端書き(未完) ~南の島の歌シリーズ~
4
 テーブルに料理がずらりと並んだ。夕食はいきおい、朝、昼に比べて凝った物になってしまうのだ。
「おまえは?」
 焼いた魚をつつきながら、アスは訊いた。
「ベジタリアンなんだ」
「旨いぞ」
「いいってば」
「おまえ……」
 魚の切り身をつけたフォークを引っ込めて、アスが言った。
「動物を食わず、野菜しか食わないからと云って、生きている命をとってない、と云うことにはならんぞ」
「わかってるさ。でも、俺が育てた野菜だから……」
「殺す為に育てるのか?」
 俺は、アスを見た。アスは、素知らぬ顔で食事を続けている。
「……食事の習慣は、やめようか」
 俺は言った。アスはちらとも目を向けずに、答えた。
「偽善だな」
「偽善だと?」
「ああ、そうだ。食べなければいいってもんでもあるまい」
「だが、俺達は、何も食わなくても体を維持できるんだから」
「ほらほら。それが偽善だって云うんだ。殺すのが悪いことか――俺達にどうしてわかる」
「じゃあ、どうしろと言うんだ?!」
「黙って食事を続けろ。……おまえを責めたいわけじゃない。ただ……おまえも同じなんだってことを、知って欲しかっただけだ」
 そのとき、ふっと、肩の力が抜けた。
「そっか。……悪かったな。こんなことで大声を上げたりして」
 そう。同じなのだ。俺もアスも。
 食べるか食べないか、俺達にとっては、本質的な問題じゃあない。否、重要な問題ではあろうが、そんなに簡単に結論が出るわけがないのだ。
「食べないか?」
 鮭の切り身。いつもは平気で食べていたものだったが、いざこういうことになると、無駄に緊張してしまう。
 一口食べた。
「どうだ?」
「……旨い」
 俺は思った。この鮭も、今まで食べた物も全部、俺の身になっているのだろう。
 何故なら、味がわかるからである。本当に食事が不必要ならば、何を食っても、味などしない筈だ。俺達にも、食事は必要なんだろう。
 いみじくも、アスが同じことを言った。
「何も食わない日は、調子が悪い――気のせいかもしれんが。やはり、食事と云うのは、全くの無駄ではないのかもしれんな」

端書き5
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