キンタローの初恋 1

「誰だ、貴様は――」
 俺が言うと、その男はこう答えた。
「お前は本物のシンタローだな。俺はハーレムだ。お前の叔父で味方だ。宜しく頼む」
 そう言ってハーレムと名乗った男は手袋を外して手を差し出した。――その瞬間、俺は恋に落ちた。

「おはよう、キンタロー」
 そう言って俺に微笑みかけるハーレム。
 俺もシンタローだが、黒髪のシンタローと区別する為にキンタローと呼ばれている。俺は金髪だからキンタローなのだそうだ。――命名は高松という男だ。
「おはよう、ハーレム叔父貴――それとも、ハーレムでいいか?」
「別にどっちでも……今日はパンだぜ」
「ほう。今日の当番はシンタローだったな」
「ああ。あいつの料理は旨いぜ」
 料理だったら俺も負けないんだがな――俺は少々不満になりながら思った。グンマは本当に料理が下手だが。マジック伯父貴の息子のくせして、家事には向かないんだそうだ。
 けれど、グンマがそれを気にしたことはない。発明さえ出来ればそれで満足な男なのだ。俺も手伝っている。
 俺は理系を勉強している。どうやらそれが性に合っているらしい。流石ルーザー様の息子です――と、先生代わりをしている高松が感激していた。
 今、俺はグンマと共にいろいろな発明品を作っている。グンマはいいヤツだ。シンタローだって嫌なヤツではない。
 ああ、シンタローを『ニセ者』と言っていたのが嘘のようだ。――今では俺はシンタローとも和解している。
 いや、ハーレムのことがまだだった。シンタローはハーレムに恋をしている。理由はわからない。だが、シンタローが俺達の造った機械でタイムトリップをしてから、シンタローは変わった。
 ――ハーレムに対する態度が柔らかくなった気がする。前はしょっちゅう喧嘩してたのに。
 シンタローのハーレムを見つめる目には、彼の中の何かを探している色が見える。何故わかるか。――俺と同じだからだ。
 シンタローも俺も、ハーレムに恋をしている。
 ――シンタロー。もうお前をニセ者とは言わない。けれど、ハーレムのことは譲らないぞ。
「今日は俺の部屋に来なかったな。キンタロー」
「……来て欲しかったのか? ハーレム」
「いや、お前の顔は、心臓に悪い」
「心臓に何か欠陥でも?」
「――お前には冗談も通じねぇのか……」
 ハーレムは盛大に溜息を吐いた。――俺は自分の席に着く。
 俺は死んだ親父――ルーザーと言う、双子のハーレムやサービスと年近い兄――に似ているらしい。
「まぁいい。お前がこの世に生まれて数年が経った。それなのに、お前はモテるのに女にも興味を示さず、いつもグンマと遊んでばかりいる。叔父として心配してるんだぜ。まぁ、そのうち性教育のいろはもマジック兄貴達が教えてくれるだろうよ」
「性教育とは何だ? 高松からもその言葉はちらっと聞いたことがあるが」
「冗談だったのに、まさか本気で知らんかったとは――ヤツはどこからどこまで何を喋ったんだ?」
「何も。何か言う前に鼻血を出して倒れたからな」
「はん。あいつらしい」
「お前ら、朝っぱらから何くっちゃべってんだ」
 食堂にやって来たシンタローが言った。長い黒髪を一つに結っている。シンタローはコーヒーの載った盆をテーブルの上に置いた。
「おい、獅子舞」
「誰が獅子舞だ、こら」
 獅子舞とはハーレムのことである。ハーレムは硬質の髪を伸ばしている。それが獅子舞に似ているというのだ。
 ――俺はライオンみたいで格好いいと思っているが。
「あんまりキンタローに変なこと言うなよ。――ハーレム。……俺もアンタのことハーレムと呼んでいいんだろ?」
「それは構わねぇけど、別段気にすんなよこのくらい。話をふったのは確かに俺だが、キンタローも常識ってもんを知らねぇんだから」
 ハーレムの言葉に俺はムッとした。確かに俺は常識というものを知らないかもしれない。けれど、常識外れなのはハーレムも同じだ。人殺しのくせに何を言っている。俺にとってはそういう感じだ。――尤も、俺も父親を殺したから、ハーレムだけを責めることなど出来ないけれど。
「ハーレム、アンタだって型破りなところは一緒じゃねぇか。――そんなことはどうでもいい。キンタローは随分俺達に馴染んで来たじゃね?」
「馴染み過ぎだ。……なぁ、シンタロー、今でもキンタローと来たら相変わらずだ。昨日も俺の部屋に忍んで来たんだぜ。襲われるかと思ったぜ。キンタローがまっさらなのを知って少し安心したけど」
「キンタローはハーレムの部屋に自由に出入り出来るのか……そいつは羨ましい」
「――は?」
「……ああ、いやいや」
 思わず本音を言ってしまったという風に、シンタローは口元を押さえた。
 まぁ、とにかく座れと、ハーレムがシンタローに命じる。
