光と闇
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「う ――……」
 ハーレムは薄目を開けた。
 半袖と半ズボンから剥き出しになった腕と足に冷たい床が当たっていた。
 ホテルの近くにある、港の埠頭の倉庫である。
「気がついたか?」
 藍色の闇の中から低い声が響く。
「リカードさん?!」
 ハーレムはがばと跳ね起きた……つもりだったが、ガスの効果はすっかり抜けきっておらず、がくりと頭を垂れた。
 傍らのサービスはまだ眠っている。
 手首に麻縄が食い込んでくる。足までは縛られてないから、自由に動かせるようにしてもだ。
 二人の胴と胴の間も、ロープで繋がれている
 暗闇の中で冷たい目が光っている。
「これは、どういうことだ!」
 麻縄で縛られた手を差し出して、ハーレムが叫んだ。眉をひそめ、どうしてこんなことをするのかわからないと云った表情で。
「君達を、我々の国へお連れするのですよ」
「我々の国……?なんだよ、それ」
 男は、ついこの間までガンマ団と争っていた国の名を口にした。
「冗談じゃねぇ!」
 ハーレムは立ち上がり、勇敢に吠えた。
「どうして兄貴の敵の国にわざわざ連れて行かれなきゃなんないんだ!」
「それは君の誤解ですよ。ハーレム君。我々はもうマジックの敵じゃない。そう――味方につけたいからこそ、こんなことをするのです。マジックが一言、我々の側につくと云えば、我々は喜んで迎え入れますよ」
「兄貴が……兄貴がそんなこと云う筈ない」
「だから、君達に来てもらうんです。ハーレム君。彼は何よりもまず家族や兄弟を大切にする。あの男を知ってる者から見れば、意外に思うかもしれないがね。今夜七時にここに船が着く――君達はそれに乗っていくんです」
「嫌だ!俺は帰る!兄貴の所に帰るんだ!起きろサービス!帰るぞ!」
「ん……うう……」
「そうさせるわけには参りません」
 かちりと撃鉄を起こす音がする。銃口が、ゆっくりと二人に向けられる。
「君達は我々の……人質だ。マジックを手に入れるための……」
「だからなんで……おまえらは一旦兄貴達に負けたんだろ?」
「もちろん、もちろん。確かに我々はあの男に負けた。ガンマ団なぞ、怖くはない。ただ、彼の力が欲しいだけ」
「兄貴は……おまえらなんかに負けないんだからな」
「その通り。簡単に負ける男ではありませんよ。でないと私達だって困りますしね。だから、君達には彼に対しての切り札になってもらう。そう、できれば、生かさず、殺さず……」
「はじめから、そのつもりだったのかよ。俺達を、騙してたのかよ!」
「違います。最初から、そうと云うわけでは、ありませんでしたよ」
 目が慣れたおかげか、リカードの表情がうっすらとだがわかる。
 色の薄いサングラスの奥の彼の目は、哀れみを湛えているように見えた。マジックの弟であるというだけで、巻き込まれなければならない、ハーレム達にか、それとも、こんなことをしなければならない、自分にか。
「……リカードさん?」
 ハーレムは幼い顔に不可解な表情を敷き、覗き込むように男を見上げる。
「まだ、私のことをそう呼んで下さるのですか?」
 彼の表情が、幾分和らいだように思えた。
「――私はね、あの国の出身だったんですよ。田舎でね。いい所だった。緑が多くて、静かで――ガンマ団との戦いで、あそこも戦場になってしまいましたがね。今更こんなことを云っても信じないかも知れませんが、私はあなたのお父上を尊敬していましたし、マジック――あの少年の行動力には敬意を抱いてましたよ。あの戦争がなかったら、多分私は一生、ガンマ団とあの親子に仕えていたでしょうね」
 彼の云っていることは、所詮は繰り言である。彼自身にも、それはわかっていた。
 銃口は、二人に向けて固定されたままである。
 サービスは青ざめた顔をして座っていた。だが、ただ恐怖に震えていたわけではない。負けそうな自分に負けないように、きっと唇を噛みしめ、目の前の男を無言で睨み付けていた。
 青の一族の男は、マジックの弟は、いつでも誇り高く、強くあらねばならないと。
 一見少女めいた姿をしたサービスの、気丈な一面であった。
 一方ハーレムは、何となく割り切れない、腑に落ちぬ様子で足を組んでいた。もはや敵意も、裏切られたという憤怒もない。サービスよりはもう少し、リカードの近くにいたせいで、彼のことをはっきり敵と決めつけられない、というのもあったろう。
 ガラガラと扉が開いて、彼の仲間の男が入ってきた。
 男はぼそぼそとリカードに耳打ちする。
「――わかった」
 リカードは二人に向き直る。
「ここらへん一帯の空港は全て封鎖されたらしい。――マジックが、どんな手を使ったのかわからんがな」
 云いながら彼は自分の腕時計を見やる。
「――七時五分前か」
 双子は長縄で互いに繋がれている。無論出港の際、連れて行きやすいようにだ。
 これをどうにかしなければ。ハーレムは弟に目配せした。
「リカードさん、リカードさん」
「なんです?」
「トイレに行きたいよ」
 ハーレムは急に体をくねらせた。
「早くしないと、もれちゃうよ~~」
「何?さっきまでそんな素振りは見せなかったが」
「急に行きたくなったんだよ~」
 些か呆れながらも、リカードは云ってやる。
「……もう少し我慢してなさい。船に乗ったら縄を解いてあげるから」
「我慢なんて出来ないよ!もう限界なんだよ~~!」
 サービスは、ハーレムの態度が既に演技であることを見抜いている。
「可哀想だよ。なんとかしてやって」
 サービスも懇願する。
「仕方がないな。……では外に連れていって、少しの間だけ腕の縄は外しますよ」
 二人を伴って外に出たリカードは、銃を懐に入れ、ハーレムの手首の戒めを解こうと屈む。外した瞬間、すかさずハーレムが飛びかかって銃を奪い、男に向かって発砲した。
 男が一瞬怯んだ隙に、彼らは脱兎の如く逃げ去った。
「子供が、逃げたぞー!」

光と闇 第五話
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