キンタローの初恋 7

 俺はハーレムの部屋に行った。ノックをすると、ハーレムの声で「入れ」と言うのが聞こえた。
「なんだ……もっと警戒されるかと思ったのに……」
 と、俺。
「今更だろう」
 と、ハーレム。
 鹿の剥製に、大きな机。――ハーレムの匂いがする。それは俺にとっては快い匂いだ。
「ブランデー、飲むか?」
 ハーレムが訊く。俺は頂くことにした。
「口移しで飲ませてくれたら嬉しいんだが」
 俺もこのぐらいの冗談は言えるようになったのである。
「調子に乗るな――キンタロー」
 ハーレムがブランデーをグラスに注いだ。
「氷はいるか?」
「そうだな――。欲しい」
 ハーレムは小型の冷蔵庫から氷を出した。それを砕いてグラスに入れる。
「――ありがとう」
 ブランデーは嫌いじゃない。というか、酒は嫌いじゃない。将来アルコール中毒にならない為に、加減はしているが。ハーレムも自分の分のブランデーを注ぐ。ハーレムはそれをぐっと呷った。――俺も飲む。
「ハーレム……俺は、アンタのことが好きだ。これは恋だ――初恋だったんだ……本気なの、わかるよな」
「わかってるよ。俺だってそう鈍い方じゃねぇ」
 ハーレムが微笑んだ。俺はどきりとした。
「アンタがいいと言うなら――俺はここでアンタを押し倒したい」
「だから、それは十年早いな」
「構わない。俺は二十四年間、外に出るのを待っていた男だ。アンタが了承するまで、いくらでも待つ。けれど――」
 ハーレムがグラスを机に置いた。彼がソファに座った時、俺はハーレムを抱き締めた。
「――これぐらいならばいいだろう?」
「ああ。お前の、失った二十四年間の為に」
 俺は、ハーレムにキスをした。
「……ブランデーの味がする」
「――酒の味のキスは嫌いじゃねぇ。お前はどうだ?」
「俺も、アンタとのキスだから、酒の味がしても嫌じゃない。ハーレム。アンタが愛しい――アンタの中に入っていいか?」
「今はダメだ。俺にはお前がルーザーにしか見えない。髪を伸ばせ。キンタロー」
「嫌だ。俺はこの髪型が気に入っている」
「複雑だな――俺は、お前が髪を伸ばしていた時の方が気に入っていた。でも、髪が長くても短くてもお前はキンタローなんだよな……」
「ハーレム……」
 それは、ずっと、俺が聞きたかった言葉だった。
 ハーレムは、俺を拾ってくれた。その時、「お前はお前だろう?」と言ってくれた。
 ハーレムはずっと、俺自身を見てくれた。俺が父さんの髪型にした時でさえ。
 この男は一瞬顔をしかめたが、
「良く似合ってるじゃねぇか」
 と、褒めてくれた。腕を優しくぽんぽんと叩いてくれた。
「お前がルーザーの髪型になっても、お前はお前のままなんだ――俺だって、そのぐらいのことはわかる。だが……どうしてもその髪型がな……ルーザーとお前を同一視するのがいけないことだというのは、わかってはいるけれどもな……」
 ハーレムが独り言ちる。
「いや、父さんと同一視するのは構わない。アンタにも忘れられない想いというのがあるのだろう。――けれども、それを踏まえて、俺自身を見てくれたら、嬉しい」
 俺は、父さんを尊敬している。ハーレムを好きなようにしていたと知っても、尚。
 それと同じくらい、俺は父さんを憎んでいる。ハーレムの心を盗んだことによって。
「ハーレム。アンタの初恋は誰だったんだ?」
「――わかっているくせに」
「……父さんか?」
「……そうだ」
 ――沈黙が下りた。
「やっぱり、お前はルーザーとは違う。ルーザーはもっとひねくれた男だった。お前は……真っ直ぐ過ぎる」
「シンタローやアンタがいたおかげだよ」
「俺はな、キンタロー。お前はシンタローが好きなんだと思ってたよ」
「今は……シンタローも好きだ。恋とは違うけれど。……昔はシンタローとは喧嘩ばかりしてたな」
