士官学校物語・春
7
「どうしました? ジャン」
「高松――」
 決して狙ってるわけではないのだろうが、どうして自分が困ってる時、タイミング良く現れるんだろう、とジャンは考えた。尤も、会う頻度が多いので、いつもはあまり意識しなくても、そういう、悩みなど抱えている時には、目立って高松が救いの神の様にも見えるのだった。
 実際、高松は年の割に大人びて、よく世の中のことや、人情の機微などを弁えているようだった。話しぶりなどが、時々赤い秘石を思わせる。ずかずかと人の領域に割り込むことはせず、適切な言葉をかけてくれて――大人で。
 ジャンは机に肘をつき、額に手を押し当てた。
「サービスを怒らせちまったかな……」
 高松は首を傾げて、話を続けるように促した。「それで?」
「俺は悪くない……と思う」ジャンはぽつり、と言った。「だけど――だからかな。余計に気になっちゃって」
「じゃあ、多分あなたが気に病むことはありませんよ。自分が悪くない、と思うなら」
「ありがとう。でも俺、これっておろそかにしちゃいけないと思うんだ。知らない間に人を傷つけているかもしれないって気持ちは」
「なぁに言ってるんですか。人は互いに傷つけ合いながら生きていく――なんて、今時小中学生でも知ってますよ。それ自体は、別に悪いことでもなんでもありはしません。人を傷つけないで生きていけるなんてこと、本気で信じているんだとしたら、ほんとにあなたは純な……」
 高松は、言葉を止めた。
「私はね、今までいろんな人を見てきましたが――初めてですよ。あなたみたいな人は。何も考えていないと思えば、人が気にも止めない所で悩み出すし、何も知らないようでいて、何もかも知っているように見える時がある。その逆の時もある。あまり他人に興味を持ったことなどない私ですが――あなたについては、少し知りたい気もします。ねぇ、ジャン。あなたは、いったい何者なんですか?」
「何者って……俺は俺だよ」
「独り言ですから、別に答えてくださらなくても構いません」ジャンの視界に立って見下ろしていた高松がついと脇に逸れた。「よろしければ、何があったのか教えてくださいませんか?ジャン」
 ジャンは、サービスとのやりとりを一字一句余さず話した。
「なるほどねぇ。そりゃ、あなたに直接責任はなさそうですねぇ」
 言いながら高松はしきりに顎を撫でる。
「まぁ、ほっといても、どうにかなるとは思いますが……ねぇ、あなた、サービスに謝るきっかけを与えてあげるつもりはありませんか?」
「え?」
「いやなら、無理にとは言いませんが――おや、誰でしょう。まだ消灯には間があるのに」
 ドアをノックする音が聞こえたのだ。はあい、と返事して立っていったジャンが扉を開ける。
「あ……サービス」
 予期しなかった人物が居る。さすがのジャンもどぎまぎしてうまく話せない。
「向こうから来るなんて珍しいですねぇ」
 耳のいいジャンに何とか聴こえるぐらいの小声で、高松が呟く。
「ジャン、突然だけどちょっといいかな」
 急いで来たのか、多少息を切らせたサービスが、前置きをしてこう言った。
「今、マジック兄さんが寮に来てるんだよ。で、ぜひおまえに会いたいって」

士官学校物語・春 第八話
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