マジック総帥の恋人
12
 今日の軍事演習は、重い荷物を担いで、長距離を走るというものであった。
 多くの者がへばっている中で、ビリーはけろりとしていた。
「なんだ。このぐらいでへばっちゃうなんて、なっさけないなぁ」
 そう口にしたビリーを、サービスは厳しい顔で見つめていた。
「すごいよなぁ、あの子。女の子なのに――」
 ジャンが感嘆した。サービスは、「え?」と聞き咎めた。
「あ、いや。女の子のようなのに、大したもんだなぁ、と」
「ふうん」
 サービスは、再び、ビリーの横顔に目を当てた。
「――気に入らないな、あいつ」
 サービスは、ぎりっと唇を噛みしめた。

 図書館にて――。
 ビリーは、データバンクで、目指す資料を探していた。だが、見つからない。
「――黒豹団……ここにはあれの情報はないのか……」
「黒豹団のリーダーというのは、ランハ・レッテンビューの裏の顔です」
 本棚の陰から、高松が顔を出した。
「盗み聞きしてたのか?」
「ちょっと耳に入っただけですよ。聞かれて都合の悪いことなら、言わない方がいいいですよ」
 ビリーは辺りを見回して、誰もいないことを確認すると、高松を呼んで、耳元で囁いた。
「黒豹団のことを知っているのか?」
「ええ。少しだけ。ランハが死んで、組織は瓦解したと言われています」
「そうか……」
「これ以上詳しいことは、私もわかりません」
 それで、この話題は終わりとなった。
「ビリーさん、部活は決まりましたか?」
「いや、まだだけど?」
「でしょうねぇ。あなたなら、引く手数多でしょう」
「まぁ、それはね……」
「かけもちという手もありますよ。サービスなんか、合唱部と射撃部をかけもってます」
 合唱部か……気持ちは動いたが、歌ったら、その声で正体がばれるかもしれない。
「高松は、どんなところに入っているんだい?」
「前は総合科学研究部にいましたが、ルーザー様の勧めで、園芸部に」
 ルーザーは、高松にとって、大切な存在であるらしい。一筋縄ではいかなさそうなこの少年を手なずけているのなら、ルーザーという男は、非凡な人間なのだろう。
「君の作った植物か……あまり食べたくないな。なんか変なのができそうで」
「――と、サービスも言ってましたよ。あ、そうだ。サービスとアンタって、似てるかもしれませんね」
「いやいや。僕はあんなに綺麗じゃないよ」
「顔が、ではありませんよ。まぁ、美貌という点でも、共通しているところはあるかもしれませんが」
「他にどこが似ているというんだい?」
「思考パターンがですよ」
 高松がにんまりと笑った。
「そういえば、ビリーさん、男言葉が板についたようですね」
「しっ、誰か来た」
 がらっと、眼鏡をかけた生徒が入ってくる。
「退散しましょうか」
「そうだね」

「やぁ、高松、ビリー」
 廊下に出たビリーと高松は、ジャンに出くわした。
「高松。今までビリーと一緒にいたのかい?」
「ええ。仲良しですからね」
「仲良しか……」
 ジャンは、複雑そうな顔をした。
 彼には、何もかも見透かされている気がする。特に裏付けはないのだが。
「グレッグの墓参りに行こうと思ってたところですよ。ビリーさんにも関係ありますしね」
「え?」
 そんな話は、聞いていない。だが、断る理由もない。
 かえって、行ってみたい気がした。
「俺も、行っていいか?」
「いいですけど、サービスは?」
「ちょっと遅れても、心配いらないよ」
 そう言って、ジャンは、ビリーの顔をじっと見据える。
(なんだろう……優しげな表情なのに、少し怖い)
 ビリーは思った。

 グレッグの墓の前に、ビリーは跪いた。高松とジャンは、何も言わない。
(グレッグ……いえ、お父さん……ごめんなさい。私が記憶など失くしてしまわなければ……)
 どんなに悔やんでも、悔やみきれない。
 せめて、彼が店に来たときに思い出していれば……。
 だが、それも詮ない繰言だ。
(全ての幸福は、君にあれかし!)
 今は……今の私は、ちっとも幸せではない。
 涙が流れた。
 とめどなく伝い落ちる。
(お父さん……お父さん、お父さん!)
 グレッグを父と呼べるのは、心の中でだけ。
「――さん、ビリーさん!」
 高松の言葉で、ビリーは我に返った。
「グレッグのことで、辛かったんだよね」
 ジャンが慰める。
 ビリーは、この男に本心をさらけ出してしまいそうになった。そのぐらい、ジャンの表情は慈しみに溢れていた。
(何故私が泣いたのか、ジャンが不審に思うかもしれない)
 ビリーは素早く、そのとき、何と答えようかと、頭の中でシミュレートした。
 だが、案に相違して、ジャンは何も訊かない。
 それはそれで、少し不安になる。
「ジャン……変に思わなかったかい?」
 とうとう、ビリーは、自分から質問してしまった。
「思わないよ。グレッグさんは、アンタの大切な人だったんだろ?」
「何も訊かないんだな」
「訊いたところで、話してくれるかい?」
「――いや」
 ビリーは笑って首を振った。
「サービスが待っているんじゃないか?」
「あ、そうだ」
 さっさと行かなきゃ、と、ジャンは走って行った。
「慌ただしい男ですねぇ」
 高松が呆れたように呟いた。

(ビリー・ピルグリム……あれは確かに偽名だ)
 あの少年、いや、女性は、前はエレーヌと言っていたではなかったか。
 幼い頃の記憶を失っていた、というのは、どうなったのだろうか。
 何故士官学校に入ったのかわからないが、ジャンの想像が正しければ、おそらくは――。
(なんとなく、わかるんだよね、同類の匂いは)
 サービスが待っているところへダッシュで向かいながら、ジャンは思った。
(けれど、サービスは俺が守る)
 マジックはビリーに負けないだろうし、ハーレムは、自分で自分の身を守ることができる。しかし、サービスは或る意味無防備だ。
 たとえ、彼女を殺すことになるとしても。
 ジャンはためらいなど覚えないだろう。そのときは、ビリーを敵に回したときだろうから。

マジック総帥の恋人 13
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