのかなぁ、あの二人」
「気になりますか? サービス」
 高松が、タイを緩めた。
「べ、別に……」
 ジャンにはビリー達の会話が聴こえたが、そ知らぬ顔で料理を味わっていた。味音痴の彼も、ここの料理が美味しいことは、素直に認めた。

 オーナーも来た。
 ビリーを見たとき、目が丸くなったが、すぐに元の顔に戻る。
「いらっしゃいませ。楽しめていますか?」
「はい。ここはいい店ですね」
「ありがとう。いつでも来ていいですからね」
 そう言い置いてオーナーは、サービス達のテーブルの方に行った。

マジック総帥の恋人 26
BACK/HOME