キンタローの初恋 8

「シンタロー、俺は、さっきまでハーレムの部屋に行っていた」
「あー、そうかいそうかい」
 偶然廊下で会ったシンタローに告げたら、ヤツは軽くいなした。いいのか? 俺は――ハーレムとキスしたんだぞ。
「ちょっと時間を割けるか? キンタロー」
 何だ。やっぱり気になってるんじゃないのか……? そうだろうな。俺だって、シンタローからわざわざハーレムの部屋に行っていたことを告げられたら、気にはなるだろうな。
「俺の部屋に行こう」
「仕事は?」
「部下が勝手に進めてくれるだろう。大体俺はデスクワークが得意な方じゃねぇんだ。有能だといくら言われてもさ」
 シンタローはさらりと自慢した。尤も、俺もそういうところが少しはあるらしい。――少しではない。だいぶ、かな。ハーレムに笑って指摘されそうだ。
 ハーレムは今、何をしているかな。気になる、気になる。――気になる。気になって仕様がない。
 シンタローがドアを開ける。観葉植物がところ狭しと並んでいる。こいつの部屋は緑の匂いがする。パプワ島の緑が頭にあるのかもしれない。
 パプワ島。それは俺達にとって永遠の楽園。
 ――俺は、ここに来た目的を忘れそうになった。そうだ。シンタローの話を聞きに来たんだった。
「シンタロー、何か話があったんじゃないのか?」
「ああ、そうだな――実は……」
 シンタローは言いあぐねているようだった。まさか――!
「ハーレムと、寝たのか……?」
 シンタローは黙っていた。無言の肯定だった。
 ザァァァァァァ。雨の音が部屋に響いた。
「――いつだ」
「おめーらに変なタイムマシンに乗せられた時だよ」
「あの時か――」
 俺は臍を噛んだ。
「だとしたら、お前は、その――」
「ああ。関係持ったぜ。まだうら若い、美少年のハーレムとな――」
「う……」
 羨ましい。
 けれど、それは言葉にならず――。
 雷が落ちた時、俺はシンタローを押し倒していた。
「殺してやる――」
 いつだったか同じような台詞を、俺は言ったような気がする。殺してやる。形にならなかった声と言葉。
 シンタローはもう既に、ハーレムをものにしていたんだな。だったら、俺がここでこいつを犯しても――。いや、それでは何の意味もない。俺が好きなのはハーレムなんだから――。
 この男からは、いつものコロンの香りがする。
 シンタローは窓から光の差す、電気のついていない薄暗がりの部屋の中で、諦観の表情を浮かべていた。
「いいぜ。殺れよ」
 ――また、雷の音。シンタローはどこかうっとりしているようだった。
 ゴロゴロゴロ……雷が遠ざかる音が聴こえる。
 俺は、負けた――。
 男として、人間として、シンタローに、負けた。シンタローには誰にも敵わない。
 ああ、そうか――だから、シンタローは人を惹きつけるのだ。絶対折れない心の強さとしなやかさをを持っているから。アラシヤマとか言う、京都弁の変なヤツも、シンタローが好きだった。
 アラシヤマに好かれてもどうってことないが、ハーレムの好悪の情は俺の根幹に関わる。
 けれど、ハーレムがシンタローに惹かれるのも、わかる気がする。
(男は女より強い者に惹かれる)
 ハーレムが言っていた言葉だ。その時は変なヤツとしか思わなかったけれど――。
 段々艶めいて見えてくるあの叔父貴。特戦部隊のアイドルであった叔父貴。リキッドだって、嫌っているふりして、実はハーレムが好きだったに違いないんだ。それで、ハーレムも……。
(老後の面倒はあいつに見てもらおうと思っている)
 とほざいてたし。くそっ。ハーレムはリキッドとシンタローのどちらを好きなんだ。それに、介護だったら得意だから、俺がやってもいいと思ってたのに――。
 ハーレムのおむつを替える自分を想像して、俺のみぬちはかっと燃えた。
 何でハーレムの周りにはあいつに思いを寄せる野郎ばかりなんだ!
「キンタロー……」
「何だ?」
「重いんだが……」
「そうか、済まん」
 だが、考えてみれば、俺が謝ることでもなかった。
