士官学校物語・春 すぐさまガンマ団の入団テストを受けて、団員になるか。ガンマ団士官学校を卒業してから、団員になるか。他にもいろいろ道はあるが、さしあたって思いついたのがこの二つである。そのうち彼が選んだのは、後者であった。 わざわざ学校など行って遠回りするよりも、すぐ入団した方が早かろう。しかし、時間がないわけではないこと、知識を吸収するためにも、三年間の学校教育は有効であること、信用を得るためにも、何らかの肩書きは欲しいこと、これらを考慮に入れて考えていくうちに、道は一つしかなくなった。 ジャンは、ここに着いてから間もなく行われた、ガンマ団士官学校入学検定試験を受けることにした。それは一週間もの間、多岐に渡って行われた。 筆記試験、体力テスト、知能テスト、判断力テスト、反射神経テスト、射撃……その他諸々。 今まで勉強らしい勉強もしてこなかったせいか、筆記と射撃(コントロール能力を必要とするものは苦手らしい)は、惨憺たる結果だったものの、その他の実技は満点に近かった。後で聞いたところによると、知識は極端に落ち込んでいたものの、その他のずば抜けて良かった所には、特異な才能が感じられたらしい。ともあれ、彼は試験を通過して、晴れて士官学校生になることができた。 家庭科の時間には、島の皆が大好きなフルーツサラダを作った。器代わりの椰子の実がないのは残念だが、教官の間でも好評だったようだ。しかし、これは、ジャンにとって、他人にも好評を得ることができる、数少ない料理である。 だが、士官学校には学生寮があるが、入寮は四月以降にならないとできない。その間の住まいが問題だった。 島に帰ることはできない。本当に、よほどのことがない限り、帰らないという約束を、赤い秘石としてしまっているからだ。 一日二日はホテルで暮らしていたジャンも、これ以上当面の命綱である金を無駄に使いたくないと考え、安く上がる住居を探した。 郊外の湖畔にある家は、お誂え向きの場所だった。 ログハウス風の二階建ての家。鍵は壊れていて、家具は人がいたときと同じ配置のまま、うっすらと埃を被っていた。ジャンがそこを見つけたのは、ほんの偶然からだった。近くの住人に訊くと、何年も人が住んでいる様子はないという答えが返ってきた。最初に彼がやったのは、家中の家具をぴかぴかに磨き上げることだった。 二週間近くそこに住んでいるうちに愛着が湧いてきて、見たことのない士官学校の寮より、こっちの家の方が良くなってしまった。だが、この家の持ち主が他にいて、再びここに帰ってこないという保証はない。ジャンは仕方なく、どんなに気に入っても、ここは仮の住まいと割り切った。 そして、四月一日――。 黒のいかめしい鉄柵の門が、軋んだ音を立てて開かれる。緑の林の向こうに聳え立つ、真新しい白亜の寮舎。 校舎と同じ、四階建ての学生寮である。また、来た者を圧倒するぐらいに大きい。 「荷物、運びましょうか」 訊いてくる案内役の生徒に、 「自分で持つよ。重いから」 と、断った。 まんざら遠慮ではない。彼のボストンは半端でなく重いのだ。 玄関を入ってすぐの所はホールの様になっている。固いワインレッドの床。やたらと音が反響するようにできている高い天井。グランドピアノの置かれたステージ。格子のかかった大きな窓からは、柔らかい緑が目に飛び込んでくる。目を引く可愛らしい電灯の飾り。外観も室内も、総じて瀟洒な造りになっている。 全寮制ではないが、入寮希望者が多いという話も、現物を見ればなるほどうなずける。 部屋の割り当てが、真正面の壁に貼り出されていた。ジャンは早速確認に行く。 (302か――) 「ご案内します」 案内人に連れられ、ジャンは三階の東棟の端の方にあたる部屋に着いた。 出入り口から段が高くなっている、板敷きの部屋である。備え付けのベッド、机と椅子がある。白い壁にはクロゼット。ジャンは早速荷物を下ろした。 (他はどうなっているんだろう) ジャンが持ち前の好奇心を発揮して、室内を探検しようと思い立ち、廊下に出たときだった。 何人かの寮生達があちこち散らばっている。その中に見覚えのある顔を見つけた。 (あれは……) 「高松! 高松じゃないか!」 ジャンに声をかけられて、さすがに相手もびっくりしたらしい。 「ジャン! 久しぶりですねぇ。何となく、また会うんじゃないかって気はしてましたが、まさかこんな所で会うとはねぇ」 「高松――アンタこの寮に住んでいたのか」 「入寮したのは今日ですよ。私、301号室に居ます」 「じゃあ、隣同士だな。俺、302だから。奇遇だな。ま、よろしく頼むよ」 ジャンは高松に手を差し出す。高松も頷いて、その手を握った。 「俺、他に知り合いいないんだけど、高松はこの中に知り合いみたいなもん、いる?」 「ええ。ここにはまだ来てないですがね。まあ、私が早く来すぎでしたから。今年入ってくる人で……ある意味大変な人かもしれませんね」 「なに? 大変って、どういう意味?」 「有名な話ですから、すでにどこかで聞いたことがあるかもしれませんけれど。かなり前から騒がれていましたしね」 高松はこう前置きして話した。 「マジック総帥の弟ですよ。一人この寮に入ってくるんです」 「マジック総帥の……弟……?」 ジャンは、「本当か?」と高松に念を押し、相手に訝しがられた。 「嘘をついてどうなるというんですか。いくら四月一日とはいえ。その様子だと、あなた、やっぱり本当に知らなかったんですね。お疑いなら、教官にでも訊ねてみればいいでしょう」 (マジック総帥の弟が……来る) 迂闊だった。のんべんだらりと過ごしていて、情報収集も何もやっていなかったのだから。 だが、士官学校に入学しようとした矢先に、総帥の弟も同じ学校に進もうとしている。これがただの偶然といえるだろうか。 (いや……) ジャンは自問自答した。自分でも知らない間に目的に近付いていたのだろうか。 うまく行けば青の一族と直接知り合うことができる。目的はガンマ団及び青の一族の勢力を抑えることなのだから、敵を知っておくに越したことはない。 だが、正直いって、学校にいるうちは何も考えず普通の学校生活を楽しみたくもあった。今回、やけにのろのろと、使命を果たすのを後回しにしている感もある。 ジャンは、乗り気でない心の声の方は、敢えて聞かないことにした。 士官学校物語・春 第三話 BACK/HOME |