光と闇
7
 ハーレムはベッドに寝転がり、白い天井にあの時の光景を映し出してみる。
 燃え上がる炎。それを御する氷の瞳。あの瞳を見た時から、自分の中の何かが変わったのだ。思い出す度、肌の泡立つ戦慄が走る。
(リカードさんは、あの炎に焼かれたんだろうか)
 あの夜闇を日中と見紛う程に眩く照らす、美しくも恐ろしい灼熱の炎に――。だが、ハーレムは自分もその炎で焼かれてみたいと、思っているわけではなかった。むしろ――……。
(俺は……マジックの様になりたい)
 冷ややかに人の生死を支配する男。それはもはや自分たちの兄ではなく、マジックという一人の鬼神だった。
 天井を眺めるのを止め、くるりと横を向く。背後でドアの開く音がした。
 サービスが戻ってきたのか――ハーレムはそう思って、後ろも振り向かずに云った。
「――ノックぐらい、しろよ」
 だが、次の瞬間聞こえてきた声に、ハーレムは仰天して跳ね起きた。
「そうだったな。すまん」
 来たのはマジックである。
「マジック……」
 ハーレムは云いかけた言葉を、慌てて口の中で消してしまった。
 今のハーレムにとってこの兄は、神にも等しい存在。「兄貴」と呼ぶのは、似合わないような気がした。
「……? どうしたんだ?」
 マジックは大股に弟に近付き、隣に座った。彼が、何の変哲もない格好でこの部屋にいるとは。さして珍しくもない光景だが、今のハーレムには不思議に思えた。
「別に。なんでも」
 ハーレムはそっけなく呟き、ふいとよそを向いてしまった。拗ねた時によくやる仕草だが、今回は違う。マジックと二人きりと云う状況にどうすればいいのか、わからなくなってしまったのだ。
「ハーレム。こっちを向きなさい。ルーザーもサービスも、おまえのことを心配しているぞ。おまえの様子がここんとこおかしいと」
 兄の言葉に、ハーレムは兄の方に向きを変える。
 マジックも、妙に弟がよそよそしくなったことに気付いていた。部屋を訪ねたのも、様子を探るという目的もあったからだ。この変化は、あまりに急過ぎる。誘拐騒ぎがあった一件からだ。
 心当たりがないでもないマジックは、沈鬱な顔で弟に問う。
「――私のせいか?」
 ハーレムは俯いたまま、黙って首を振った。
 マジックもやはりどうしたらいいのかわからない。今度は質問を変えてみる。
「リカードに裏切られたショックが、尾を引いているのか?」
 ハーレムは再度、首を振る。
 だが、変わったのは、あの時がきっかけだったのだ。それは、間違いない。マジックはふっと溜息をつく。
「――おいで」
 マジックは更に弟に近寄り、彼の頭を自分の肩にもたせかけるように、抱いた。弟の態度や雰囲気には、それを拒むようなものは、含まれていなかったので。
「サービスから全て聞いたよ。おまえが、サービスを連れて自力で脱出したんだってな。すまなかった。おまえにあんなことやらせて。あの時の殊勲者は――おまえだ」
「兄貴……」
 ハーレムは抱きしめられて少し、緊張がほどけた。目の前にいるこの男は、間違いなく自分の知っている『マジック兄貴』なのだ。
「怖かったろう?」
「ううん」
 兄貴が来てくれるってわかってたから、怖くなかったよ――。
「そうか。だが、よくあそこから逃げられたな。そのための訓練なんか、全くしてなかったのにな。どうやらおまえは、思ったより機転もきくし、度胸もいいらしい。いつか……」
 マジックは言葉を止め、窓の外を見据えた。
「いつか……?」
「いや、なんでもない」マジックは優しい目をして、ハーレムの頭を撫でた。「訓練を重ねれば、大した戦士になるぞ。おまえは」
 兄の言葉が、じんわりと胸に染み込む。
 この兄に、認められたい。
 ハーレムは強く想い、数滴、涙をこぼした。涙は、マジックのワイシャツの肩を微かに濡らす。
 自分の友達を殺した男。裏切ったからとて、容赦なく部下を切ってしまえる男。だが、頭でそう思う以上に、惹かれていく心の方が強かった。
 俺は強くなる。絶対に。
 マジックのように。少しでも、マジックに近づけるように――。
 ハーレムは密かな誓いを、その胸に抱いた。
 一方、マジックは安心していた。
 心配はいらない。意地を張ってるようだと、サービスは云ったが、今はこうして完全に自分に甘え掛かっている。
 さっき、もしかしたら、自分が手を下し、リカードを『処理』したのを知って、心が離れていったのではあるまいかと、気を揉んだのであるが――。
(どうやら、杞憂だったようだな)
 マジックは、安堵しながら、ハーレムの肩を抱いた。

光と闇 第八話
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