キンタローの初恋 10

 ――俺は、自身の香水の匂いに包まれてうっとりとしながら、またすうっと寝入ってしまった。
「ハーレム! 父さん!」
 父とハーレムを追って、俺は駆けて行く。とても、迷いやすい、複雑な森の中だ。――この森は……もしかして父が迷っていた森? 父さんは何故ハーレムを連れて行く?
 わからない。父さんがわからない。
「ここまで追って来るなんて――キンタロー、お前はよっぽどハーレムが好きなんだね」
「ああ……ハーレムは俺の初恋の人だ」
 俺は堂々と言った。ホモだと言われても気にしない。というか、男が好きだとどうしてダメなのか。俺は性のことはっさっぱりわからかった――勉強していくうちにゲイへの偏見や差別があることもわかった。
 でも、俺の家族達は、そんなことで俺を迫害しないから。それどころか、協力しようとしてくれさえする。
 俺がゲイなら、シンタローも父さんもゲイだ。父さんがくすくす笑った。
「その真っ直ぐなところ――母さんにそっくりだね。……それからハーレムにも。私は、お前の恋を応援するつもりだった。けれども、ハーレムを見ているうちに……彼を再び手に入れたくなってね」
「そんなの――勝手だ!」
「そう、勝手だ。恋は人をエゴイスティックにさせる。特にハーレムはね」
 父さんはハーレムに頬ずりをした。
「父さん……父さんも、ハーレムが初恋だったのか?」
 父さんはそれには直接答えずに、
「キンタロー。お前も私の息子だからね」
 ――と、答えた。ハーレムを父さんが攫って行きたい気持ちはわかる。だって、俺も、ハーレムを……。
「私はここでハーレムと暮らしていたい。ここは――寂し過ぎる。私はずっと……ハーレムが好きだったんだよ。ハーレムの全てが欲しかったんだ」
「父さん……それじゃ、アンタもハーレムを愛していたと言うのか? ハーレムが嫌がっても?」
 ――俺は、ハーレムが父さんを嫌う気持ちがわかる気がした。ハーレムは父さんを恐れている。……父さんがいつか眼前に現れるんじゃないかと、父さんの幻に怯えていたんだ。
 でも、父さんは――俺達を愛してたんではなかったのか? ハーレムだけを愛していた訳じゃないんだろう?
「キンタロー。お前を仲間に入れてやってもいい……お前も一緒にここで暮らそう」
「な……何言ってるんだ、父さん……嘘だよな……あのアス、とかいう男の変装なんだよな。このアンタは――」
 でも、そうじゃないって、俺の本能が告げている。ああ、あれは、本当に、俺の父さんだ……。それに――。
「俺はハーレムを連れて行く。俺のいた世界には、俺を愛してくれる人が大勢いる。アンタの仲間になる訳にはいかない。俺は、あそこに、帰らなくてはいけないんだ。ハーレムと一緒に――」
 そう、シンタローやマジックやコタローが待っている、あの世界へ――。
「お前は、すっかりマジック兄さん達と仲良くなったんだねぇ……」
 父さんが目を丸くしていた。そして、あはははははは!と笑って姿を消した。
「ま……待てっ! 父さん!」
 俺は、ばっと、カーテン状のものをはぐった。
「お兄ちゃん、痛い、痛い……」
「すぐに良くなって来るからね。大丈夫だよ。ハーレム……愛してるよ」
 まだ若い父さんがうっとりと、アレを子供の頃のハーレムに突き立てながらうっとりとしている。俺はつい――若い頃の父さんの頭に眼魔砲を撃った。それは……抜け駆けされたことへの怒りだったのかもしれない。二人は消えた。
 俺はまたカーテンを開ける。
「愛してる、愛してるよ、ハーレム……」
「僕もお兄ちゃんのこと愛する努力をするよ。だから、こんな痛いこと、本当にやめて――」
「眼魔砲!」
 バサッ!
「このことは誰にも言ってはいけないよ。――僕は言ってもいいけど、サービスがどう思うかな」
 バサッ!
「僕は、本気なんだ。ハーレム……お前の全てが欲しい」
 バサッ!
「妻が妊娠した。――ハーレム、お前も僕達と一緒に住まないかい?」
「兄貴……」
「父さん……」
 父さんの妻って……俺の母さんだよな……。俺達と一緒に住もうって、父さん言ってくれてたんだ……。もし俺に幼少時代があったなら――父さんやハーレムと一緒に過ごせれば、楽しかっただろうな。
「おい、ルーザー兄貴!」
 ハーレムがやって来た。現在のハーレムだ。
「あの、貴方は――?」
「ハーレムだ。てめぇの弟のな。因みに、今まで一緒にいたルーザー兄貴は撒いて来たぜ」
