マジック総帥の恋人
明かりを取ろうと思えば窓の重いカーテンを開ければいいのであるが、今は何となくそんなことはしたくない気分であった。 その暗い部屋でマジックは考え事をしていた。 (ビリーが学校を辞めようと願い出れば、私のところにも連絡が来たはずだ――しかし、もし私だったら何泊かの外泊届を出してそのまま姿を消していたに違いない) そうしたら、ガンマ団も総力をあげて、彼女のことを探すのに努めるのだけれど……。 黒豹団と言う存在だけでも厄介なのに、これ以上厄介事が増えるとなると――。 ビリーが士官学校から逃げ出さなくて本当に良かったと、マジックは思った。 コンコン。 ドアにノックの音がした。 「来たか……入れ」 「士官候補生、ジャン、入ります」 「同じく、サービス」 「同じく、高松」 ジャン、サービス、高松の三人は部屋に入ってくると横一列に並んで敬礼をした。 「ふ……なんか妙な気分だな……楽にしてよろしい」 マジックが言うと三人は敬礼を解いた。だが、姿勢は直立不動のままだ。 「もう少しリラックスしてもいい。実は、おまえ達を呼んだのにはわけがある……ビリー・ピルグリムを知っているな」 「はっ!」 三人は同時に答えた。 「おまえ達のクラスメートなのだから知ってて当たり前だな……さて、このビリーのことだが、彼の警護をおまえ達に頼みたい」 「それは、何故でありますか?」 ジャンが、思わず、と言った形で尋ねた。 「黒豹団が彼を狙っている――彼をそいつらから護って欲しい」 「了解しました」 高松は、(マジック総帥はビリーが女だと言うことが私達も知っていることは知っているのでしょうかねぇ……)と思った。 彼女が男装の麗人であることはマジックも知っている。 高松達も知っているし他の何人かも薄々勘付いているらしい。 彼らも馬鹿ではない。そんなことはおくびにも出さないが。 そんなことより、黒豹団がまだいたのが驚きであった。 その事実を士官候補生とは言え一介の学生達に喋るとは。 よっぽど困っているのか、それとも自分達を試しているのか。 それとも―― (よっぽど私達に信用を置いているのでしょうかねぇ) 高松は腹の中で笑った。 マジック総帥より、そのすぐ下の弟、ルーザーを敬慕している自分、どうやら訳ありのようなジャン、そして、無表情の美しい顔を見せているマジックの末弟――みんな一癖ありそうな人物ではないか。 「黒豹団は今、李道成と言う男が仕切っている。私の――知り合いが齎した情報だ」 知り合いが、と言うとき、マジックは一瞬躊躇いを見せた。 (知り合いね……子飼いのスパイでしょうか……) 高松の推測は間違っていた。だが、彼でも間違うことはある。 「その黒豹団からビリーを護って欲しい、との命でしょうか?」 ジャンが更に訊いた。 「いや。それだけではない。学校にもスパイがいないかどうか――それも探って欲しい。まぁ、その辺は我々も気を付けてはいるが……これは一応の対策だ」 「わかりました」 「サービスだけ、ここに残れ。二人は帰っていい」 「はっ」 敬礼して、ジャンと高松は出て行った。 「サービス――ビリーには手を出すなよ」 マジックの両眼の色が濃くなった。 「何のことでしょう」 「空っとぼけるな。おまえがビリーに惚れているとの評判は耳に届いているんだぞ」 「噂でしょう」 「――まぁいい。おまえは惚れられるばかりかと思っていたが、どうやら他人に惚れることもあるようだな」 「僕だって恋ぐらいします。木石ではありませんから。まぁ、尤も――」 一瞬言葉を止めてそれから続けた。 「その相手がビリーだとは限りませんが」 「ふーむ……まぁいい。行け」 「はい――失礼しました」 サービスも敬礼の後、重い扉を開けて室を後にした。 (弟に悋気か? 私は) マジックはくすっと己に微苦笑した。 (――らしくないな) マジックは部屋を出るべく立ち上がった。 「あー、緊張した。ああいう空間はどうも苦手だな」 伸びをしながら、ジャンは正直な感想を述べた。 