士官学校物語・冬 ちらちらと細雪が降る。ジャンは、それを窓から眺めていた。 「そうだな」 サービスは、教科書を眺めながら、適当に返事をする。 今日は土曜日。ジャン達は、サービスの部屋に集まって(理由は一番綺麗だから)勉強会をしていた。朝からやっていて、時計が一時を回ったところだ。 マジックは遠征、ルーザーは研究、ハーレムも寮にいるので、今回の休みでは、兄弟は誰も家にいない。 だから、無理にサービスも帰る必要はないと云うわけだ。 「イザべラさん元気?」 「あの人はいつも元気だよ」 サービスがこっちを向いた。無関心そうに言ったが、その実興味を惹かれたらしい。 ジャンは、何度かイザべラと会ったことがある。気は強いが、優しそうな女性だった。 「帰らなくて大丈夫?」 「ジャン。君は僕に帰って欲しいのかい?」 「いや。そういうわけじゃないけど」 「イザべラ先生は今、グラントさんのところにいるよ」 「寂しくない?」 「全然」 (――嘘だな) ジャンは直感でそう思った。 サービスはページの端を、めくったり、いじくり返したりしている。 「ジャンは、イザべラ先生が好きなんですよね」 高松が優しく言う。 「そう。俺、あの人好き」 「ジャン。今が勉強の時間だってこと、忘れてないか?」 サービスが、険のある声で言う。 「いいではないですか。もう、きりのいいところまでやったんだし。この辺でちょっと休憩しませんか?」 「おう!」 高松の提案に、ジャンが張り切って返事をする。 「だから予習を……」 「後でいいじゃありませんか。そんなの、ねぇ」 「ねぇ」 「高松……おまえ、勉強嫌いじゃないだろ? ジャンだって、勉強好きだって言ってたじゃないか」 「勉強し過ぎて疲れるのは嫌い」 「同感です。さぁさ、サービス、ジャンも表に出ましょうよ」 「こんな寒い日に、外で何やろうってんだ」 「雪合戦、ですよ」 「雪合戦?!」 ジャンの瞳にフラッシュが焚かれた。 休みの時間にもやったことがあったのだ。それから、ジャンは雪合戦の楽しさに目覚めた。 故郷のパプワ島では、そんな遊びがあることも知らなかったから。 「やりますか?」 「やる!」 「仕方ないなぁ、もう」 サービスも立ち上がる。 「とか言って、張り切ってるんじゃないですか?」 「高松!」 図星だったらしい。 「でも、メンバーがこれだけではなぁ……」 「おっ。やる気ですね、サービス。大丈夫、暇人達を集めてきますよ」 「僕は暇じゃない」 「わかってますよ。けれど、余暇を楽しむには絶好の機会でしょう? いいですよ。私は。あなたが来なくても」 「……相変わらず意地が悪いな」 「人を乗せることが上手いだけ、と言ってくれませんか? 特に、あなたとは、付き合いが長いですからね。ジャンもやるでしょう」 「おお。サービスもやるよなっ!」 「ったく……僕も雪合戦は嫌いじゃないから、付き合ってやるよ」 「おまえ……これが暇人なのか?」 サービスが不機嫌な声を出した。 「気に入りませんか?」 高松はのんびり口調で言う。 「なんでハーレムがいるんだ!」 「暇だからでしょう」 「俺達が集めてきたメンバーでは不満?」 ジャンが言った。 「ああ、大いに不満だね」 「では、その不満を雪玉にぶつけてください」 サービスの文句を上手い具合にかわすなぁ、高松は、と、ジャンは感心していた。 グラウンドには、ジャン、高松、サービス、野沢、ルネ、ニール、カワハラ、教師の田葛、そして、件のハーレムである。 「俺だって、止むを得ず来てやったんだよ」 「おや、誰かさんと同じこと言ってますね」 「うるさい!」 サービスがぱこっと高松を叩いた。 