マジック総帥の恋人
ビリーの撃った弾が、次々に的を貫通していく。 「なかなか上達したじゃないか」 サービスがそう評す。 「そんなことないよ。最初のはかすっただけだった」 ビリーははにかみながら答えた。 「でも、ジャンに比べれば遥かにマシだよ」 「サービス……なんでそこで俺を引き合いに出すんだよ」 「なんとなくさ」 サービスとジャンが笑ったので、ビリーも笑顔になった。 「しかしまぁ、可愛い顔だよな」 ジャンが言った。 「え? 僕のこと?」 「そうさ。俺、サービスがいなかったら、アンタに惚れてたかもな」 「ジャン」 サービスが低い声で凄む。 「いや、冗談だよ、冗談。あはははは」 ビリーは、(サービスはジャンの気持ちをわかってるのかな?)と思った。 『魂の恋人』の話は、ビリーしか知らないだろう。そんなことをふれまわるジャンとも思えない。もし仮にサービスの耳に入ったとしても、彼は本気にしないだろう。 ジャンは、哀しいピエロだ。おどけた顔で、本心を隠すことしかできない。 「あ、兄さん!」 サービスが嬉しそうな声を出す。 兄さん……? (マジック?!) ビリーはサービスの視線の方向に顔を向けた。 果たして、それはマジックだった。側近らしき男を二人連れている。どちらも美形だ。 マジックが、男も女も相手にする、という噂を聞いたとき、ビリーは、 「そんなこともあるかもね」 と言いながら、内心穏やかではなかった。 性の嗜好は人それぞれだと言う考えだし、いろいろな情報も聞いて、そういう世界があるのも知ってはいたのだが。 『大和撫子』のオーナー、深崎修は、冗談交じりに口説きながらも、決してある一線は踏み越えなかった。それに、客にも、そういう相手としては扱わせないように注意していた。 とにかく、エレーヌでもあったビリーは、ちやほやされるお嬢様だったのである。 マジックも、それは重々承知していた。 ――マジック! 気が付くと、ビリーはマジックの方に銃を向けた。 「おい……冗談やめろよ、ビリー」 ジャンの声も届かない。 側近達も気色ばんで銃を構える。マジックは片手を上げて彼らを制した。 マジックがずんずんとビリーの方に歩み寄る。 「ビリー。どうしたんだ」 ジャンが揺さぶる。 「触らないで!」 ビリーが叫ぶと、ジャンは電気に触れたように、ビリーの肩から手を離した。 「ビリーくん、その銃で何が言いたいのかな? 君の台詞は、私に対して弾丸を撃つことかい?」 マジックは余裕綽々の態度でビリーに向かった。何でも受け止めるように、両腕を広げて。 ビリーは、ターゲットに銃をぴたりと向けたまま言った。 「ランハを……ランハを返して」 震える唇が言葉を紡ぐ。しかし、構えた腕は微動だにしない。 男だったら、いい兵士に育っただろう、とマジックは思った。 いや、このガンマ団が女人禁制なだけで、女性の兵士など、いくらでもいる。 その中でも、この女の子だけは敵に回したくなかったな、とマジックは考える。 「私が死んだら、ランハは帰って来るのかい?」 「少なくとも、仇は討てる。あなたが死んだら、僕も後を追う」 「後を追う、とは?」 「あなたを殺した後、僕も自殺する」 「そして、あの世で亡き兄と再会する、か。美しいが、無意味な物語だ」 兄――? ビリーは、ランハを兄とは言わなかった。 それなのに、何故、この男は――。 もしかして、全部知っていた? その上で、マジックの掌の上で踊らされていたというのか! 「マジック! アンタだけは許さない!」 それは、図星を突かれた怒りであったかもしれない。 怒りの炎がビリーを包む。 マジックだけでなく、その場にいた全ての者達が、彼、いや、彼女を美しいと思った。 (この女だ……私の愛したのは、この女だ!) エレーヌだった頃の彼女は、半分でさえも彼女自身ではなかったのだ。 マジックはランハに嫉妬した。 