「そうか……」
「行こう、キンタロー」
 ハーレムは俺の手を取ってずんずん進んだ。そして――カーテンをうるさそうにまくる。
 バサッ!
「ハーレム……僕は死ぬかもしれない。それだけの罪は犯した。――息子を、宜しく頼んだよ。……けれども、もし、僕が今回命永らえて帰って来たその時は――」
 目の前が白くなった。父さんの姿が消えていく。父さん……っ!
 ――覚醒すると、高松と視線が合った。
「父さんっ! ハーレム!」
「グンマ様。キンタロー様が目を覚まされましたよ。そっちはどうですか?」
「ハーレム叔父様も気が付いたようだよ」
「う、う~ん、って……何だこりゃ!」
 ハーレムは、自分の頭に器具とかつけられたことに驚いていた。そうだ。あの夢の記憶。ハーレムも、あの夢を見ただろうか。俺は、ところどころ覚えているけれど……。
「ハーレム、夢を見なかったか?」
「夢? うん、見たぞ。ルーザー兄貴やら……お前もいたな。キンタロー。――俺を助けてくれようとしたよな」
 ああ、やっぱり、覚えててくれた……。俺は、涙を流していた。高松がそっとハンカチで涙を拭いてくれた。
「キンタロー様。貴方に泣き顔は似合いません。いつも、とびっきりの笑顔で笑っていただかなくては――私のせいで、酷い目に遭ったんですから。貴方は――」
「高松……夢の中で、父さんがハーレムに一緒に住まないかって……まだ母さんのお腹にいた俺と共に……」
「それは、夢です。まぁ、ユング心理学においては、夢はセラピストがクライエントと共に分析されるものでもあったし、そもそも夢分析はジークムント・フロイトが――」
「高松ぅ、何ごちゃごちゃ言ってんの?」
「はーい、グンマ様~」
 高松はグンマやハーレムのところへ行ってしまった。――代わりにシンタローが来た。
「よぉ、元気そうだな」
「ああ、おかげさんでな」
「獅子舞――ハーレムも無事生還したようだぜ。おめぇのおかげだな」
「いや……」
 きっと、父さんにも、伝えたいことがあったはず。それで、ハーレムを人質にして、俺を誘い出したのだ。――俺は、そう思う。そう信じたいだけなのかもしれないが。
 父さんは、きっとハーレムのことも愛していた。けれど、愛し方を知らなかった。ハーレムはあんな目に遭ったのに、よくぞ壊れなかったもんだと思う。それだけ心が強靭なんだろう。……鈍いだけかもしれないが。それとも、やはりただの夢なのか――。
 まぁ、真相は闇の中だ。
 俺はまだ頭がくらくらする。ハードな夢を見たから、その影響かもしれない。
「ハーレム……?」
「キンタロー……」
 ハーレムがにこっと笑った。ああ、何て綺麗に笑うんだろう。この男は――。それに、何だか可愛い……。
「俺、昏睡状態だったんだって? あー、よく寝たと思ったら、医務室だったもんなぁ。薬品の臭いがきついぜ」
「贅沢言わないでくださいよ。ハーレム。――私だってルーザー様の夢なら見たいもんですよ」
「……枕の下にルーザー兄貴の写真でも入れといたら見られるかもしれねぇぜ」
「そうですね。溺れる者は藁をもつかむ。早速今夜実践してみます」
 ――高松、それはまじないだろ……。
「あの、俺……ハーレムは強いと思った」
「キンタロー……何だ? 急に。お前も充分強いじゃねぇか。ま、確かに俺も強いけどよ」
「ハーレム。俺はこれから、アンタを支えて行きたい」
 ――ハーレムは目を瞑ってふっと笑った。
「……ありがとよ」
 例えこの初恋が成就しなくても、ハーレムを好きになったのは、きっと無駄じゃなかった。ハーレム――お前を好きになって良かった。『好きになって良かった』――そう言う歌を聴いたことがあるが。
「体調はどうだ?」
「……だるい」
「ハーレム。ゆっくり休んでろ。もう年なんだし――。特戦のヤツらには俺から事情を話しとく」
「おー、済まねぇな。シンタロー」
「今はまだ、お前らには仕事もないしな。――仕事ったって、俺が出れば片付くものばかりだしな。お前ら特戦部隊は、最後の切り札だ」
「おう……」
 シンタローは忙しい。高松と俺が、ハーレムを看ることになった。少し休めば回復する――ハーレムはそう言っていた。健康だけが取り柄の男だからな……。けど、深酒はやめさせないとな。体の為に。

2020.03.02

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