マジック総帥の恋人
19
 ガァンッ! ビシッ! ガァンッ! ビシッ!
 ビリーの撃った弾が、次々に的を貫通していく。
「なかなか上達したじゃないか」
 サービスがそう評す。
「そんなことないよ。最初のはかすっただけだった」
 ビリーははにかみながら答えた。
「でも、ジャンに比べれば遥かにマシだよ」
「サービス……なんでそこで俺を引き合いに出すんだよ」
「なんとなくさ」
 サービスとジャンが笑ったので、ビリーも笑顔になった。
「しかしまぁ、可愛い顔だよな」
 ジャンが言った。
「え? 僕のこと?」
「そうさ。俺、サービスがいなかったら、アンタに惚れてたかもな」
「ジャン」
 サービスが低い声で凄む。
「いや、冗談だよ、冗談。あはははは」
 ビリーは、(サービスはジャンの気持ちをわかってるのかな?)と思った。
『魂の恋人』の話は、ビリーしか知らないだろう。そんなことをふれまわるジャンとも思えない。もし仮にサービスの耳に入ったとしても、彼は本気にしないだろう。
 ジャンは、哀しいピエロだ。おどけた顔で、本心を隠すことしかできない。
「あ、兄さん!」
 サービスが嬉しそうな声を出す。
 兄さん……?
(マジック?!)
 ビリーはサービスの視線の方向に顔を向けた。
 果たして、それはマジックだった。側近らしき男を二人連れている。どちらも美形だ。
 マジックが、男も女も相手にする、という噂を聞いたとき、ビリーは、
「そんなこともあるかもね」
と言いながら、内心穏やかではなかった。
 性の嗜好は人それぞれだと言う考えだし、いろいろな情報も聞いて、そういう世界があるのも知ってはいたのだが。
『大和撫子』のオーナー、深崎修は、冗談交じりに口説きながらも、決してある一線は踏み越えなかった。それに、客にも、そういう相手としては扱わせないように注意していた。
 とにかく、エレーヌでもあったビリーは、ちやほやされるお嬢様だったのである。
 マジックも、それは重々承知していた。
 ――マジック!
 気が付くと、ビリーはマジックの方に銃を向けた。
「おい……冗談やめろよ、ビリー」
 ジャンの声も届かない。
 側近達も気色ばんで銃を構える。マジックは片手を上げて彼らを制した。
 マジックがずんずんとビリーの方に歩み寄る。
「ビリー。どうしたんだ」
 ジャンが揺さぶる。
「触らないで!」
 ビリーが叫ぶと、ジャンは電気に触れたように、ビリーの肩から手を離した。
「ビリーくん、その銃で何が言いたいのかな? 君の台詞は、私に対して弾丸を撃つことかい?」
 マジックは余裕綽々の態度でビリーに向かった。何でも受け止めるように、両腕を広げて。
 ビリーは、ターゲットに銃をぴたりと向けたまま言った。
「ランハを……ランハを返して」
 震える唇が言葉を紡ぐ。しかし、構えた腕は微動だにしない。
 男だったら、いい兵士に育っただろう、とマジックは思った。
 いや、このガンマ団が女人禁制なだけで、女性の兵士など、いくらでもいる。
 その中でも、この女の子だけは敵に回したくなかったな、とマジックは考える。
「私が死んだら、ランハは帰って来るのかい?」
「少なくとも、仇は討てる。あなたが死んだら、僕も後を追う」
「後を追う、とは?」
「あなたを殺した後、僕も自殺する」
「そして、あの世で亡き兄と再会する、か。美しいが、無意味な物語だ」
 兄――?
 ビリーは、ランハを兄とは言わなかった。
 それなのに、何故、この男は――。
 もしかして、全部知っていた?
 その上で、マジックの掌の上で踊らされていたというのか!
「マジック! アンタだけは許さない!」
 それは、図星を突かれた怒りであったかもしれない。
 怒りの炎がビリーを包む。
 マジックだけでなく、その場にいた全ての者達が、彼、いや、彼女を美しいと思った。
(この女だ……私の愛したのは、この女だ!)
 エレーヌだった頃の彼女は、半分でさえも彼女自身ではなかったのだ。
 マジックはランハに嫉妬した。
 兄とは言え、こんなにビリーに想われているあの男が。
 ビリー本人にも嫉妬した。
 こんなに人を想うことのできる、美しくも哀しい彼女が。
 だから、マジックは彼女を助け、深崎に引き取らせたのだ。
 遠くから彼女の成長を見守り、いつの日か、自分の物にする為に。
 だが、今わかった。自分には彼女に恨まれることしかできない。
 それでも、いつか――いつの日か――。

