キンタローの初恋 2

 俺はシンタローの部屋の前に来た。空調設備の匂いがする。
「まぁ、入れ。キンタロー。それにしても……」
 俺の顔を見た途端、シンタローは盛大な溜息を吐いた。
「どうした? シンタロー。今朝はマジック伯父貴にも冷たかったし――と、これはいつものことか」
「まぁな……お前、自分が何言ってんのか覚えているよな」
「記憶力には自信がある」
「まったく――何でお前はそうピュアであれるんだ? 何でも知っているくせに何も知らねぇんだな」
 シンタローが苦笑した。キンタローが首を傾げる。
「まぁ、お前はまだ子供みてぇなところもあるんだよな……ハーレムとの話、聞いていたが――あれは冗談ではないんだな」
「悪いが冗談は苦手な方だ」
「結構頭かてぇんだな。お前――まぁ、らしいっちゃらしいかな」
「…………」
 どうも、シンタローの言うことはよくわからない。それだけでなく、ロッドも何かよくわからないことを言っている。今、それを思い出したのだ。シンタローとロッド。あまり似てない二人だが、言っていることの根っこは同じだと思う。
 だが、どういう繋がりがあるのか自分でもわからない。
 ――俺の本能が告げている。これは大事なことだ、と。
 例えば、突然ハーレムを抱き締めたくなったり、とか。
「じゃあ聞くが、お前、ハーレムのことは好きか?」
「大好きだ」
 間髪を入れずに答える。
「抱き締めたくなったりその先に行きたいと思ったことは?」
「その先があるのか?」
 シンタローはまた溜息を吐いた。何で俺もキンタローも、あんな獅子舞のことを好きなんだろうな――そう呟いて。
「お前は童貞なんだな」
「……童貞とは何だ」
「呆れたヤツだな。もしかしてエロ本も知らんのか?」
「女の裸の載っているヤツか? あまり興味がない」
「――女には興味がないんだな。そのままじゃいけねーぜ。キンタロー。もう二十代なのによ」
「ん?」
「どうやるか教えてやろうか? ん?」
「いや、その……」
 俺の頭が警告を発している。シンタローはふるふると首を横に振った。
「駄目だ。てめぇにゃ欲情出来ねぇ。なんせてめぇは子供だし――しばらく前は俺自身でもあったようなもんだからな。取り敢えずこれ読め」
 それは、だいぶボロボロになった保健体育の教科書だった。
「何だ、これは」
「それに全部書いてある。――いや、男同士のは流石に書いてねぇか……俺はお前にゃ催さねぇし、高松は役立たずだし……ハーレムに頼むなんてまっぴらだし――はてさてどうしたもんか……こういう時にジェームス・ブライアンみたいな存在がいるといいんだけどな……」
 シンタローは何やら俺にわからないことをぶつぶつ呟いている。――何と! この世に生れ落ちて以来、随分勉強はしたが、その俺にしてわからないことがあるとは……。
「グンマはあてに出来ねぇし、サービス叔父さんにも頼む訳にはいかねぇし――」
 シンタローはかなり憔悴しているらしかった。一見元気には見えるものの。
「こうなったら……やっぱりあいつに頼るしかねぇか……」