「まぁ、こういう機会に生徒達との親睦を深め合うのも悪くはないと思ってな」 はっはっはっ、と田葛が大きく口を開けて笑っていた。 彼らの雪合戦は、特にルールはなし。枕投げと同じである。 「こらあっ! アンタ達! 私ばっかり狙うことないじゃないですか!」 高松が怒る。 「へへっ! 嫌われもんは辛いねぇ」 「なんですってぇっ! ハーレム! アンタに言われたくはありませんよ」 殆ど二人で雪玉を投げ合っている。 「つめたっ!」 「あ、ごめん。サービス」 ジャンが謝った。 「何言ってるんだ! 遠慮してたら勝負にならないだろ。にしても――おまえ、コントロール上手になったなぁ」 「え? ほんと?」 ジャンの顔がぱあっと輝く。 「ようし、見ててね、サービス。――わあっ」 「サービス様の薔薇色の肌に雪を投げるなんて、僕が許さないんだから」 「まぁまぁ、ルネ」 野沢が宥めようとした。 「相変わらず気色悪い奴だな! カマ男!」 ハーレムが野次を飛ばした。 「うーっ! ハーレム! あなたがサービス様の双子の兄なんて、認めませんからね!」 怒りと共に、ルネが雪玉を相手に数個飛ばした。 もう、そこからは、ぐちゃぐちゃの大混戦になった。 皆が気の済むまで暴れ終えた頃には、もう太陽は山の向こうに沈もうとしていた。 「ああ、遊んだ遊んだ」 ニールが、雪の原にぽすっと身を投げ出す。 「このところ、こんなに体動かしたこと、授業以外ではなかったですからね」 カワハラは、要領良く、皆の攻撃をかわしていたので、あまり被害はなかった。それでも、やはり、コートは濡れている。 「ハーレム! 絶対許さないんだから!」 「おう! 来い!」 「私も手伝いますよ、ルネ」 ハーレム、ルネ、高松は、まだ雪玉を投げ合っていた。 (ふふっ、なんか、面白いなぁ) ジャンが、その様子を眺めざま、そう思った。 コントロールも、上達しているような気がする。気のせいではない。サービスの保証付きだ。 (うっれしいなぁ~。暇なときは、野沢達とキャッチボールとかしてたからかな) ジャンは、終始笑顔だった。 「さ……さすがに全力投球は疲れるな、歳かな」 田葛が愚痴をこぼす。 ニールは、どこかに姿をくらましていた。どこかに行ったのだろう。 「さーて、気分転換した後は、学業もはかどりそうですね」 「はかどらなさそうな奴もいるがな」 高松に対して、サービスは、向かいを指差した。 ジャンは、教科書やノートの上に突っ伏していた。 「――やれやれ、よく遊びよく寝る。動物並みだな」 「いや、動物というよりこの人は……野獣」 二人はくっくっと笑った。 (聞こえてるぞ) ジャンは薄目を開けたが、次に何を言うのか気になるので、黙っていた。 「野獣には、美女がよく似合いますねぇ」 「そうだね」 「――ちょっと飲み物取ってきますね」 高松が台所に向かおうとしている。 「あっ、そうだ」 高松が振り向いて、サービスに親指を立てた。 「しっかり野獣を捕まえていてくださいよ。お姫様」 「――はぁ?!」 (なんだ? 今の、どういう意味だ?) 「――ちっ! なんなんだ、あいつは」 サービスも、ジャンと同じく、高松の言葉の真意を計りかねたらしい。いや、わかったとしても、認めたくないと云おうか――。 (俺はサービスのことを好きなんだろうか。サービスは俺のことを好きなんだろうか――) 不意に、そんな疑問が脳内を貫いた。 仮に好きだとしても、友達としての「好き」なのだろう。 『美女と野獣』と言うのも、そういうことを前提にして、冗談として例えたのだろう。 (わかってはいるけれど――) 考えると、動悸で胸が苦しくなる。ジャンは思索をやめ、本気で眠りにつこうとした。 士官学校物語・冬 第六話 BACK/HOME |