THA SONG OF SATHAN ISLAND

ACT:1 JAN
3
 時代は下り、青の系譜で約三百六十五代前――。
 文明はますます栄え、人類は数を増やし、自然科学は驚くべき早さで発達していった。島の人々は自然と共存することに長けていた。自然の要素を上手く使い分け、自由自在に操っていた。
 それはひとえに、人間が他の動物と言葉が通じ合うというところから来ているのかもしれない。
 島の動物達は人間のようによく喋り、悲しければ泣き、嬉しければ笑い、馬鹿にされれば怒る。動物達のリーダーが、人間だった。
 ここに至り、島は、青側の人間が住むエリアと、赤側の人間が住むエリアとに分かれた。と云っても、数が多過ぎるようになったから住むところを分けただけのことである。白亜宮は島の中心に今まで通り聳えていたし、両族の仲も、むしろ今までより良くなった。
 宮殿の日の出を告げる鐘が鳴る。屋根の上にいた鳥達が、驚いてバタバタと飛び立つ。宮殿の鐘は日に三度、日の出、正午、日没の時刻になると自動的に鳴る仕組みだ。
 アスがもぞもぞと起き出す頃、ジャンは既に出かけていた。

「……というわけで、調査の結果、新生児五百三十一人、死者三百二十五人で新生児の方が多いです。人口が増え、このままだと今年には一万人を突破する模様ですが……」
 ジャンと向かい合いに、ヨッパライダーが座っている。そばに島の長老カムイもいる。ジャンは二人に、せんだって行われた人口調査の結果を報告しているところだった。
「ふぅむ……」
 ヨッパライダーは不思議そうに首を傾げた。
「人間て奴は、どうしてこんなにたくさん死ぬんじゃろうなぁ」
「何を聞いておる。赤ん坊の方が多いと言うとるじゃろうが」
「死者が三百人以上いるのじゃぞ」
「生者必滅は世の習いじゃ。万年単位で生きるおまえさんと違って、人間は、いったいに短命じゃからのう」
 ちなみに、島の人間の寿命は百年。特に短命とも思われない。
「最近は、百年以上生きる人も稀ではないと聞いていますが」
「しかし、そんな短命ではすぐ足りなくなるではないか。どんどん補充せねばなるまい。だからかのぉ、人間が年中、生殖行為に耽っているのは……」
「え……」
 ジャンは赤くなってどぎまぎした。ヨッパライダーは、時々とんでもないことを言い出す。彼にも、目の前の大入道の言った言葉が何を指しているのか、わかったのである。
「人間が増えておると云うことは、補充が完璧であると云うことだな。良かった良かった」
「その辺でやめんか、ヨッパライダー」
 ジャンの様子を見てとったカムイが窘める。
「とにかく!」
 ヨッパライダーは威勢よく、酒臭い息を吐きながら膝を叩いた。
「こーんなに広くてでかい島じゃ。人間の一人や二人、ぱーっと面倒見てやるわい!」
「では、結果報告はこれで終わります」
 来るんじゃなかった。ジャンは思った。やはりこの仕事は今まで通りソネに任せよう。
「うむ。ご苦労じゃった。帰っていいぞ」
 カムイがねぎらいの言葉をかける。
「ここのところずっと働き通しじゃな。ジャン」
「ええ。島の為に働くのが楽しくて」
 今のこの仕事に嫌気がさしたのも忘れ、ジャンは嬉しそうに答えた。
 島の為に働くのが、いつの間にか彼の生き甲斐になっていた。泥棒を捕まえる、行事の手伝い、島のパトロール……ジャンには必ずやることがあった。
 彼はすぐには宮殿に帰らず、その足で東の森へ直行した。日が差さない為、暗く、湿っぽい独特の匂いがする。食人植物も存在しているなかなかに危険な場所で、普通の神経を持った者ならば、まず足を踏み入れない。だが、ジャンはここの植物の扱い方を知っていた。
「いよう、ソネ」
 片手を挙げて挨拶する。
 ソネは、声の方に振り向いた。
「なんだ。ジャンか」
 ソネは欠伸の出そうな声で言った。
