端書き(未完) ~南の島の歌シリーズ~ 辛辣で意地が悪く、したたかで気まぐれだった。そして、他と比べることができない程、純粋だった。 あいつの何気ない一言ではっとさせられたことが、何度もある。 その一言が相手の痛い所を突く、或いは場合によっては抉るものだったりするので、アスも随分他人からは憎まれ、嫌われていたろうと思うのだが、昔のあいつには、優しさのようなものもあった。 愛情表現が下手なのか、わざとそう云ったものを隠しているのか、わからないが、よくよく付き合ってみないと気がつかない。彼の欠点の多い性格を辛抱強く理解することで初めて、優しさのかけらに触れることができるのだ。 俺が城内にいる時は、大抵、いる。俺がどこかに出かけるときは、ふらりとどこかに消えてしまう。留守番も頼めない。 家事担当は主に俺。アスは家のことに関しては、全く腰を上げない。 別に物など食べなくても、俺達は死ぬことはないが、食事は日々の彩りである。今日は野菜のスープ、明日はコーンシチュー、献立を考えるだけでも楽しい。 人生の楽しみなんてものは、どだい全て無駄なものであるのかもしれない。人生そのものが無駄であるかもしれない。 俺が好きな南の島の自然も、エメラルドグリーンに青を溶かしこんだような海も、太陽の光も、命も、緑も、鳥も魚も獣も俺もあいつもどれもこれも皆、無駄。無駄であるが故に、俺達は生きている。……まぁいいや。とにかくアスは、俺の良き友達であった。 ん? 友達? ちょっと違うな。親友? いや、そんなもんじゃない。兄弟――まぁ、そんなようなもんであるかもしれない。生まれる前から、俺達は一緒だった。 俺は人々から慕われているらしいのだが、その中でも特に親しい者といったら、随分少ない。いくら仲良しになったとしても、その人はすぐに死んでしまう。年月のスパンが違い過ぎるのだ。皆、どうして死んでしまうのか。 俺と同じような立場にあるのが、アスだった。 どんなに年月を経ても年を取らず、事故やらその他の要因で死んだとしても、やがてそのままの姿で甦り、永遠に続く未来を生きていく。俺達が死んだとしても、それはいわば『仮死』の状態だ。 アスがいて良かった。その頃の俺には、一人で永遠を生きていくというのはどんなことかわからなかったが、それはアスがいてくれたからだ。彼のおかげで本当に救われた。 今なら言える。一人で生きていくというのは、辛いことだ。 「何見てるんだ? ジャン」 アスが訊いてきた。 「夕日さ」 「夕日? 珍しくもない」 「そうでもないさ。見ろよ」 アスは長椅子から立ち上がり、俺の隣に並んだ。 今まさに、水平線に沈もうとしている夕日。海に、淡い橙が溶ける。水平線が赤く燃える。霞んでいく太陽それ自体が、巨大な炎のようだ。炎は俺達の肌をも染める。 「なるほど――……悪くない」 アスはこの光景に見惚れているのだ。こいつは気に入った物、関心した物、興味を惹いた物については、「いい」と言わず、「悪くない」と答える。 「だろ?」 やがて陽は沈み、代わりに濃藍が空を覆っていく。 このバルコニーからは、集落の様子が一望できる。家路に着く人々。竃でも炊いているのか、煙突から煙が上がっている。家へ帰る途中の子供が、走っている。家々に、灯りが灯っていく。 空には星が見えた。アスの台詞じゃないけど、――悪くない。 「いつまで見ているんだ?」 「ん? ああ……」 アスに言われ、ようやくそちらを振り向いた。彼は、風景を見ることに飽いたらしかった。 「夕飯の時間だ。 もう作ってあるんだろう? 早く来い。でないと、おまえの分まで食ってしまうぞ」 「ああ。待ってくれ」 俺達は、食卓へと急いだ。 端書き4 BACK/HOME |