兄とは言え、こんなにビリーに想われているあの男が。 ビリー本人にも嫉妬した。 こんなに人を想うことのできる、美しくも哀しい彼女が。 だから、マジックは彼女を助け、深崎に引き取らせたのだ。 遠くから彼女の成長を見守り、いつの日か、自分の物にする為に。 だが、今わかった。自分には彼女に恨まれることしかできない。 それでも、いつか――いつの日か――。 ウーウーウーウー 間延びした音が鳴った。 「な、何?」 「緊急事態発生のコールだ。誰か鳴らしたな」 マジックが言うと、ビリーの手を蹴り飛ばした。銃がビリーの手から離れる。 「おいで!」 男は、凶器を失ったビリーの腕を掴んで、走り出した。 「いやっ、離して!」 「不平があるなら後から聞いてやる! 今は私に従え!」 マジックは、裏通りへと続く階段をカンカンと駆け下りていった。 ビリーも何も言うことができずにマジックに引きずられて行った。 総帥が殺し屋と逃げたとあって射撃場はパニックに陥った。 「待ってください! 総帥!」 「総帥ー!!」 「ちょっとの間、ここにいろ!」 ビリーを物陰に隠して、マジックが教官と思しき人物の前に姿を現した。 「マジック総帥!」 男は成海教官だった。教官が言った。 「何があったんですか?!」 「なんでもない。どこかのおっちょこちょいが鳴らしたものらしい。私は平気だから大丈夫だ。すぐにあの耳障りな音を止めてくれ」 「はっ!」 しばらくするとコールが鳴りやんだ。 「ふぅ……」 マジックが額を拭った。 「マジック……どうして僕を助けた」 「君を殺すのは簡単だった。だが、そうするには惜しい人間だったのだよ、君は」 「恩を着せるつもりか」 「そんな趣味はない」 マジックは緊張を解くつもりだったが、ビリーの顔は依然厳しいままだ。 「僕は……ランハを返して欲しいだけだ。決して、縁者でない」 「ああ、そうかい」 マジックの気のない返事に、ビリーはムッとした。 「ランハのことを、あなたは亡き兄と言っていましたね。僕に向かって。僕は、ランハの親戚じゃない」 「あまり喋るな。語るに落ちるぞ」 「…………」 ビリーは黙ってマジックの隣に座った。 「ストロベリー(側近の名)達も、私達を探している。手、大丈夫だったかい?」 「いつから気がついていた?」 「何を?」 「僕が……いや、私が、ランハの妹だってことを」 「そうなのかい? 君は女の子なのかい。声も少年みたいだし、男言葉も板についてきたし、特に気がつかなかったけどなぁ」 「とぼけないで! あなたは冗談ではくらかそうとする! それが、私にはどんなに辛かったか……」 「じゃあ、真面目に言おう――初めからだよ。君を見間違う程、私は目は曇っていないはずだよ」 「それでいて、ガンマ団に入団させた……」 「ああ。君は優秀だったからね」 「――このインチキ総帥」 「御挨拶だね」 「ったく……」 ビリーがのろのろと立ち上がる。 「私は、君のことが好きなんだ」 マジックが唐突に言った。 「はいはい、そうですか」 「初恋なんだよ……」 「そんな手に乗るもんですか」 「本気だ。……グレッグには悪いことをした」 「それって……」 「そう。君のお父さんだ。私がランハを殺さなかったら、廃人になったりはしなかったろうに」 「じゃあ、いつかあなたを殺してあげるわ。責任を取る、と言うなら、大人しく私に殺されなさい」 「残念ながら、そういう訳にはいかないね。私にもやることがいろいろあるからな。――いや、殺されるのも悪くないか。殺すことは散々やってきたからね。でも、少しは殺される方の身にも、なってみたい、かな」 「――酔狂な。いつか地獄に堕ちるわよ」 「ははは、その日が楽しみだ」 ビリーは笑っているマジックに呆れたような一瞥をくれると、ふい、と行ってしまった。 マジック総帥の恋人 20 BACK/HOME |