マジック総帥の恋人
23
 翌日、ルネは、校舎の裏にサービスを呼び出した。
「サービス様……」
 ルネの心臓は緊張で高鳴っている。
「僕、サービス様のことが、好きです」
「ああ……」
 サービスは、うんざりしたように、生返事をした。
 厭悪感でも、嫌忌感でもなく、ただただうんざりと言った態で。
 サービスは、その美貌から、思いを寄せる相手には事欠かない。たとえそれが男の園、ガンマ団士官学校であっても。
 それに、ルネは、前からサービスに対する好意を露わにしていた。
 悪い気はしないのだが、少し鬱陶しいときもある。
 サービスは、基本的に女の子が好きなのだから。
「ルネ、僕、他に好きな人がいるんだ」
「知ってます」
 勢い込んで言ったおかげで、ゴホゴホとむせた。
「ビリーさんのことでしょう」
 涙目になりながら、ルネは言って、またむせた。
 サービスはしばらく黙っていたが――。
 ルネは見た。
 サービスの唇が、肯定の言葉を紡ぐのを。

(僕は、ビリーが好きだ)
 エレーヌ・ライラ・深崎こと、ビリー・ピルグリムが。
「ちょっと、おまえら先に行っててくれないかな。僕はビリーに話があるんだ」
「そうですか。わかりましたよ。サービス。行きましょう。ジャン」
「ああ」
 学校でビリーに害をなす輩は少ないに違いない。
 ジャンはそう納得すると、高松と揃って図書室から出て行った。
 サービスはビリーと二人きりになった。
「話って?」
 ビリーが訊いた。
「うん――僕、ルネから告白されたよ」
「まあ――それにしては浮かない顔だね」
 もともとこんな顔さ、とサービスは心の中で独りごちた。
「――僕は断わったんだよ」
「何で? あの子可愛いじゃない」
「確かに可愛いね。でも、僕が好きなのは、君だから」
 さらりと言ったサービス。
 一瞬、時間が止まった。
「返事は、今すぐでなくていい。君がマジック兄さんと婚約まで行ったことは知ってるし」
(マジック――)
 ビリーは、マジックの男性的な容貌を思い出した。
(あのときは、何も知らなかったから――)
 かと言って、サービスに乗り換えることもできなかった。そうできたら、どんなにいいであろうと思ったけれど――。
 形にならない台詞が、真珠の涙となって零れ落ちた。
「あ……。ごめん――ビリー。君を泣かすつもりではなかったんだ」
「わかってる。悪いのは――僕だ」
 ビリーは溜まっていた涙を拭った。サービスはハンカチを差し出した。
 綺麗に折り目のついたハンカチ。
「ありがとう」
 サービスと付き合えたら、幸せだろうと思う。
 けれど、それを許さない何かがあった。
(マジック――どうしてあなたの顔を思い出すのかしら)
 ランハの仇。最悪の男。あの男と付き合うくらいなら、世界一の醜男と付き合った方がマシなくらいの――
 そして、今、醜男どころか、類い稀な美少年のサービスに告白されたのに――思うのはマジックのこと。
(そうか。サービスは、マジックの弟なんだわ)
 どんなに美しくても、マジックの同類。
 だから、『好き』と言われても、彼に対して心が動かない。
(そう――そうなんだわ)
 だが、そう思ってみても、心は偽れない。
 自分は、マジックをどんなに好きだったことか。
 でも、この想いは一生隠し通していかなくてはいけない。
「サービス――私、あなたとは付き合えない」
 今の自分には、サービスの真っ直ぐさが、ただただ眩しいだけ。
 たとえサービスを好きになれたとしても――。
 彼が他の誰かと付き合うのなら、それは祝福しなくてはならない。
 自分は罪深いのだから。
(ジャンも――サービスを好きだと言っていたっけ)
 その気持ちは、ビリーにもよくわかる。
 サービスの純粋さ、優しさは、好意を持つに値する。
 サービスには、ジャンの方が似合う。
「サービス……僕は、君とはいい友達でいたいんだ」
「友達か……」
 サービスは、少し落胆した口調で言った。だが、
「わかった。――訊きたいことがあるんだけど」
「何?」
「君は、今でもマジック兄さんが好きかい?」
 マジックが好き――。
 前は好きだった。じゃあ、今も?
 それを訊かれると、
「わからない。だいたい、僕は彼を殺そうとしたことがあったんだよ。ランハの為に」
 しかし、それも亡き兄の為と言う大義名分を掲げたひねくれた愛情表現ではなかったろうか。
 そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
 マジックを嫌いだと、はっきり言えない。本人には、『嫌い』と言うことができても。
 あの男を、心の底から欲するときもある。抱かれたい、と思うときも。
(何も――何も知らなければ良かった)
 レイチェルに憧れたこともあった。でも、いざ自分がレイチェルだと知らされると――レイチェル・リタ・ワーウィックであると言うことは、どんなに恐ろしくて、辛いことか。
 想像をして楽しむことと、それが現実になる、と言うことがどんなに違うか、わかった気がした。
 ビリーは鼻を啜った。
「ハンカチ、後で洗って返すね」
「いいよ。そんなこと。それより、僕も一応は君の圏内に入っているかい?」
「君は、いい人だと思っているよ」
「いい人、か。まぁ、構わないさ。僕は、もっといい男になって、君を振り向かせてみせるから。さてと、僕は行こうと思うんだけれど、君はどうする?」
「泣き顔なんて見せたくないから――後で行くよ」
「じゃあ、落ち付くまで待ってる」
 サービスは、ビリーに対してちょっとぎこちない微笑みを向けた。
(私を元気づけようとしてくれているんだ……ほんとにいい人。マジックの弟には勿体ないぐらい)
 彼の顔を見ながら、ビリーは思った。

「総帥……」
 マジックが執務室を出たときであった。
 ルネが突然現れた。
「やぁ、ルネくん。驚かさないでくれ」
「総帥と話がしたくて」
「なんだい?」
「僕、今日サービス様に本気で告白しました。ふられましたけど」
「そうかい」
「サービス様は、やはりビリーが好きなんですよ」
「そうかい」
 マジックは、『そうかい』としか言えなくなってしまったようだ。
「サービス様……ビリーはサービス様を好きになるでしょうね。僕がビリーだったら、やはりそうなるでしょうから」
「そうかい。ビリーはサービスが……」
「僕……僕、一目見たときから、サービス様が好きだったのに……でも、それだけだったら、諦めもつきます。でも、ビリーは……ビリーは男なんですよ。サービス様は女性の方が好きだと思っていたのに……こんなのって、ないですよ」
 ルネは泣いていた。
「ルネくん! こんなところで泣かないでくれたまえ!」
 喝を入れるつもりで、マジックは怒鳴った。
「でも……涙が止まりません」
 ルネの頬には、涙の筋が流れていた。マジックはいらついた。
「来たまえ! ルネ!」
 そう言って大股で歩き出す。小さいルネは、ちょこちょことついてきた。

マジック総帥の恋人 24
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