ナガサキ間者合戦 1

「全く――お前が全財産落とさなかったら今頃優雅な旅としゃれこめたことを――」
「ごめんってば、サービス~」
 黒髪の男が金色の長い髪の男に謝る。
「ふん、こんなヤツが私の親友だとはな」
「え? 親友って認めてくれんの?」
「一応な――まぁ、私には合っているのかもしれん。そうだろう――ジャン」
 ジャンと呼ばれた男はこくこくと頷いた。
「俺達ニコイチだもんな」
「ふん」
 サービスとジャンの二人は今、マグロ漁船に乗り込んでいる。マグロの臭いが染みついて溜まらない。サービスは眉を顰めた。
「故郷に着いたら湯浴みでもさせてもらおう」
「あ、俺も俺も」
「誰のせいでこんな目に遭ってると思うんだ? え?」
「――すみません」
 漆黒の闇の中を船が進む。――船は無事永崎に着いた。

「――ん?」
「どうしたっちゃ。ミヤギ君」
 ミヤギとトットリは夜更けの見回りに来ていた。
「あのシルエットは――まさかだべ」
 ミヤギの目にはサービスらしき人間のシルエットが見えたのだ。もし本当なら知らせなければならないが――。ミヤギは走り出した。
「ミヤギ君!」
 トットリも後を追う。
「――いない」
「何探しているんだっちゃ。ミヤギ君」
「サービス様らしき人が見えたような……ハーレムかもしれねぇべけどな」
 けれど、もう既に立ち去ってしまったようである。ミヤギとトットリは並よりずっと運動神経が発達している。視力も良い。そんな二人が見失うなんて――。
 今のは本当にサービス様だったんだべか――。
 ミヤギとトットリは間者である。あの人影がサービスだったとすると――サービスも間者なのであろうか。――何だか魚の臭いが漂っていた。

「おはようございます。シンタロー様」
 ティラミスが挨拶をする。
「おう、おはよう」
「てえへんだてえへんだ!」
「何騒いでいる。チョコレートロマンス。町人の真似して騒いでみせて」
 ティラミスが眉を寄せる。
「サービス様が――帰ってきました!」
「何っ?!」
「それもシンタロー様とそっくりの男、ジャン様と――って、シンタロー様?!」
「サービス叔父さんーーーー!!!!」
 皆まで聞かず、シンタローは走り出した。

「マジック兄さん。海外よりただいま戻って参りました」
 サービスが永崎式の礼をする。隣りのジャンもそれに倣う。
「いやいや。ジャンも無事で良かった良かった」
 マジックが嬉し涙を流す。
「――年を取ると涙腺が弱くなってね。サービス、ジャン。疲れたろう? 隣の部屋で寝ておいで。それにしても二人ともいやに魚臭いが――」
「手違いでマグロ漁船に乗せられたのです」
「そうだったのか。大変だったね。さぁ、休んでおくれ。――今日は祝いだ! ご馳走だ!」
「感謝します」
 サービスとジャンが奥の部屋に引っ込んだ。
「気に入らねぇな」
「――と、ハーレム! ノックはしなさいと言っていただろう」
「そんな南蛮の儀式に囚われるか。いや、あの二人はどうもうさん臭い」
「私にとってはお前の方がうさん臭いぞ。まさかご禁制の品々も扱っているんじゃないだろうな。船問屋の主であることを利用して」
「そんなこと兄貴には関係ないだろ」
「私は藩主だ。もしそんなことをしているんならお尻ぺんぺんしてやる」
「――アンタね。俺をいくつだと……」
「サービス叔父すぁぁぁぁぁん!」
 シンタローが勢いよく襖を開けて――壊した。
「シンちゃん。サービスだったら寝てるよ」
「そっか。……なら、邪魔しちゃ悪いよな」
「なぁ、兄貴。俺が同じことを訊いたら兄貴どうする?」
「――まずは襖を壊したことを怒るな」
「兄貴はシンタローに甘ぇんだよ!」
「まぁまぁ。シンちゃん、ジャンも帰って来ているよ」
「えー? あいつはいらねぇのに」
 シンタローが思いっきり顔をしかめた。ジャンはサービスのお荷物、とでも言いたいのだろう。
「まぁまぁ。ジャンも使える男だよ。仲よくしなさい」
「げぇっ」
「ははっ。兄貴は黒髪に弱ぇからな」
 ハーレムが嘲笑する。
「何とでも言いなさい。あ、こら、ハーレム、どこへ行く」
「高松のところ」
 ハーレムがマジックに向かって舌を出すと部屋を後にした。
「親父、高松とサービス叔父さんて、共に蘭学を学んだ間柄だっつってたよな」
「ああ。竹馬の友らしいね。ついでにジャンくんもだよ」
「サービス叔父さん、高松に実験台にされてねぇかな」
「さぁ……ジャンくんはよく実験台にされてたらしいけどねぇ」
「俺、パプワのところへ行ってくる」
「シンちゃん。朝ご飯は?」
「パプワのところで食う。どうせ俺が自分で作るんだ。コタローを起こして一緒に行こう」
「シンちゃん、パパは?」
「座布団でも温めとけ」
 シンタローのつれない態度に、マジックは大喜びで、
「うんうん、反抗期だねぇ。やっと人の親になれたような気がして、パパ嬉しいよ」
 とのたまっていた。

「高松――」
 徳田高松の部屋に、静かに障子を開けてハーレムが入って来る。
「おや、珍しく静かですね」
「いいか、高松。――サービスが帰って来た」
「知ってますよ」
「どこで聞いた」
「城で大騒ぎしてたでしょうが。町でもその噂でもちきりですよ」
「あいつ――どんな情報を握って来たんだか」
「それに、ミヤギ君とトットリ君がサービスらしき人を前の晩に見たと言っていました」
「あいつら――アホのくせに勘だけは鋭いからなぁ」
「どうします? ハーレム」
「放っておけ。どうせあのアホコンビには何も出来ねぇだろ」


2017.11.11

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