 ウーウーウーウー

 間延びした音が鳴った。
「な、何?」
「緊急事態発生のコールだ。誰か鳴らしたな」
 マジックが言うと、ビリーの手を蹴り飛ばした。銃がビリーの手から離れる。
「おいで!」
 男は、凶器を失ったビリーの腕を掴んで、走り出した。
「いやっ、離して!」
「不平があるなら後から聞いてやる! 今は私に従え!」
 マジックは、裏通りへと続く階段をカンカンと駆け下りていった。
 ビリーも何も言うことができずにマジックに引きずられて行った。
 総帥が殺し屋と逃げたとあって射撃場はパニックに陥った。
「待ってください! 総帥!」
「総帥ー!!」
「ちょっとの間、ここにいろ!」
 ビリーを物陰に隠して、マジックが教官と思しき人物の前に姿を現した。
「マジック総帥!」
 男は成海教官だった。教官が言った。
「何があったんですか?!」
「なんでもない。どこかのおっちょこちょいが鳴らしたものらしい。私は平気だから大丈夫だ。すぐにあの耳障りな音を止めてくれ」
「はっ!」
 しばらくするとコールが鳴りやんだ。
「ふぅ……」
 マジックが額を拭った。
「マジック……どうして僕を助けた」
「君を殺すのは簡単だった。だが、そうするには惜しい人間だったのだよ、君は」
「恩を着せるつもりか」
「そんな趣味はない」
 マジックは緊張を解くつもりだったが、ビリーの顔は依然厳しいままだ。
「僕は……ランハを返して欲しいだけだ。決して、縁者でない」
「ああ、そうかい」
 マジックの気のない返事に、ビリーはムッとした。
「ランハのことを、あなたは亡き兄と言っていましたね。僕に向かって。僕は、ランハの親戚じゃない」
「あまり喋るな。語るに落ちるぞ」
「…………」
 ビリーは黙ってマジックの隣に座った。
「ストロベリー(側近の名)達も、私達を探している。手、大丈夫だったかい?」
「いつから気がついていた?」
「何を?」
「僕が……いや、私が、ランハの妹だってことを」
「そうなのかい? 君は女の子なのかい。声も少年みたいだし、男言葉も板についてきたし、特に気がつかなかったけどなぁ」
「とぼけないで! あなたは冗談ではくらかそうとする! それが、私にはどんなに辛かったか……」
「じゃあ、真面目に言おう――初めからだよ。君を見間違う程、私は目は曇っていないはずだよ」
「それでいて、ガンマ団に入団させた……」
「ああ。君は優秀だったからね」
「――このインチキ総帥」
「御挨拶だね」
「ったく……」
 ビリーがのろのろと立ち上がる。
「私は、君のことが好きなんだ」
 マジックが唐突に言った。
「はいはい、そうですか」
「初恋なんだよ……」
「そんな手に乗るもんですか」
「本気だ。……グレッグには悪いことをした」
「それって……」
「そう。君のお父さんだ。私がランハを殺さなかったら、廃人になったりはしなかったろうに」
「じゃあ、いつかあなたを殺してあげるわ。責任を取る、と言うなら、大人しく私に殺されなさい」
「残念ながら、そういう訳にはいかないね。私にもやることがいろいろあるからな。――いや、殺されるのも悪くないか。殺すことは散々やってきたからね。でも、少しは殺される方の身にも、なってみたい、かな」
「――酔狂な。いつか地獄に堕ちるわよ」
「ははは、その日が楽しみだ」
 ビリーは笑っているマジックに呆れたような一瞥をくれると、ふい、と行ってしまった。

マジック総帥の恋人 20
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