「俺は朝飯作りの途中だ。――コーヒーいるか? ハーレム」
「お前も結構マメだな。シンタロー。俺の分までコーヒー淹れてくれたのか」
「いつも淹れてやってるだろ。――キンタローの分もあるからな」
「――ありがとう」
「キンタロー……お前、素直なヤツだな。昔はあんなに凶暴な顔を見せていたくせに」
「あれは……あの時の俺は、俺ではなかった――」
 そう、グンマやキンタローのおかげで俺は変われたのだ。そしてハーレム。
 ――マジック伯父貴やシンタローや高松やジャンのおかげで、俺は変われた。サービス叔父貴も優しいし。厳しい時もあるけれど。
 サービス叔父貴はハーレムの双子の弟だ。美貌がうりの男だが、俺はハーレムの顔の方が好きだ。
 そのハーレムが笑顔になっている。
「何だ? ハーレム。笑って――」
「いや、お前ら仲良くなったなぁ、と思ってな」
 そうかもしれない。前よりシンタローが嫌いではなくなった。それどころか、好きになった。
 サービス叔父貴は言っていた。――シンタローには人を惹きつける力があると。
 その力が俺にもあればいいのに……。ハーレムはシンタローが好きだからな。俺のことも好きではあるみたいだが、あくまで甥としてだからな――それが少し、癪に触る。
「キンタローもいいヤツだってわかったからな。――ほら、コーヒー。ここに置いとくから。――朝飯はもう少し待っててくれよ。おかずをちょっと手の込んだもんにしようと思ったから」
「おう。ここでのんびりしてっからな」
 ハーレムがコーヒーの香りを楽しんでいる。シンタローは俺の前にもカップをすえてくれた。コーヒーの馥郁たる香りが快い。
「ハーレム。何か面白い記事載ってるか?」
「うんにゃ。特に何も。政治家のおばさんがガンマ団を潰そうとやっきになっている記事以外は」
「何だろうな、それ。俺達は別段悪いことしてねぇぜ」
 そうだ――ガンマ団は生まれ変わったんだ。半殺し屋集団という、平和的な軍団として。それなのに、俺らを危険視する声が世間にはまだまだ多い。
 シンタローはガンマ団の総帥の座をマジック伯父貴から引き継いだ。今では立派にやっている。ミヤギやトットリといった連中に支えられながら。
「今度は俺がコーヒーを毎朝淹れてやるからな。ハーレム」
「そうか。楽しみにしている」
 遠回しにプロポーズしたつもりだった。日本のプロポーズには『毎日俺の為に味噌汁を作ってくれないか』という文句があるらしい。
 けれど――ハーレムに通じたかどうかは謎だ。シンタローがぎろりと睨んだ。シンタローに通じたって仕様がないのだがな……。
「キンタロー、おめーは結婚したら何をすればいいのかわかってんのか?」
「ああ。毎日食事を作ったり部屋を掃除したり、服にアイロンをかけたり――」
「――駄目だこりゃ」
 シンタローが肩を竦めた。誰も俺に肝心なことを教えてくれない。
 ハーレムの顔を見るとドキドキしたりする。けれど、その先のことは、誰も教えてくれない。
 その先のこと――。朧気ながら、それが何なのかわかって来た気はする。でも、まだピンと来ないところが多々ある。
「おい、キンタロー……食事が終わったら話がある。俺の部屋に来い」
「お前には仕事があるだろ」
「仕事より大事なことだ。――それに、書類仕事はあいつらがやってくれる」
 ミヤギ達の能力を一応は買っているのだ、と俺は満足した。ミヤギ達もシンタローに頼りにされていると聞けば喜ぶだろう。例え、シンタローが仕事をさぼっても、だ。
「俺は今は遠征の予定もない。だから、コタローと遊んでやろうと思ったが、ハーレムとお前のやり取りを聞いていたら心配になってきた。お前、性の知識は?」
 ――うーん……俺はすぐに返事が出来なかった。
「――多少は」
「ほんとかよ。心許ねぇなぁ。あ、親父」
「おはよう。シンちゃん。いい匂いだね」
「マジック兄貴――シンタローがコーヒー淹れてくれたぜ」
「それは良かったね。ハーレム。ところでパパの分は?」
「自分で淹れろ」
「冷たいねぇ。シンちゃん。そこにあるのでいいから」
「それはグンマの分だ。サービス叔父さんとコタローと俺の分は後で改めて淹れ直す。――んだよ。冷たくて結構。重大なことをキンタローに教えなかったくせして」
 そして、シンタローはだんっ、だんっと大きく靴音を鳴らして台所へ消えて行った。
「――どうしたんだろうね、シンちゃん」
 シンタローはマジックに厳しい。特に今日は。それが、俺のハーレムへの恋心に密接に関わり合うものだとは、俺も何となく悟ってはいた。


2019.11.12

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