光と闇
2
 敵軍が降服し、ガンマ団が停戦の申し入れを受けたのは、あれから三日後のことである――。

「おーい、行ったぞー」
 さっきからぼーっと佇んでいるサービスに、ハーレムは声をかけた。ボールが、サービスの足元に力なく転がっている。
 ボールを拾い上げながら、ハーレムが訊いた。
「どうしたんだよ、サービス」
「――お兄ちゃん、まだかなぁ……」
 サービスはため息をついた。
「今日中に帰ってくるって、云ってたじゃないか」
「そうだけどさ……」
 サービスは、またつまらなそうにため息をつく。
「――ちぇっ」
 ハーレムはなんだかアホらしくなって、ボールを向こうに投げる。どうにも意気が上がらなかった。
 芝生に寝転がる。日光をたっぷり吸収した短い芝草は頬をちくちくと擽り、心地よい。
 頭上の雲がゆっくりと流れていくのを眺めていた。――と、そこへ。
「帰ってきたよ」
 双子達の兄、ルーザーが戻ってきて云った。
 わっと歓声が上がり、二人は我先に、芝生を横切り、ものものしい門へと向かった。ハーレムも、やはり兄が帰ってくるのを待っていたのだった。
「お帰り、お兄ちゃん!」
 戦地帰りの兄に、弟達は一斉に飛びつく。
「ただいま。いい子にしてたかい。おまえ達」
「うん!」
 勢いよく頷いたのは、サービスだ。
「私の留守中に、怪しいやつは来なかったかい?」
「来たよ。来たけど、大丈夫。リカードさんがやっつけてくれたもん!」
 ハーレムがはしゃぎながら答えた。
「そうか、いつもすまないな。リカード」
「いえ。仕事ですから」
 口髭を生やした、真ん中分けで黒眼鏡の、実直そうな雰囲気の男が、軽く頭を下げた。弟達専属のボディーガードの一人で、護衛軍のリーダーである男だ。
「本当は、私がもっとそばにいられるといいんだがな」
「そうだよ、お兄ちゃん。もっとそばにいて」
「でも、兄さんは戦いに参加しなくちゃいけなかったんだから」
 双子とは四つ違いの兄、ルーザーが口を挟んだ。十五だが、双子と比べるとやはり、少し大人という感じがする。
「でも、戦争はもう終わったんでしょ」
「ガンマ団が勝ったんだよな」
「ああ」
「父さんは、まだ帰って来ないの?」
「父さんはね――戦争の事後処理だとか、いろいろとやることがあるんだ」
 双子達は口々にいろんなことを訊く。
「戦地での話、聞かせてよ」
 目をきらきらさせながら、ハーレムが云う。
「後でな」
 マジックは軽く手を振った。
「私はちょっとリカードと話があるから。ルーザー、こいつらと遊んでてくれ」
「わかった」
「俺、マジック兄貴の方がいい」
「わがまま云うんじゃないよ、ハーレム。さぁ」
 ハーレムはしぶしぶ、二人の後についていった。
「――マジック様」
 マジックは相手の顔を斜に見上げ、リカードに話の先を促す。
「あなたの留守中、彼らを狙う者の数が増えてきています」
「やはり、そうか――」
 マジックは忌々しげに呟いた。
「あいつら、私がいないと思って――」
 マジックは難しい顔をして髪を掻き上げる。
 青の一族は昔から、秘石眼の力を欲する者や、その秘密を探ろうとする者など、敵にはことかかない。
 マジックは父に頼み、団内で特に屈強で忠実な者を選りすぐり、護衛団を結成させた。
 邸の中のセキュリティシステムは万全に万全を備え、弟達の外出時には常にボディーガードがついていた。屋敷内では不安を与えないために、邪魔にならないようにそれとなく動くことを指示している。
 そのおかげで、弟達は、とりあえずは何事もなく無事に過ごしていた。
 色が透き通るように白く、金色に光る麦の穂を思わせる髪と、純粋無垢な天使の笑顔を持つルーザー。
 マジックや父に似た、黄金のやんちゃな髪、強い光を帯びた、忙しなく動く子供子供した愛嬌のある瞳、活発さを全身から表す、ハーレム。

 淡いブロンドが波打って肩にかかっている、整った細い眉と澄んだ瞳、ふっくらとした唇、一見女の子のように見えるサービス。
 どれも、可愛いマジックの宝物だ。 彼らに手出しをする者は、誰であろうと容赦はしない。
「――そいつらのリストはあるか?」
「はっ」
 マジックの問に、リカードは頷いた。
「では、そいつらのリストを渡してくれ。もしリストにいない者がいるようだったら、徹底的に洗い出せ。私はさっそく仕事にかかる。――いや、明日にしよう。少しは弟達と遊んでやらなくては」
「では、その間に――」
「ああ、頼んだぞ」
 マジックは庭に弟達の姿を認め、近付いていった。彼がいる間、彼ら兄弟に手を出そうという命知らずなやつは、おそらく一人もいまい。


光と闇 第三話
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