光と闇 あれから、ゆうに数年が過ぎた。 鏡の中に、真っ赤な総帥服に身を包んだ、己がいる。 軽いノックの音がして、部下の一人が入ってきた。 「失礼します。用意はお済みですか?」 マジックは、支配者の鷹揚な威厳を漂わせて頷いた。「ああ」 彼は未だ、二十歳を出たか出ないかの若者だったが、亡き父親に貫禄負けするなどということは、全くなかった。むしろ、父親よりその服装、総帥の肩書きがしっくりするようだった。まるで、着慣れた普段着のように。 それもその筈、周りによって、彼自身に定められた道によって、生まれた時から約束されている地位である。そうならない方が不思議である。 入って来た側近の男は、改めて見直す思いで、惚れ惚れと彼の姿を眺めていた。 「お似合いでございます。マジック様。お父様のように――いえ、お父様よりも」 「ありがとう」 お世辞ではない賛辞に、マジックは心よりの礼を述べた。 それが、自分にとって、何よりのはなむけの言葉であったから。 今からだ。と、マジックは思う。今までは、真の支配者になるための、いわば準備期間。これからは、己が真の覇王たりうるかを、片時も休むことなく、試されるのだ。 ならば私は生ききってみせよう。この世界を。たった一人の世界を。この不可思議な両目を持って生まれ落ち、計り知れない力をコントロールできることがわかった瞬間に約束された、この道を――。 時の間で敗れていった、運命の敗者達。 私は必ずや乗り越えてみせる。父すらも敵わなかった運命を超越し、全てを統べる者になろう。 その時、世界は己が足元に跪くだろう。 「どうなさいました。マジック様。なんだか愉快そうですが」 「――そうだな」 全く、今日ほど己のことを楽しめる日など、そうはない。 これから浴びせかけられるであろうたくさんの呪詛が、それを想像しただけでも、最高の祝福に感じられる。 光と闇の世界。そこに住むはもはや人でなく、神か悪魔の領域である。その世界への扉が今、マジックの前で開け放たれるのだ。 『マジック……運命の申し子。おまえしかいない。おまえしかいないのだよ』 憑かれた様に、盲目的にマジックに囁きかけてきた父。その側にいつもあった、純粋な青さを湛え、生命を持っているかのように輝いていた宝玉。 もしかすると、青の玉は、父を通して己の意志を、マジックに伝えていたのかもしれない。 それは、選ばれた印であろうか。それとも、逃れられない強力な呪いであろうか。 そんなのは、どちらだって構わない。光と闇の交錯する世界の向こうに、彼を待ち受けている何かがあるのだとすれば。 恃むのは、己一人。 「マジック様。そろそろ式の時間です。もうすでに弟御達も、お待ちしておりますよ」 「うむ。あまり待たせても悪いな。おまえも来てくれ。一緒に行こう」 「はっ」 マジックは部下と共に、この間亡くなった父に代わって、とうの昔から決められていたガンマ団総帥という地位に、正式に任命される儀式の行われる式場に、足を運んだ。 彼は、永劫の闇の奥でも、自身の光によって強烈に照らし出す、光の中の王である。彼はただ、自分の行く手だけを見据えていた。 その彼が、青い運命の使いと共に、世界征服への基盤を築き始めるために動き出すのは、もう間もなくであった。 ~終~ |