 シンタローは俺をジャンの部屋に連れて行った。機械の音や無機質な匂いのする部屋で、シンタローはソファに座る。
「ジャン、こいつに仕込んで欲しいことがある」
「えー?」
「ジャン……おめぇなぁ、髭ぐらい剃れよ。俺と同じ顔が台無しだろ?」
「だって無精髭ってかっこいいと思って」
「どういうセンスだよ。――ったく。サービス叔父さんも何でこんな変わり者好きなんだろう……」
「なんか苦労してるみたいだな……」
 ジャンがよっとシンタローの隣に腰をかける。
「じゃあさ、言うけど――こいつ性白痴なんだよ」
 むっ! 百年に一度の天才と言われるこの俺に向かって白痴だなんて失敬な。
「ははぁん、なるほど……青の一族にしてはしっかりしていると思っていたが、とんだ弱点があったもんだな……」
「だろ? それから、青の一族は親父とグンマとハーレムがヘンなだけで、コタローやサービス叔父さんはまともだと思うぜ」
「うーん……でも、お前、コタローに眼魔砲撃たれたことあるだろ。――まぁ、そのおかげでキンタローが生まれ出ることが出来たんだけどな……コタローも更生したし、キンタローもしばらくリキッドに預けてみるか?」
「ハーレムと離れるのは嫌だぞ」
 俺は自分の意見を言った。ジャンが、がこん、と機密らしい扉を開けてDVDを取り出した。
「まぁ、これでも観るんだな」
 ――何だろう。科学の知識でも詰め込んだヤツかな。
「お前……そんなもん持ってたのか……」
 シンタローはジャンを軽く睨む。
「サービス叔父さんに言ってやる」
「まぁまぁ。絶対に言わんでくれよ。シンタロー……少し寂しい時なんかに、な」
「まぁ、俺も同じ男だから気持ちはわからんでもないが……」
「???」
 この二人が何を言っているのかさっぱりわからない。――が、俺はそのDVDを持って自分の部屋に戻った。

 DVDを返しに行くと、ジャンが目を輝かせていた。
「良かったろ? お前の為にとっておきの貸してやったんだぜ?」
「うーん、つまんなかった」
「お前……あれ見て何も感じなかったのか?」
「別に……」
「……シンタローが苦労する訳だ。あいつも無駄に面倒見がいいからなぁ……じゃあ、こう言ったらいいかな。お前、喘いでいる女がハーレムだったら――」
 あの女がハーレムだったら――。
「あの女よりもハーレムの方が美人だ」
「それは……まぁ、あいつはサービスの双子の兄でもあるからな。あれでも、一応。――さぁ、頑張ってドーンとイメージトレーニングしてみよう!」
 ジャンはさっきとはうって変わって面白がっているようだ。
 あの女がハーレムだったら――途端に体中の血が沸騰した。……何だ? この感覚は……。
「おお。エロい顔。てことは、少しは理解出来たんだな。良かった良かった」
 ジャンは嬉しそうに笑った。――途端に俺は萎えた。
「可哀想に。マジック総帥もサービスも、お前には何にも教えてくれなかったんだな。――わかった。俺がしばらく面倒みよう。お前を仕込んで性の達人にしてやる。――あ、浮気する訳じゃないからね、サービス」
 ジャンはこの場に居もしないサービスに謝っている。何だ、変なヤツだな。
「じゃあ、まず最初にキスから……」

 ――俺はしばらくぼーっとしていた。ジャンがディープキスとやらを俺に施したのだった。
「どうだった?」
「なんか……心臓がばくばくして、変な感じだ……」
「ハーレムとしたらもっと良くなるぜ」
「そ、そうかな……」
 思い出しただけで顔が熱くなる。脳が沸騰しそうだ。
「良かったろ? なんせ、百戦錬磨のサービスも陥落したテクを使ったから……」
 その時、ノックの音が鳴って扉が開いた。
「ジャン?」
「さ、サービス……」
「サービス叔父貴。今、ジャンにディープキスとやらを教えてもらっていたが……」
「ジャンと?」
 サービス叔父貴は目を丸くして、それから冷たい視線をジャンに送って寄越した。
「ふぅん……キンタローに乗り換えたか。まぁ、キンタローは若いからな……血縁だから少しはハーレムに似ていない訳でもないし……」
「そんなんじゃないんだって! ただ、キンタローがほんとに何も知らなかったもんだから、ちょっと大人の教育をしてやっただけで――俺にはお前だけだって……!」
 ジャンが急いでサービスの後を追って部屋を出た。
 さっきのキス。ハーレム叔父貴にやったら、本当にもっといいのだろうか……けれど、ディープキスとやらは……意外と気持ちが良かった。
 後でハーレムに試してみようと俺は思った。科学者は好奇心旺盛なものなのだ。俺とて例外ではない。実践あるのみだ。


2019.11.23

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