端書き(未完) ~南の島の歌シリーズ~ 「おまえは?」 焼いた魚をつつきながら、アスは訊いた。 「ベジタリアンなんだ」 「旨いぞ」 「いいってば」 「おまえ……」 魚の切り身をつけたフォークを引っ込めて、アスが言った。 「動物を食わず、野菜しか食わないからと云って、生きている命をとってない、と云うことにはならんぞ」 「わかってるさ。でも、俺が育てた野菜だから……」 「殺す為に育てるのか?」 俺は、アスを見た。アスは、素知らぬ顔で食事を続けている。 「……食事の習慣は、やめようか」 俺は言った。アスはちらとも目を向けずに、答えた。 「偽善だな」 「偽善だと?」 「ああ、そうだ。食べなければいいってもんでもあるまい」 「だが、俺達は、何も食わなくても体を維持できるんだから」 「ほらほら。それが偽善だって云うんだ。殺すのが悪いことか――俺達にどうしてわかる」 「じゃあ、どうしろと言うんだ?!」 「黙って食事を続けろ。……おまえを責めたいわけじゃない。ただ……おまえも同じなんだってことを、知って欲しかっただけだ」 そのとき、ふっと、肩の力が抜けた。 「そっか。……悪かったな。こんなことで大声を上げたりして」 そう。同じなのだ。俺もアスも。 食べるか食べないか、俺達にとっては、本質的な問題じゃあない。否、重要な問題ではあろうが、そんなに簡単に結論が出るわけがないのだ。 「食べないか?」 鮭の切り身。いつもは平気で食べていたものだったが、いざこういうことになると、無駄に緊張してしまう。 一口食べた。 「どうだ?」 「……旨い」 俺は思った。この鮭も、今まで食べた物も全部、俺の身になっているのだろう。 何故なら、味がわかるからである。本当に食事が不必要ならば、何を食っても、味などしない筈だ。俺達にも、食事は必要なんだろう。 いみじくも、アスが同じことを言った。 「何も食わない日は、調子が悪い――気のせいかもしれんが。やはり、食事と云うのは、全くの無駄ではないのかもしれんな」 端書き5 BACK/HOME |