キンタローの初恋 4

 ハーレムがばさっと新聞をテーブルに乱暴に置く。俺はハーレムの後をついて行く。
「ハーレム、待てッ!」
「お前らか! キンタローにいらんことを吹き込んだのは!」
 ハーレムはジャンとサービス叔父貴にすごい剣幕で怒鳴った。ハーレムは、テーブルに置いてあったコーヒーを一口飲む。コーヒーに新聞……朝の匂い。
「ということは、とうとうヤッたのか? キンタロー! 良かったな!」
 ジャンが目をランランと輝かせている。
「馬鹿野郎!」
 ジャンは怒鳴られた上にハーレムに思い切り殴られた。たんこぶが出来ている。ちょっと気の毒だな……。けれど俺は、ハーレムがどうして怒っているのかが気になった。
「ハーレム……」
 俺は窘めようとした。
「触るなッ!」
 ハーレムが払いのけたので、俺は少しムッとした。――何だ、キスしたぐらいで……。それに、あの時はハーレムも満更ではないと言った表情だったのに……。
 俺が、ハーレムのアナルにペニスを挿れたいと言っただけで……。
 俺がそう言うと、サービス叔父貴が声を立てて笑った。普段はそんな笑いをする男ではないのだが……。
「ハーレムが怒るのも無理ないね。――よし、今度は私が口説き方を教えようね」
「口説き方……?」
「お前なぁ……純真な甥になんてこと教育してんだ……」
 そう言って、ハーレムは頭を抱えた。
「済まない、ハーレム。それがそんなに悪いことだとは思わなかったんだ……」
 俺はハーレムをなだめようとする。ハーレムが嫌がるなら、もう止める。
「キンタロー、お前が俺をそんな目で見てたなんて……俺は愕然としたよ……」
「だから、もう止めるから……でも、これだけは聞いてくれ。ハーレム。――アンタは俺の初恋の人なんだ……」
「ああ?! 俺のどこに惚れたっつんだよ!」
「アンタの身勝手なところ! アンタの美貌! アンタのコート姿――全てに惚れた!」
「お前、そりゃ、俺が初めてお前らに優しくしてやった叔父だから懐いただけじゃねぇのか?」
「それでも俺にとっては恋なんだ!」
「あー、頭痛くなって来た。おい、サービス、ジャン。てめぇらが撒いた種だ。てめぇらが刈り取れ」
「そんなこと言われてもねぇ……俺達、キンタローの気持ちを伝える手伝いをしただけだよ。それに、アンタだってキンタローのこと……」
「それ以上は言うな……」
 ハーレムはジャンの言葉を遮る。
 何? 今? 何を言おうとしたんだ? ジャンは――。
 俺のこと、少しは好きだって言おうとしたのか? ハーレムの口から聞きたい。
「ハーレム、俺を好きか?」
 ハーレムは俺の方を向いて――真っ赤になった。
「ちょこっとだけな」
 ああ――
「ハーレム!」
 俺はハーレムに抱き着いた。
「ハーレム、好きだ! 付き合って欲しい!」
「……離れろよ……」
「アンタだって……俺と同じ状態になってたじゃないか!」
「男は、その気がなくてもそうなるの!」
「――おい」
 聞き慣れた低い声。シンタロー。
「お前ら、こんな朝っぱらから何盛ってやがる」
「俺は悪くねぇ! キンタローが悪い!」
「何言ってんだハーレム。すっかり勃起してたじゃないか」
「どこで覚えたそんな言葉! キンタロー!」
 また怒るかと思ったシンタローが、深い溜息を吐いた。
「これは……俺にも責任があるかもしれんな」
「……何かしたのか? シンタロー。今ならば怒らん。言ってくれ」
「キンタローに性教育を施した」
 おい、キンタローに性教育したのは俺とサービスだろう? ――と、ジャンが反駁する。
「はぁ? それで、俺を襲うことになる訳か。かっとんでやがる――キンタロー、てめぇはかっとんでやがるよ」
「他に方法が思いつかなかったんだ……」
「けど、ハーレムがそんな初心だとは知らなかったぜ。男とも女とも寝て来たのに――」
「どうしててめぇが知ってんだよ! シンタロー!」
「……どうでもいいだろ。キンタロー、嫌がる相手に性を強要するのは、強姦と言って、この世で最も重い罪のひとつとされてんだ。さ、わかったらハーレムに謝れ」
 謝って事態が好転するなら、否やはない。
「ハーレム……済まなかった」
「いや、俺も……キスしてきた時点で止めるべきだった」
「そうか……で、いつやらせてくれるんだ?」
 ――ハーレムがのけぞった。
「話聞いてなかったのかよてめぇ! 全く、こういうところはルーザー兄貴にそっくりだな……」
 ルーザーとは、俺の父の名前である。物静かで天才肌で、穏やかな性格の持ち主と聞いていたが――。
「あいつは絶対肉食系だ!」
 と、ハーレムは主張する。肉食系って何だろう……。
「じゃあ、俺は一生ハーレムを抱けないのか……?」
 目の前が真っ暗になった。ジャンとサービス叔父貴だって多分やってることなのに――。
「恋人同士なら、当たり前にやってることなんだろう?」
 俺だってあれから少しは学習してる。グンマが、「キンちゃんが遊んでくれなくてつまんなーい」と泣いていたが……。
「はー、仕方ねぇな」
 ハーレムは豪奢な髪を掻き上げる。
「おい、キンタロー。俺を口説いてみろ。俺が落ちたら抱かせてやる」
 抱くって――あの、抱く? ただ抱くだけではないよな……。
「抱くと言うのはセックスのことか?」
「てめぇはまた情緒のない言い方を――まぁ、そん通りだ」
「……こんなことは朝の話題に相応しくねぇな。おら、キンタロー、手伝え」
「わかった、わかった。――ハーレム、約束だからな! いいか、約束だからな!」
「あーもう、早く行け」
 気だるげに再び髪を掻き上げたハーレムはどことなく色っぽかったが、シンタローに引きずられて、台所に連れていかれた。
「何だ? シンタロー」
「いいか……ショックを受けるんじゃねぇぞ。ハーレムは男相手も初めてじゃない……」
「何だ。そんなことか。あんなに魅力的な男のことだ。皆放っておかんだろう」
「そうだな……」
 シンタローは一瞬、遠い目をした。こういう表情をするってことはやっぱり――。
「シンタローはハーレムに恋してるんだろう?」
「――まぁな」
「何と言うか――まぁ、頑張れ。アンタは俺のライバルになる存在だと認めることにはなるが」
「光栄だぜ。それから――これは言っていいものかどうか……」
「何だ? 今更何を聞いても驚かんぞ」
「――ハーレムはルーザー叔父さんとも寝ている」
 俺はけたたましく笑い出した。
「まさか」
「いや、ほんとだって――証拠を見せてやってもいいけどな」
 ハーレムが、父さんに抱かれてたって? 父さんは母さんを愛してた訳じゃないのか? ――そう俺がシンタローに言うと、ヤツは答えた。
「ルーザー叔父さんは、お前のお母さんを愛していたさ。だから、お前が生まれた。でも――ハーレムも愛してたんだ。間違った愛し方だったにも関わらずな」
 ほんの少し前だったら、反発していたであろうシンタローの意見。でも、今の俺には父さんの気持ちがわかるような気がしていた。
 父さんもハーレムが初恋だったのかな……。そうであったらいい。恋敵が増えることになるけどな……。
 でも、父さんは鬼籍に入った。もう死んでしまった存在には負けない。俺は固く拳をぎゅっと握った。

2019.12.14

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