 ソネは、下半身が植物のメタセコイヤ男である。もちろん、現在のソネの祖先である。顔はジャンにそっくりだが、黒髪を右サイドで立たせている。血の気が多く、足の代わりに木の根っこを持つ彼は、さだめし森の牢名主であった。
「ヨッパライダーのじいさんに会ってきたんだろ。どうだったい?」
 口元を悪戯っぽく上げ、斜め横からジャンの顔を覗き込むように見上げながら、ソネが聞いた。
「どうだったも何も……」
「相変わらず強烈なキャラクターだったろ?」
「ああ、ああ、ああ、ああ!」
 ジャンは怒っているように頭を振った。
「今度からまたおまえに行ってもらうぞ」
「へーい」
 肩を竦めながら、ソネは返事をした。ジャンがそう言うだろうことは、半ば予期していた。
「ところで何か変わったことは?」
 ジャンが訊いた。
「そうさねぇ。昨日ラッツさんのところに男の子が生まれた」
「本当か?! すぐお祝いに行かなくては」
「ところがその一日前にあの家のじいさんが亡くなった。今日が葬式だそうだ」
「…………」
 二人は複雑な面持ちになった。
「あそこのじいさんにはたくさん世話になったなぁ」
 ソネがぽつりと言った。粗野だが情には厚く、受けた恩は忘れない男である。
 パプワ島では、死は必ずしもネガティブな意味に取られているわけではなかった。死と云うのもまた、人生の一部分である。人は死に対して恐怖と期待を半々に抱いていた。
「この島に帰って来るといいなぁ、ラッツじいさん」
 パプワ島でもまた、輪廻転生の考え方が信じられている。ただ、仏教のそれと違うところは、魂の修行の為ではなく、新たな生を楽しむ為であると。ただ、どこでどんな風に生まれ変わるかは、余人の知るところではない。
 転生の例と云えば、島の長老カムイの場合、生前はれっきとした人間であったが、死後、ふくろうに生まれ変わったのだと云う。彼は上手い具合に前世の記憶をも持ち合わせている。
 流れていく命、たくさんの魂、生者必滅は世の習い――。
 目の前にいるソネも、いつか、”ソネ”でなくなる日がやってくる。
 植物が混じっているから、人間よりは長寿であろうが、それでも何十年、何百年か後には必ず――。
「ジャン、俺は死ぬのが怖いよ」
 ソネが言った。
「おまえはいいよな。そういうのがなくて」
「そうでもないさ。永遠に生きられるのも、なかなか大変なんだぜ。それに、この肉体は不死と云うわけではないからな。殺せば死ぬ。だけど、肉体は直っても、俺はずーっと”ジャン”以外の何者にもなれないんだものな。永遠に。こうやって、いろんな仕事をしたり、人の悩み聞いたり、無能な部下の世話をしてやったり――」
「ちょっと待て。無能な部下とは誰のことだ」
 ソネは、冗談めかして拗ねている。
「怒るなって。おまえのことじゃないから」
 ジャンが笑う。
「じゃあ、誰のことだ?」
「あ、そうだ。もう行かなくては」
 ソネの追及の手を逃れる為、ジャンはくるりと背を向けた。
「どこへ行く」
「三時から城で会議がある。その準備だ。じゃあな」

 ソネは手を振ってジャンを見送った。
 ジャンは年中コマネズミのように働いている。兄弟分のアスは悠然と遊び暮らして日を過ごしているというのに。
 きっとジャンは、いつでも何かをせずにはいられない質なのだろう。
 愛の為、人類の為、地球の為――見返りも期待できぬ大目的の為に働く人間というのは、生まれつきそうした性質を持っている者ではないだろうか。彼は、盲目的に、目的の為に働くことができるのであろう。
 そういう人間が永遠に生きられると云うのは、本人が思っている以上に大変なことではないだろうか。
「永遠の命――か」
 ソネはぽつりと呟いた。
「あいつ、この島でやることがなくなったら、いったいどうするつもりなんだろう」

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