「大体よぉ。お前はいい男だぜ。顔もいいし頭もいい。性格だって――まぁ丸くなったし? 無理してハーレムと付き合うこた、ねぇんじゃねぇの?」
「嫌だ。俺はハーレム叔父貴でなきゃ嫌だ」
「もっといい女だって世の中にはいっぱいいるだろ」
「じゃあ、何でお前はハーレムにこだわるんだ」
「そいつは俺の問題だ。――殺さないのか? だったら重いからどいてくれ」
「あ……ああ……」
 力が抜けた俺は、俺にしては素直にシンタローから体を退けた。
「大体さぁ、俺がハーレムに恋したのはだな……」
 コココン!
 ノックの音が鳴った。
「シンタロー総帥! ティラミスです! さっきの雷で電気がショートして機械がいかれました! ただいまグンマ博士を始め、復旧にあたっています! 電気系統の回路も一部破損している模様です」
 ティラミスか……そういえばこいつもいたな……。ハーレムがちょっかいを出している、ちょっと可愛い顔の、シンタローの側近。
「わかった。すぐ行く」
「それから、キンタロー様を探しているのですが、総帥お心あたりは――」
「入れ」
 シンタローが命じた。俺がシンタローの部屋にいるので、ティラミスは目を疑ったようだった。ゴシゴシと目を擦る。
「キンタロー様……どうしてここに?」
「――俺と飲んでたんだよ」
 シンタローがしれっとのたまう。
「こんな時間からですか? シンタロー総帥とキンタロー様が仲良くなるのはいいんですが、明るいうちから飲んでいると、ハーレム様みたいになっちゃいますよ」
 ティラミスの言葉に、俺は苦笑をシンタローとこっそり交わした。
「では、待ってますからね。次はジャンさんのところ、それから……嫌だけどドクター高松さんにお知らせしないと。その後、一応前総帥にもお伺いを立てないと。ああ忙しい」
 やたら忙しいアピールをして、ティラミスは部屋を後にした。
「嘘、つかせたな。お前に――」
「ああ、構わねぇよ」
 ライバルと言う名の友達。それが出来たのも、やはりハーレムのおかげだ。
「んじゃ、ちょっと行って来ようぜ」
「待ってくれ、シンタロー。俺は、ハーレムを諦めない。だから、お前もハーレムを諦めなくていい」
「――そうだな」
 シンタローは親指を立てると、一足先に部屋を出て行った。俺も急がなければ。
 この先、どんな恋をしても――。
 初恋の相手、ハーレムのことは忘れないだろう。忘れられないだろう。俺がしたのは、そんな初恋だ。初恋がハーレムで、良かったと思っている。
「あ、来てくれましたか。キンタロー様!」
 やはりグンマだけでは心もとないのだろう。チョコレートロマンス。この舌を噛みそうな名前のシンタローの第二の側近は、安心した顔で手を動かした。俺を呼んでいるようだ。
「キンタロー様。俺達だけでは力不足なので、力を貸してください」
「もう~、チョコレートロマンスったら。僕がいるでしょ?」
「だから不安なんです」
「チョコレートロマンス!」
 グンマはそう叫んでから、頬を膨らました。笑い上戸のチョコレートロマンスは、耐えきれなくなったらしく吹き出した。
「もうっ!」
 グンマのその様子は、とても可愛かった。元々女の子みたいな声をしていた青年だ。そうする様も許されると思う。どうしてこの男に恋しなかったのか我ながら謎だ。
「キンちゃん、そっちお願い」
「わかった。任せてくれ」
 俺もグンマも、機械を弄りだすと途端に生き生きしてくる。ハーレムに恋しなければ、機械に恋していただろう。
 一応人間に恋出来ることがわかって、俺は、ハーレムに「ありがとう」と言いたい。そして、ハーレムが危難に遭うことがあれば、即座に駆け付けよう。――それぐらいなら、いくらこの俺でも出来るのだ。
 シンタローが駄目だったら、俺が代わりにお前を引き受けてもいい。ハーレム。俺はずっとお前が好きだ。そして、この想いは俺が生きている限り、ずっと続いていくことだろう。

2020.02.07

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