マジック総帥の恋人
21
「こ、これは……!」
 それは、ビリー・ピルグリム――否、エレーヌ・ライラ・深崎でレイチェル・リタ・ワーウィックであるところの、『彼女』の詳細なデータだった。
「なっ……これをどこから」
「俺にも独自の連絡網があるからねぇ」
「このデータは?」
「スパイぐらい、ガンマ団にも潜んでいるだろう」
 確かにそうだ。情報操作の為に、大したことのない者は泳がせている。
 マジックは、脳内でデータをざっと確かめてみる。
「一人で調べたのじゃないな?」
 マジックの言葉に、ジョンが頷く。
「塵も積もれば山となるって、言うじゃないか。この情報を集めた奴も、切れっぱしから、推理も交えて真実に近づいたと見える」
「知らずに、スパイの片棒を担いでいたという可能性も、あるってわけか」
「そうそう」
 ジョンは、またピュー♪と口笛を吹いた。
「黒豹団は、今は、李道成という日系中国人が牛耳っている。奴らはビリーとやらを狙っているから気をつけていた方がいいぜ。彼女にボディガードをつけるとか」
「あ、ああ、その仕事は別の者に」
「そうかい。俺がやったっていいぜ」
「――もっと信頼できる人物に任せる」
「しかし、なんか変だな。ガンマ団では士官学校にも女性を入れることそのものが異例なのに、その上いろいろ便宜を図っているそうじゃないか」
「女と知ってたら、入学させなかったさ」
「嘘だね。それに気付かないマジックさんでもないだろうに。第一、検査ですぐバレるって……まさか、保険医もグルだったとか? もしかして、そこまでビリーに入れあげる理由……ちょっと待てよ。マジックだって男なんだからな。あり得ないことではない……」
 後半はぶつぶつと言う呟きになった。
「何が言いたい」
「マジック! おまえはあの子に惚れてるな?!」
「おまえに隠しても仕様がないか……ああ、確かに」
「じゃあ、話は簡単だ。アンタがビリーの身を守ればいい。側近とかなんかにしちゃって、目を離さずにさぁ」
「そう簡単にはいかない――彼女は私のことを嫌っている」
「えらく弱気だな。マジックともあろうものが……」
「好きになればなるほど、不安になるんだ。こんな気持ちは初めてだ」
「ははーん」
 ジョンはマジックを指差した。
「かなり重症だな」
「――自分でもそう思うよ」
「他にも悩みがあったら聞くぜ。ほら、俺達、『心友』だろう?」
 ジョンが、『心友』という見えないブロックを抱えるような仕草をする。
「――私はおまえを心友だと思ったことはないが、データの返礼だ。話そう」
 マジックは、今までの経緯を話した。
 ランハを殺したこと、ランハの妹、レイチェルに心を奪われたこと、記憶がないことをいいことに知り合いの店に預けたこと、一度は婚約したこと、その彼女が、今、ビリー・ピルグリムと言う変名を使って士官学校にいること、彼女に殺されかけたこと、マジックが正体を見抜いていると知って相手はビリーと言う仮面を捨てたことなど――。
 ジョンは相槌を打ちながら、マジックの話が一段落つくのを待った。
「あの娘にとって、私は、兄を殺した男なんだよ」
「ふぅん。でも、どうしてガンマ団の学校になんぞ潜り込んだのかなぁ」
「決まってるだろう――私を殺す為だ」
「でもさ、チャンスがそうそう巡ってくるとは限らないのにわざわざそんなところに入るかなぁ。方法は他にもいくらだってありそうなもんなのになぁ……」
「それは……私に近付く為だろう」
「やっぱり……まだビリーはアンタのことを想っているのかもしれないぜ。一度は婚約まで行ったんだし」
 そう言えば――
 彼女は私を見ていた。
 敵意の目で。憎悪の目で。
 私を見ていた。私だけを――。
「好きでもない男と、婚約はしないだろ? 女はそんな生き物だとレダは言っていた。前は、アンタのことは心憎からず思っていたと思うぜ。まぁ、今はランハの敵として見られてるけれど、アンタ、前より彼女に心傾くようになったんじゃないか?」
