マジック総帥の恋人
ビリーは、荷物をまとめているところだった。 「何やってるんですか? ビリー」 「ここを出てくのよ」 「なんですって?」 高松は目を丸くした。 「どうしてです? 一体全体、何があったのです?」 「――馬鹿にしているわ」 「私は馬鹿にしてませんよ」 「独り言よ。あの男――マジックは全て知っていたのよ。私の正体もね」 「それで、出て行くんですか?」 「そうよ」 「あなた、マジック総帥に、復讐するんじゃなかったのですか?」 「ええ、そうよ。でも、こんな屈辱、耐えられない。私はマジックに嬲りものにされていたのよ。昔から、ずっと――」 ビリーは乱暴に衣服を詰めた。 「だから、ここを辞めるの。復讐の機会はいつでもあるわ」 「――あなたがそんなつまらない女だったとは思わなかったですよ。あなたは逃げるのですね」 「逃げるって? ――人聞きの悪い」 ビリーは手を止めた。 「だったら――ここにいなさい。ちっぽけなプライドなんか捨てて」 「――高松には、私の気持ちなんてわからないわよ。ちょっとそこどきなさい」 高松は、ビリーの目の前に立ちはだかっていたのだ。 「嫌です」 そして、高松は小型銃をビリーの目の前に突きつけた。 「これ以上近付いたら――撃ちますよ」 「――何のつもり?」 「あなたがここを辞めるつもりなら、総帥の代わりに私が死なせてあげます」 「冗談じゃないわよ、全く」 ビリーは、高松に背を向けて、作業の続きをしようとした。 「動かないでください!」 高松の制止に、ビリーの動きが止まった。 先程、銃を人に向けたビリーが、今度は銃を向けられている。何という運命の皮肉か。 「なんでアンタが私を殺すのよ」 「マジック総帥の手に渡すのはしのびないのでね……友達として、ご忠告差し上げているのですよ。あなたはここを辞めてはいけません」 「とんだ友達ね」 ビリーは平静を装う。しかし、生唾を飲み込んだところを、高松は見逃さなかった。 「総帥は全てを知っていた。――その上で、あなたをここに入学させたのには、わけがあるはずです」 「そう言えば、初恋だったの、なんだのと、ぬかしていたわ」 「これは――いい機会だと思いませんか?」 高松が悪党の顔をする。 「復讐にもいろいろあります。たとえば――色気で参らせるとか」 「そうねぇ……」 ビリーも、考えを変えようとしているようだ。 「あくまで、マジック総帥に効くかどうかはわかりませんが」 「効くかもしれないけれど――私、あの人嫌いなの」 「そこを上手くコントロールするのが、一流の間者ですよ」 「色気で迫って、どこが一流の間者よ」 「手段の一つですよ。マジック総帥は、まだあなたのことを思っています」 「私のことを――?」 「ええ。あなたを助けたところを見るとね」 「な……高松、あなた、どこまで話を聞いているの?」 「総帥があなたを連れて、逃げるところ――それから、言い訳したことです。あなたはマジックにかばわれたのですよ。悔しくはありませんか? このままでいいんですか?」 「よくないわよ。私は、ここを去るの」 「ここでだって、チャンスはいくらでもあります。というか、ここでしかできないことだってあります。マジックに背いてここを出て行ったら――今度こそ確実に殺されますよ」 「…………」 「命あっての物種です。サポートは、私達がいくらでもしますから」 「…………」 「さぁ、馬鹿な考えは捨てて、忍従しなさい」 高松はビリーの肩に手を置き、耳元で囁いた。 「言うこと聞かないと、これですよ」 高松が銃口をビリーに向けた。 「――わかったわよ。取り敢えず、アンタは外に出て行きなさい」 「外で見張ってていいですか?」 「好きにしたら?」 高松は、パタンと扉を後ろ手で閉めた。 (こんな玩具でも、たまには役に立ちますねぇ……) 小型銃をそっと撫でた。 (ま、マジック総帥はあんななりたての女殺し屋に負けるような方じゃありませんね。それに、やはり正体は見抜いてらっしゃったのですね……。ビリー、思いっきり引っかき回しなさい。私もあの男は――苦手です) それにしても、ビリーが自分の恋心にどうなるでしょうかね――高松は、心の中でこっそり呟いた。 いつ、憎しみが愛に変わるか、知れたものじゃないのだから――。 高松は、ビリーの味方になろうと思った。サービスの為にも。 それに――あの女性がマジックを変えてくれるかも知れない。 少年は、そこに期待をかけていた。 ルーザーを尊崇しているのは勿論だが、マジックにだって、世話になっていることだし。 (マジック総帥……あのお方が唯一認めてらっしゃる方。私にはここまでしかできませんが、確かにビリー、いや、エレーヌを、手元にお止めしましたよ) 高松は引き金をひいた。中からびよんと、ばねのついた赤い弾丸が飛び出した。 「お父さん……」 ビリーが花束を持って、グレッグの墓前にやってきた。 花束をそっと、石墓の碑文のところに置く。 (お父さん……私は……まだあの学校でがんばってみます) いつか、ランハと父グレッグの敵をうつ好機が、また巡ってくるかもしれない。 「お父さん……大好きです。ランハのことも――大好きでした。今は記憶が蘇ったから……家族への愛も取り戻しました。ランハには、生きていて欲しかったです」 風が梢に鳴いた。 (オマエノ成スベキコトヲ成セ――) どこからか声がした。グレッグの声か――それにしては、低くて荘厳な声だった。 「はい……」 ビリーは無意識に声を出していた。 マジックは、嫌な顔をしていた。 執務室に、見覚えのある顔がいたからである。 それは、ジョン・フォレストであった。 「おっ。そんな苦虫を噛み潰したような顔をして。友達にあったんだから、もっと愛想良くしなよ。マジック」 「誰が友達だ。認めた覚えはない」 ジョンは押し掛け友人である。 尤も、友人だと言っているのはジョンだけで、マジックは、ミツヤの件以来、友人を作ろうと思ったことはない。 今日もべらべら、今日はいい天気だ、から始まって、愛犬レーマの状態、友人の女の子、レダのことなどを話すと、 「はい。これ」 やっと本題に入った。 「何だ? これは」 「黒豹団のデータ」 「今更か」 「まぁ、見ておきなって」 ジョンは口笛を吹き始めた。 「これは……!」 マジックは目を瞠った。 マジック総帥の恋人 21 BACK/HOME |