クローン・クローン 2

「なぁ、高松。クローンはどのぐらいいるんだ?」
 サービスの質問に、
「43人ですねぇ」
 ――と、高松はけろっとして答えた。
「あんなのが43人も……」
 オリジナルも入れて44人か……サービスは頭が痛くなってきた。
「わっはっはっは! 矢でも鉄砲でも持ってこーい!」
 ジャンが豪快に笑っている。
「酒癖悪かったんだな。あいつ……」
 サービスは呆れている。それにしてもさっきからわんこそばのように次々と酒を注がれるのには参る。決して酒は弱い方ではないのだが、たくさんのハーレムの顔を見ていると心地良く酔えないのだ。
 ――さっきからそこら辺りをうろうろしている者がいる。
「どうしました? No.34」
 高松がクローンに声をかける。
「あ、高松……俺、ジャンが好きなんだけど、なかなか近付けなくて」
「勇気を持って話しかけてみたらどうですか? 応援してますよ」
 高松はにやにやしながら言った。
「うん。ありがとう。高松」
 瞳が潤んで頬が紅潮して――ハーレム本人が見たら砂を吐いてショック死するだろうな、と、サービスはちょっと意地の悪い想いを持った。
「ところでNo.3はどこにいるの?」
 クローンの一人――サービスには見分けがつかない――が言った。
「ボディーガードのアルバイトだと。何人かと一緒に行動してる」
「ふぅん」

 ――ある男が、歩道に佇んでいる。
「待たせたな」
 豪奢な金髪を一つに結い上げた少年がやってきた。
「私の護衛を引き受けてくれたのは君か。まだ子供じゃないか」
「俺は、こう見えても腕が立つんでね。それに、俺達は『護衛団』だ。皆、来ておくれ」
 少年が指を鳴らして合図をした。同じ顔が複数並んでいた。
 依頼人の男はがくがくと震えた。何だ、これは。悪夢でも見ているのか? そう言いたげである。
 同じ顔の少年が依頼人を取り囲んだ。
「俺達が護ってやるから大丈夫だぜ、アンタは。ああ、そうそう。俺達はハーレム。正式にはハーレムという男のクローンだ」
 ぐるりを見渡せば同じ顔、顔、顔。――依頼人の表情が引きつった。
「た、た、助けてくれ~っ!!」
 満月の中、男の叫び声が辺りに轟き、犬の遠吠えを誘った。

 翌日――。
「ん?」
 家に入ろうとしたルーザーが目敏く人影を見つけた。
「そこにいる人、出ておいで」
 長い金髪の少年がおずおずと物陰から出てきた。
「ハーレム!」
 正確には、これもハーレムのクローンである。だが、ルーザーは高松の悪行を知らない。
「どうしたんだい? そんなところで。入ろうよ。ね」
 オリジナルより黒目がちの、まるで少女漫画に出て来そうなハーレムが遠慮しながらルーザーの後に従った。
「どうしたの? ――いつもより可愛いように思うのは僕の気のせいかな?」
 ルーザーの言葉にクローンは微笑んだ。

「だから、今は帰ってくるなと言ってるだろう」
 サービスは北欧に出向いていたハーレム本人に電話で怒鳴った。だが、ハーレムは平気の平左で、
「おまえに何言われてもこっちは慣れてるからな。俺の帰るのを楽しみにしてな」
「今はダメなんだって、何度言ったらわかるんだい?!」
 オリジナルとクローンを会わせたらえらいことになる。サービスは必死だった。
「んだよ。別段歓迎しろと言ってる訳じゃないんだぜ」
「でも……」
 ガチャンと電話が切れた。
「あ……」
 ツー、ツー、ツーと鳴っている。
「ちっ。人の言うこと聞かないやつめ」
 サービスが受話器を叩きつけた。
 その少し前、家に帰った時サービスが見たものは――。
 ご機嫌のルーザーとそばにはべっているハーレムだった。
(クローンだな)
 本物はルーザーのそばに寄ろうともしないであろう。
「お帰り。サービス」
「兄さん、そのハーレムは……」
「ああ。可愛いよね。昔のハーレムが戻ってきてくれた」
 サービスは複雑な気持ちだった。
 兄さん、それ、ハーレムと違います……いや、クローンだから同じなのかな。
「兄さん」
 クローンが甘ったるい声を出す。ルーザーは猫にやるようにクローンの首筋を掻いている。
(高松が見たら殺しそうだな。クローンを……)
 サービスは溜息を吐いた。

「あ~あ、見張りかぁ……つまんねぇの」
 クローンNo.30はふわぁ、とあくびをした。
 ガンッ!
 鉄の扉が壊された。
「あ……あわあわあわ……」
 それは、最も恐ろしいクローン。No.43。
「大変だぁぁぁぁぁ!」
 クローンNo.30は急いで逃げ出した。

「何ですって? あの男が逃げた?」
 高松が電話で大声で叫ぶ。
「うん。今、仲間達と探しているところ」
「ったく、あのクローンどもと来たら……」
 元凶は高松なのだが、彼はもうそんなことを忘れているようだった。

 ハーレムが自家用機のタラップを降りた。サービスはジャンを連れてハーレムの元へ来た。
「ハーレム、あれほど帰ってくるなと……」
「そんな邪険にしなくてもいいだろが」
「でも、今回は理由があるんだ!」
 サービスは理由を説明した。
「ふぅん。俺のクローンねぇ……面白そうじゃないの」
 そう言ってにやりと笑う。
「面白がってる場合ではない! 僕はハーレムと会ったことを高松に言うからな」
 サービスは高松に連絡をする。そして――サービスも事情を知る。
「最も危険なクローンがどうやら逃げ出したらしい」
「ふぅん。なるほどね。じゃ、そいつを捕まえればいいわけだ。そんじゃ」
「待て、ハーレム!」
「サービス! 俺が行く! おまえはここで待ってろ!」
「――わかった。ジャン」
 ジャンとハーレムが駆け出した。

 糸目の女が占いをやっている。
「ハーレム、ちょっと訊いてみようよ」
「あーん? 占いだぁ? そんな場合じゃねぇだろが」
「黙って座ればぴたりと当たる。お兄さん方は特別にただで結構ですよ」
「ただか……そんじゃ、ちょっくら見てくれよ」
「えーと……お兄さん、私の好みですねぇ」
 占い師はハーレムを見てぽっと赤くなる。
「そんなこと、今はどうでもいいんだよ!」
「おや、黒髪のアナタ。男難の相が出てますね。アナタは女王様のような男の為に一生苦労するでしょう」
「俺のこともいいの! この人と同じ顔の男、見かけませんでしたか?」
 ジャンはハーレムを指さした。
「はい――ここにいます!」
 テーブルの布をめくったハーレムのクローンの持っているのはライフル。
「どええええええええ!!!!!!」
 ガーン! ガーン!
 弾丸がハーレムの肩を掠めた。
「ハーレム!」
「大丈夫、大したことはない」
「そうか。良かったな」
 ジャンの頭から血が流れている。ハーレムは、
「ぎゃああああああああ!!!!」
 と叫んだ。
「おまえ……それ、鉄砲の弾……」
「ああ、これか。よっ」
 ジャンが頭の後ろを叩くと、コンッと弾丸が出てきて落ちた。

2015.4.16

次へ→

BACK
/HOME