ナガサキに不穏な風が吹く 1

「ジャン」
「おう、サービス」
 サービスの隣に寝ていたジャンが答える。サービスが続けた。
「わかってるよな。今回の使命」
「もちのろん」
「この永崎を――守らねばならんな」
「そう。その為に俺達は戻って来たんだからな。俺はお前と一緒ならあそこで一生暮らしてても良かったけどな」
「――あの国はいい国だったな」
「そうだな。使命が終わったらまた行くとしようか」
「永崎もいいぞ」
「――わかってるって」
 ジャンが笑った。そして続けた。
「それにしても、狼国のヤツら、何考えているんだ。永崎に喧嘩売るなんて」
「これはただの喧嘩ではない。戦争だ」
 サービスが生真面目に語った。ジャンが頷く。
「――だな」

「あのー……そろそろ帰らせていただけませんか、パプワ様」
 シンタローが丁寧な態度で言う。
「ノン」
「――あっそ」
「――僕だったらずっとここにいてもいいんだけどな。家政夫もいるし」
 コタローが言った。家政夫とは、リキッドのことである。
「俺は、家政夫ですか……」
「あー、おほん」
 シンタローが咳ばらいをした。
「コタロー? お兄ちゃんとリキッドとどちらが好き?」
 昔――いや、今も時々マジックがシンタローにする質問と同じである。
(ねぇ、シンちゃん。パパとサービスとどっちが好き?)
 そんな質問をされる度に、
「叔父さん」
 と、シンタローは答えていたが。
「僕はどっちも好きだよ」
 コタローは如才なく返事をする。この年にして、大人の喜ぶ受け答えがわかっている子だ。もし、シンタローと言えば鼻血の雨が降るだろうし、リキッドと答えたらリキッドが殺されるだろう。
「そっかー。リキッドと同じかー」
 そう言いながら、シンタローはリキッドを睨んでいる。
「……な、何か寒気が……」
 リキッドは不穏な空気を感じ取っているらしい。
「じゃあ、お兄ちゃんの作る料理とリキッドの作る料理、どっちが美味しいかな?」
「お兄ちゃんの料理!」
 ――これは事実である。
「そうかそうか。お兄ちゃんの料理の方が美味しいか」
 シンタローは鼻血を垂らしながら悦に入っている。
「よし、リキッド。俺も手伝ってやる」
「ええっ?! お姑さんが?!」
「誰が姑だ! おら、そこどけ!」
「は……はい……」
 リキッドはシンタローの為に場所を空けた。シンタローは手際良く材料を切る。
 二人が食事作りに勤しんでいた頃、永崎城では――。

「やぁ、これはこれは近藤君。世界素敵中年大会以来だね。まぁ、あの時は私が勝ったけどね」
 マジックは得意そうに笑う。近藤イサミはぐぬぬ……と歯ぎしりをしている。
「それはともかく、今日の用事は何だね?」
 マジックが藩主としての顔を取り戻す。
「山南から話を聞いているでしょう。永崎を狼国の物にしたい」
「それだったら答えは決まっている。却下だ」
「でしょうなぁ」
 近藤はにやりと笑った。
「我々心戦組を敵に回したこと、後悔しないでくださいな。行くぞ。原田、トシ、ソージ」
「はっ」
 近藤達は去って行った。
「マジック様、いいのですか?! 彼らをあのまま返して」
 チョコレートロマンスが狼狽している。
「彼らに恨みはない」
「しかし、彼らをあのままにしておいたら後々遺恨が……」
「その時はその時だよ、ふふふ……近藤イサミ率いる壬生の心戦組が強敵になることはわかっている。しかし、勝てない相手ではない」
 ――そのマジックの笑いを見て、チョコレートロマンスとティラミスは青褪めていた。

 永崎にはいろんな店がある。
「この永崎藩が我々心戦組の物になったら、さぞかし壬生も潤うじゃろう」
 町をぶらぶら歩きながら、近藤は満足げに呟く。
 彼らの浅葱色の羽織りは目立つ。通りを行く人々はこそこそと囁いている。
「あ、ちょっと簪買いに行きたいけんのう」
 原田ウマ子が言った。ウマ子は見かけこそ髭面で筋肉質でゴツいが、実は妙齢の女性である。
「何じゃ。ウマ子も乙女じゃのう。わしらは宿で待っているから買ってきなさい」
「恩に着る、局長」
 ウマ子がその辺を見物していると――。
「おお、これなんかわてに似合いそうどす」
 女物の着物に男の声。
(何じゃ? あの人は――)
「あのー……」
「何どすか?」
「おぬし、声からしたら男性と見受けられるが、見た目は女性じゃのう……」
「あらうれし。お兄さん」
「わしゃあ女なんじゃが……」
「それは失礼しましたなぁ。わてはアラシヤマ。永崎の次期藩主の親友どす」
「原田ウマ子。心戦組じゃ」
 そう言ってウマ子は手を差し出す。アラシヤマの表情が変わった。
「心戦組って、あの壬生の?」
「そうじゃ……」
 嫌われたかもしれんのう。そう思ってウマ子はしょぼくれる。
「あんさんのような女ですら、こき使うんどすの? 心戦組は」
「ああ、そうなんじゃ……」
「酷いところどすなぁ……」
「まぁ、でも、仲間は多いし、賃金はちゃんと払ってくれるし――」
「噂とは全然ちゃいますのう。あ、そうだ。これ、出会った記念にもろてくだはりますか?」
 お金を払った後、アラシヤマはウマ子に簪を渡した。
「あ……ありがとう……」
 ウマ子はぼそっと低い声で礼を言った。
「わて、今からパプワはんのところへ行きますが、一緒にどうどすか?」


2018.01.22

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