「あなたは気楽でいいですね。何にも考えてなさそうで」 「なんだとぉ!」 ジャンが高々と拳骨を振り回して高松に近寄る。高松も「あーれー」としなを作りながら笑う。 「ジャン」 いつの間にかしなやかな体といい匂いとを持つ少年が、すっとジャン達の隣に並んだ。 「ああ。サービス。総帥何て言ってた?」 「――別に。兄弟間のことだよ」 サービスは答えながら、(マジック兄さんは、ビリーが女性だと言うことを知っているんだろうか)との疑問を胸に抱いた。 ビリーが女性でなかったら、僕もあの娘に恋なんてしなかった。 僕は女の子が好きなんだからな。 そう宣言して、これまでに言い寄ってきた数々の男をふってきた。彼らは今、ハンカチ噛みしめて嫉妬の涙にくれているだろう。 だが、前途多難だな。――マジック兄さんまで恋敵となると。 ビリーにもファンは多い。そいつらには負けなくとも、マジック相手となると少し自信がない。 マジック兄として、上司として、心の底から尊敬している。小さい頃から。 自分は、その兄からビリーを横取りしようとしている。サービスの背筋にぞわっとしたものが走った。 (僕は、マジック兄さんの恋敵だ) そう思うことには一種の興奮を覚える。一瞬武者震いもした。 「ん? どうした? サービス」 ジャンが笑っている。この笑顔にどれほど慰められたか。青い空を思わすような爽やかな笑顔だ。 (こいつが女だったら、付き合ってたかもしれないな) ジャンにときめきを感じたこともある。 (でも、僕はやっぱり女性が――ビリーが好きだ) 「ん。何でもない」 自分が微かに頬を染めたことを、サービスは意識していない。 「あ、そ」 ジャンもそれ以上追及しなかった。 数日後―― ひっく、ひっく、と草むらでしゃくりあげながら泣いている栗色の髪の少年がいる。士官学校の近くである。 「君……何を泣いているんだね?」 マジックは少年に声をかけずにはいられなかった。 「あ……マジック総帥」 ゴシゴシと少年は涙を拭う。 (この子は確か……) 「君は、ルネくんだね?」 「は、はい。覚えていてくださったんですか?」 「ああ。サービスの友達だったね。いつも不肖の弟の相手をしてくれてありがとう」 「サービス様は、不肖の弟なんかではありません」 ルネはムッとした表情だった。 「ああ、そうか。すまん。ハーレムに比べれば、出来た弟だよ」 「ハーレム様なんかと比べなくとも、です」 ルネは、さも心外だと言わんばかりの態度になった。マジックは微笑を浮かべた。 「で、泣いていた訳は?」 「あ……サービス様、好きな人がいるんですよ」 なんだ、そんなことか。 「呆れた奴だ。こんな可愛い子を泣かせて」 「僕、可愛くないですよ。サービス様の目に留まらないんですから」 「そんなことはないよ」 「いいえ……サービス様は、ビリーのことが好きなんです……」 「そんなことはない!」 マジックは、つい叱責するような声で怒鳴った。ルネがびくっとなった。 「おお。びっくりさせてごめん。君は、本人に確認したことがあるのかね?」 「ない、ですけど……ビリーはいつもサービス様達と一緒にいるんですよ」 「それは私が頼んだことだ」 「そう……なんですか?」 「ああ。ビリーはちょっと訳ありでね」 「そう言えば……」 ルネは爪を噛みながら考えに沈んだ。 「それよりも、君は、自分の恋をサービスに伝えたことがあるかね?」 「え? 正式にはまだですが……」 「いかんな。自分の気持ちは言わなければわからない」 尤も、私も自分の気持ちを相手に言っても彼女にはけんもほろろにふられたがね――だが、マジックはそのことを言わなかった。 「そうですか」 「ああ、まずは行動しなければ」 思いもかけず、弟の同級生に発破をかける形になった。 「わかりました。ありがとうございます」 涙に濡れた頬のままルネはお辞儀をした。 「ああ。がんばりたまえ」 マジックは学校に走って行くルネの姿を見守っていた。 マジック総帥の恋人 23 BACK/HOME |