「ああ。前より、ずっといい女になっていた」
「だろう? アンタの心の化学反応が、彼女に影響を及ぼさないとも限らないじゃないか。男と女のことは理屈じゃないからな」
「ジョン……」
 マジックは立ち上がってジョンの肩を叩いた。
「ありがとう。おまえは今だけは心友だ」
「今だけかよ……」
 ジョンは苦笑した。
(マジック……俺には見えるんだぜ。運命の糸がおまえとビリーを結びつけようとしているところを。もし結ばれなくても、俺の予想が外れた、というだけのことだ。どうってことはない)
「それにしても――」
「なんだ?」
「アンタがホモだって噂は嘘だったんだな」
 マジックはジョンの頭を思いっきり殴った。
「わかった。男装の麗人が好みなんだろ?」
 ジョンはまた殴られた。
「ま、冗談はともかく、がんばれよ、心友」
 ジョンが言った。
「ああ」
 答えてからマジックは、はっと気付いた。
「人をのせるんじゃない! 私はおまえの心友ではないと言ってるだろう!」
「はいはい。――ところで、いつまでもこんなところにいていいのか? 俺がビリーなら、今頃いたたまれなくなって学校を辞めようとするだろうよ」
「そんな繊細なたまか? 貴様が」
「俺はいつだって繊細ですよぅ」
「しかし、確かに考えられんこともないな」
 黒豹団もビリーが目当てだ。
 今、学校を出て行かれたら、ことだ。
「行ってくる!」
「行ってらっしゃい」
 マジックは、総帥の威厳もそこそこに黒鳥館へと向かった。

 案に相違してビリーはさっぱりした顔で部屋へ出迎えてくれた。
「辞めなかったのか……」
「何が?」
「君はここを辞めるかも知れないと思っていたんだ」
 マジックは、高松の暗躍を知らない。
「辞めて欲しかったわけ?」
 そうよねぇ――自分の命を狙っている女が、学校内でうろうろしてたんじゃ、気の休まる暇もないもんねぇ――と、内心ビリーは思った。
「違う。その反対だ。辞めていたら、どうしようかと思った」
「え――?」
 二人はお互いに見つめ合った。
「好きだ」
 マジックの口からは、そんな言葉が滑り落ちた。
「またそんなことを――誰にでも言ってるんでしょ」
「本気だと言ってるのがわからないのか?!」
「はいはい。あなた、ちょっと可愛い子がいると、すぐに口説くんじゃない? 私もあなたにとってその一人なんでしょうね。ちょっと毛色が違うというだけの……」
 皆まで言わせず、マジックはビリーの頬を平手打ちした。
「何故信じてくれない!」
「信じてくれるようなこと、した?!」
「婚約したじゃないか! 私達は!」
「あれはもう反古よ。兄の敵と結婚するわけにはいかないわ!」
 それに、それに――
「アンタは、私を長年騙してた。オーナーとグルになって」
「深崎に罪はない。私が頼んだことだ」
「……そう」
 ビリーは、少しほっとしたようだった。
「でも、すぐに暴力に訴える男は嫌いよ!」
「君が好きなんだ! 他にどうしてよいのかわからなかった」
「言い訳する男も嫌い。出てって」
 ビリーの目には、軽侮の色が浮かんでいた。
 そうじゃないんだ。マジックは苦悩のうちに考えた。
 君に軽蔑されるぐらいなら、憎まれた方がまだしもだ。
 恋する男の、何と哀れなことか。
(私は――これまで自分がこんなに弱いとは思わなかった……)
「はは、ははははははは」
 閉じられた扉に背を凭せ掛け、マジックは哄笑した。
 両眼が、青く鋭く光っている。
 確かに今の己はビリーに弱い。だが、己には力がある。
 今度は逃がさないからな、ビリー……いや、レイチェル・リタ・ワーウィック。

マジック総帥の恋人 22
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