光と闇 この間まで穏やかな自然と緑に囲まれていたここは、今や戦争の舞台と化していた。 赤地に白、「G」のロゴが黒く描かれた旗が、風を受けて翻っている。ガンマ団の陣営である。暗殺から戦闘まで、何でもござれの私設兵団である。 陣営の最上級司令官用の天幕の中で、一人の男が苛立ちを隠しきれずに、ただ一つの報告を待っていた。 整った顔立ち、毛一筋の乱れもない髪。鋭い眼光。ガンマ団の総帥であることを示す赤いブレザーを着ている。 「――あいつは、まだ来ないか?」 「はっ」 部下の一人が答えた。その時、味方のまだ年若い歩哨兵が飛び込んできた。慌てて体勢を整え、踵を揃えて敬礼する。 「総帥。ただいま到着した模様です」 「来たか」 今までの不機嫌が吹っ飛んだらしい男は、やにわに立ち上がると、歩哨と一緒に天幕を後にした。 ガンマ団はここ一週間、埒の開かない戦いを続けていた。相手は小国ながらも並々ならぬ堅固さと、列強諸国を押しのけるほどの強大な軍事力を誇っている。 だが、ガンマ団側も負けてはいない。最高司令官である筈の総帥まで、兵士達に混じって指揮を行うので、兵達の士気はいやがおうにも高まっていった。 大胆な戦力、豊富な武器・弾薬、総帥のカリスマによる兵士達の団結力――数の上では不利ながらも、軍としての力はほぼ互角と云ってよかった。 この戦いの鍵を握っているのは――。 「あれです」 歩哨が空の上の黒い塊を指さし、双眼鏡を総帥に手渡した。 上空を飛ぶ一機のヘリ。 男は急いで、ヘリが着陸すると思われる地点に、迎えに走っていった。何人かの兵士達が、慌ててついていく。 バババババ――キュンキュンキュン。 独特のけたたましく、重々しい機械の羽音を立てて、赤を基調とした機体が、地上に降り立った。 今まで総帥が待ち望んでいた人物が乗っている機に、他ならなかった。 重い扉が開き、十七、八くらいの少年が現れた。 日の光を受けて輝く、父親譲りの鮮やかな金髪。 意志の強さを示す、引き締まった口元。聡明そうな大きな目元。 そして、有り得ないほどに純粋な青さを持った瞳。 少年は白いブラウスと色褪せたジーパンという普段着姿を真紅のトーガで包んでいた。彼は視覚的に人々にインパクトを与える術を、すでに身につけていた。トーガの真紅で目を引く、格好のアンバランスさが、かえって己のカリスマを強めることを、計算に入れていた。 眩いほどの日の光が、少年の体を包んでいる。 兵士達は息を詰めて、少年の一挙手一投足を眺めていた。彼は生まれながらの王侯貴族のように、地に足を踏みしめた。 「父さん」 低いが、まだ少年らしさの残る凛とした声で呼ぶ。紅のトーガをなびかせ、すたすたと総帥に近づく。 「お帰り、マジック」 総帥が、息子を愛惜しげに呼んで迎える。 「どうだった?戦況は」 マジックは何も答えず、目だけで笑った。 「勝ってきたんだな」 「お察しのとおり」 「敵は?」 「――全滅さ」 「よくやった」 総帥はわしゃわしゃと息子の髪を掻き乱した。 「誰もおまえにかなう奴はいないさ」 二人の後ろ姿を見送りながら、一人の兵士が呟いた。 「マジックか……大したガキだな」 それを受けて仲間が、次々と喋り始める。 「出てきた一瞬、何が起こるのかと、どきどきしちまったぜ」 「今年で十八だろ?あの年齢で、あの雰囲気を出せるなんてな。風格っていうのかな。とにかくすげぇよ」 「将来今の総帥以上の総帥になるってうわさだかんな。なんせよぉ、ほれ――秘石眼っての?両眼ともあれだってんだからな。しかもそれを意のままに操れるって」 「うひゃあ。敵にまわしたくないねぇ。――敵さんが気の毒になってきたよ」 部下のそんな下馬評を知っているのか知らないのか、マジックは誇り高くきびきびと歩く。 「どうです?こっちは」 「――おまえを呼んだぐらいだ。わかるだろう」 「苦戦してるようですね」 「ああ……」 総帥は苦く答える。 今回マジックはたった一人遊軍として戦いに参加していた。 青の一族に代々伝わる魔の瞳――秘石眼。 使えば悠に百人単位は一度に殺せる。 だが、強大な力はコントロールできなければ大きなリスクを伴う。敵味方入り乱れて戦うこの戦場では、総帥もその力を発揮することができない。味方まで殺してしまうおそれが大だからだ。 だがその点――マジックの力は理想的である。効率よく敵だけを倒すことができ、しかももし味方への被害が、あったとしても最小限ですむ。手元に青の秘石があれば、より完璧なコントロールも可能である。 その結果、遊軍が本隊よりも強いという奇妙な状況を呈していたが――しかしさしあたってマジックは、団内で最も裏切る危険の少ない者であったろう。 「父さん。こっちには勝利の女神がいますよ」 そう云ってマジックは、青の秘石を取り出す。 秘石は彼の手の中で、彼の瞳の色と同じ、純粋な青を湛えて鈍く輝いている。 マジックはあでやかに笑った。 溢れんばかりの光に包まれた、光と闇への使者。 「さあ、行きましょう。父さん」 光と闇 第二話 BACK/HOME |