「喧嘩どころじゃねぇ。お前はシンタローを殺そうとしただろう。まぁ、シンタローに対するお前の殺意を、俺も利用しようとしてたがな」
「ハーレム……それは言いっこなしだ。シンタローを知れば知る程、あいつがいい男なのがわかってきた。――あいつはきっと、俺の恋を応援している。自分と同じ男に恋をしていると知っていても……」
「シンタローがか?」
 目を瞠ったハーレムに向かって、俺が頷いた。
「そうか……シンタローがか……」
 俺は、嬉しそうなハーレムの表情を見て、密かにシンタローを妬んだ。やっぱり、シンタローは人を惹きつける男なのだ。それがわかっていても、俺はシンタローに嫉妬する。
「ハーレム……」
 ――お前は俺のものだ。そう言いたかったが、言えなかった。
 濡れたままの服を着ているのはハーレムにとっても気持ちが悪かったのであろう。彼も着替えている。――洗剤の匂いがする。
 俺は、すんすんとその匂いを嗅いだ。
「おい、キンタロー」
 その時、ドアが開いた。
「へーいっ! ハーレム隊長! あなたのロッド様がやってきたぜぇ! ――あ」
 ロッドが口を閉ざした。ただならぬ雰囲気を感じ取ったのであろう。何となく、きまりが悪かった。それは、ロッドも同じであったらしく――。
「済みませんでしたぁ~」
 と、呟きながらドアを閉じてそのまま行ってしまった。
「……厄介なヤツに見つかったな……これで、明日から……いや、今日から俺らは噂のカップル同士だぞ」
「ああ――」
 それもいいかと思ったが、ハーレムには言えなかった。
「全く……俺には他に好きなヤツがいると言うのに……」
 それは、サービス叔父貴かシンタローか……案外マジック伯父貴かもしれない。高松もなんやかやでハーレムを嫌いではないみたいだし。
 ――いや、シンタローかもな。あいつと話す時、ハーレムの目が柔らかくなる。俺は、ハーレムをよく見ているから――。
「おい、お前、どけよ」
「――嫌だ」
 そして、俺は再びハーレムの唇にキスをする。ほんの少し開いたハーレムの唇に舌を差し入れる。そして、歯列をなぞり、口蓋を舐める。
「ん……」
 ブランデーの味は口の中にもまだ残っている。俺はその味を堪能した。
「キンタロー……」
 唇が離れた時に、ハーレムが言った。
「さっきも思ったが……お前、キス上手いな……」
「ジャンから教わった」
「そうか、あいつのキスか……何だか複雑だな……」
「ハーレムはジャンは嫌いなんだな」
「――いや。しかし、ジャンとはサービスを取り合った仲だからな……今はもう、サービスはジャンの恋人だが」
 サービス叔父貴は、女と見紛う程の美貌の持ち主である。しかし、俺は――
「俺は、ハーレムの方が好きだぞ」
「阿呆。――俺は、悪い男だぞ。……人も沢山殺したぞ」
「それでも好きだ」
「酒好きで、デスクワークより空を飛び回っている方が好きな男だぞ。お前のことなんか、何とも思っていないぞ。――必要があれば犯罪だって犯す男だぞ。優等生になったお前とは違うんだぞ」
「俺は優等生ではないぞ」
「――そうだな。優等生はこんなキスはしない」
 そう。父さんからも、シンタローからもアンタを奪う。ロッド始め、特戦部隊の奴らからも、アンタを奪う。
「いつかアンタを……抱いてもいいか? ハーレム」
「――そうだな……いつか、な……でも、俺の気持ちの整理はまだついていない」
「俺はアンタが好きだ。アンタが、父さんやシンタローや……とにかく他のヤツらを見ていたとしても――けれど、今日はこれで帰る。俺のこと、考えてくれ」
 俺は、これでも紳士なんだ。ハーレムが、「やっぱりお前はルーザーとは違うな」と言ってくれた。

2020.01.26

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