ナガサキに不穏な風が吹く 2

「アラシヤマには悪いけど、宿でわしの帰りを待っている人達がおるんでな」
「ウマ子はんだって年頃の乙女やろ? どこかに行っても誰かと一緒におると思いますやろ。きっと」
「う……」
 ウマ子は全身が熱くなるのを覚えた。そして笑った。
「悪い男じゃのう、アラシヤマ」
「まぁ、ねぇ」
 アラシヤマが片目を瞑った。
「ほな、行きまひょか。そうや。パプワはんにも土産買っておきまひょかねぇ」

「パプワはん」
 扉を開けてアラシヤマとウマ子が入って行った。
「アラシヤマだな。そっちの女は誰だ」
「これ、お土産の饅頭どす。――しかし、流石パプワはんどすなぁ。ウマ子はんを女と見抜くなんて」
「どういう意味じゃ――まぁええ。それよりも……」
「よう。原田。簪は買えたか?」
 土方トシゾーが訊く。
「奇遇じゃのう、ウマ子。こんなところで会えるなんて」
 局長近藤イサミは笑顔で酒を飲んでいる。
「何で局長がこんなところにおるんじゃ」
「道に迷ったんだよ。このバカ局長」
 土方が局長を指差す。
「何を言う、トシ。わしの第六感でパプワくんのところへ無事辿りついただろう」
「何が第六感だよ。俺達の目的地は宿屋だったじゃねぇか。パプワくんに会えなかったら今頃どうなっていたことか……」
「結果オーライという訳ですね」
 ソージが口を挟んだ。アラシヤマは十歳ぐらいの男の子に声をかけた。
「――パプワはん、こちらは原田ウマ子はんどす」
「原田ウマ子じゃ。初めまして」
「ウマ子」
 パプワが言った。
「はい?」
「今日からお前も友達だ」
「あ、ありがとう……」
 としか、ウマ子には口に出来なかった。
「シンタロー。メシ作れ。――リキッドは?」
「もうすぐ戻ってくるだろ」
 ガラッ。ウマ子は、襖を開けた黄色と黒に髪を染め分けた男を見て思った。――超好みじゃ!
「お帰り、リキッド」と、パプワが言う。近藤がパプワをしげしげと見つめる。
「それにしてもパプワくん……君、どこかで見たような気がするんじゃが……」
「何だよ。また第六感かよ。いい加減にしとけよな」
 怪しげな第六感に頼る近藤に土方がツッコむ。
「いや……おお、そうじゃ。将軍に似てるんじゃよ」
「何ィ?」
 土方が素っ頓狂な声を上げる。
「――近藤さんよぉ……アンタの第六感があてになることはよぉくわかったから少し黙ってろ、な」
 土方が嫌味を言う。
「いや……でも……そう言われれば本当に似てるみたいじゃのう」
 ウマ子も近藤寄りの意見を言う。
「ふふ……」
 ソージが笑う。
「将軍とかには会ったことないけど、パプワくんはパパより偉いんだよー」
 金髪の美少年が口を開いた。ウマ子が訊いた。
「坊ちゃん、おぬしは?」
「僕は高屋敷コタローだよ」
「あそこにいるシンタローの弟だぞ。シンタローは僕の召使いだ」
 パプワがシンタローを指差した。
「はーいはいはい。あ、皆さん、ゆっくりしてってください」
「かたじけない」
「シンタローはん、こんばんはどす」
「あーん? 何か聞こえたみたいだけど、そら耳かぁ?」
「シンタローはん……」
 アラシヤマが泣いた。
「アラシヤマ……」
「いいんだよ。あの二人、いっつもああなんだから」
 と、おろおろし出すウマ子をコタローがなだめる。
「それよりもお兄ちゃん。帰りたいんじゃなかったの?」
「ああ。サービス叔父さんもいるしな。でも、コタローがここにいるなら、もうちょっと俺もいさせてもらうわ」
「僕は今日、ここにお泊りだよ」
「はっはっは。ここはいつでも無礼講だぞ」
 パプワがどこからか日の丸扇子を取り出す。
「ソージ、お酌してくれんかな」
 ざぱっ。
 ソージが近藤に酒をぶっかけた。
「一回十万ですからね」
「――ありがとうございます……」
「局長もソージも相変わらずじゃのう……」
 ウマ子は呆れた声を出す。
 でも、ウマ子は知っている。ソージが誰よりもこの局長を必要とし、信頼しているということを。
 ――まぁ、普段の言動を見ているととてもそうとは思えないのだが。
「さぁさぁ。本日の目玉料理ですよ」
 リキッドはどーんと大きな刺身皿を運んで来た。
「海の幸山盛りです。鍋もありますよ。今、持って来ますから」
「おお。旨そうじゃ。――リッちゃん」
「リッちゃん?」
 リキッドは不審げに首を傾げる。
「リッちゃんじゃろ。さっきパプワくんが『リキッド』って言ってたじゃろ? シンタローというのがあの長い黒髪の男で」
「まぁ、確かに俺はリキッドだけど、リッちゃんて……」
「リッちゃん……そのう……一目惚れなんじゃが……わしと付き合ってくれんかのう……」
 リキッドががはっと吐血をした。
「い、いや、俺、そんなシュミねぇから――」
「何を言うんどす。ウマ子はんはれっきとした乙女どすえ」
「え……? これが女……?」
「今年で17。食べ頃じゃよ」
 ウマ子が秋波を送った。リキッドがバタッと倒れた。
「おお、ウマ子がリキッドを目で殺したぞ」
「いや……パプワ、殺すの意味が違うと思うぞ」
 シンタローの顔が渋くなる。
 良かった、刺身は無事だね――と、コタローが心底ほっとしたように胸を撫で下ろす。
「リッちゃ~ん、リッちゃ~ん」
 揺さぶるウマ子にリキッドは「お花畑が見える~」と譫言を呟きながら次第に冷たくなっていった。
 ――永崎に不穏な風が吹く。その中で、これはちょっとした幕間劇であった。

後書き
こんにちは。架空の藩永崎藩が舞台のなんちゃって時代劇です。
読んでて自分で思わず笑ってしまいました。
私はリキウマよりアラウマが好きです。まぁ、リキッドにとっては命拾いしたというところでしょうかねぇ(笑)。
2018.02.04

BACK/HOME