クローン・クローン 3

「さぁ、大丈夫だ。追跡を続けるぞ!」
 ジャンが仕切り直す。駆け出しながらもハーレムは、
(ジャンめ……こいつ本当に人間か?)
 と疑っていた。
 街が夕闇に溶け込もうとしている。

「あ、ルーザーだ!」
「逃げろ!」
 ハーレムのクローン達が一斉に散らばって、ルーザーの目を点にさせた。
「ハーレムがいっぱいだ……」
 残ったクローン――ルーザーに可愛がられていたクローン――がくすっと笑った。彼はクローンNo.42。誰からも愛されるであろうクローンである。
「じゃ、買い物行ってきます」
「悪いね」
 ルーザーがハーレム――正確にはハーレムのクローン――を送り出した。
 No.42が記憶を頼りに歩いていると――。
「?!」
 彼は気絶させられて物陰に引きずり込まれた。
「悪いね。こいつのことは利用させてもらうよ」

「むっ」
 No.9が鼻をひくつかせた。
「どうした? No.9」
「No.42と……No.43の匂いがする」
「わかるの?」
 他のクローンが訊く。
「俺、他の奴らより鼻がきくんだ。No.43の匂いも……嗅いだことあるからわかる」
「No.42はNo.43と一緒なの? じゃあ、No.42を助け出そう!」
「おーい!」
「あ、ジャンだ。そっちの男は俺達の仲間だな」
「ハーレムだ。アンタらのオリジナル」
「俺達、これからNo.42を助けに行くんだ」
 クローンNo.18が言った。ジャンも答えた。
「俺達はNo.43を追っている」
「好都合だ。俺らもそうしようとしてたとこなんだ」
 ――クローンから話を聞いたジャンとハーレムは、クローン達に力を貸すことになった。

 クローンNo.42が目を覚ましたのは廃屋のビル。群青色の暗がりの中に黒い影が見える。
「目覚めたか」
 どすの利いた低い声。
「あ、あなたは……?」
「ふふ、おまえさんの同類さ。おまえにはしばらく俺の人質になってもらう」
「――殺すの?」
「用が済んだらな」
「用って……?」
「復讐さ」
「やめなよ」
 No.42の声が凛と響いた。
「復讐なんて、やめなよ。ここにはいい人もいっぱいいるよ」
「は。ルーザーのことか」
「知ってるの?」
「オリジナルが一番忌み嫌っている男さ」
「でも、僕は好きだよ」
「ふん。単細胞」
「――僕を殺すなら殺していいよ。でも、殺すなら僕だけにして」
「つくづく甘ちゃんだな。おめぇは」
「――君、No.43だね」
「ああ、そうだ」
「……――僕を殺してくれ。頼む……」
 No.42は目を瞑った。
「おまえ――死にたいのか?」
「うん。死にたいのかも」
「何でだ。――俺と違ってお前は皆に愛されているのだろう?」
「でも、僕はオリジナルを超えられない。僕は秘石眼すら持っていない。誰に愛されようと、しがないクローンでしかないんだ……」
 No.42は瞼を閉じたまま涙を流した。
「おまえ――」
 No.43はNo.42に近付いて顔を向けさせた。そして、しばらく眺めた後、彼の涙を吸った。
「No.43――」
「ふん」
 バッ、バッ、バッ、バッ。照明のせいで窓の外が俄かに明るくなる。ウ~ウ~ウ~とサイレンが鳴る。
『No.43、君は既に包囲されている。武器を捨てて大人しく投降しなさい』
 高松の声だ。拡声器を使っている。No.9達のおかげでNo.43の居場所を知ったジャンがクローン達の生みの親の高松に伝えたのだ。
 バタバタとクローン達が廃ビルに入って来る。
「No.43、No.42から離れろ!」
 そう言ったのはNo.29であった。No.43は答えた。
「――わかった。こいつはもう用済みだ。連れて行け」
「アンタも来るんだ」
「へいへい」
「No.43、君は悪いヤツじゃない。僕を殺さなかった。……一緒に行こう」
 No.42の言葉にNo.43は、ふっと微笑んだ。
「――勝手にしやがれ」
 No.43は床に置いてあったライフルを蹴飛ばした。
 一時は誘拐犯として拘禁されたNo.43だったが、No.42の口利きで自由になった。
 そして――。

 ハーレムのクローン達は大多数が整形をして番号ではない名前を手に入れ、新しい人生を生きていくことを選んだ。クローンは秘石眼を持たないということで、高松から説明を受けたマジックも仕方なしに了承した。
「まぁ、これが一番いい方法だったかもしれませんね」
 高松が満足げに頷く。サービスも肩の荷が下りてほっとした顔をしていた。
「ああ、残念だ。No.8のほうれん草のキッシュを食べられなかったことだけが……」
 サービスが独り言を言う。
「おまえらは同じ家に住むのか?」
「ああ」
「僕達、恋人同士ですから」
 ハーレムの質問にNo.42とNo.43が答えた。
「元気でな――」
 クローン達はそれぞれ散り散りばらばらになった。
「なんか変な気分だよな」
「どうして?」
 ハーレムの台詞に、サービスはいたずらっぽく訊く。
「世界には自分にそっくりな人間が七人いるというけれど――オレの場合は43人もいるんだな」
「44人だよ。僕も入れて」
「ああ――そうだな」
 ハーレムが愉快そうに笑った。青い空がどこまでも続いていた。

 No.42はとNo.43は、整形をせずに人里離れた山奥に移り住んでいる。
 名前なぞいらない。彼らには、お互いの存在がいればそれで充分だった。
「水汲んできたよ」
「ああ」
 トントントン。包丁の野菜を刻む音がリズミカルに響く。
「君と――暮らすことができるなんて夢みたいだ」
「ルーザーにはとことん反対されたがな」
「うん。でも――」
「何だ?」
「僕の初恋は君だったから――」
「俺はおまえを殺そうとしたんだぞ」
「僕も――君になら殺されてもいいと思ってたしね」
「どうしてだ?」
「さぁ……君が助けを求めているように思えたからね。それに、オリジナルがいる今、僕は邪魔なだけだよ。僕には存在意義がない」
「俺にはおまえが必要だ」
「うん。僕にも……」
 料理をしていた男が包丁を置いて、相手にキスをした。
「ありがとう」
「それはこっちの台詞だ。おまえだけは――俺を怖がらないでくれたから」
「そうだね。君のことは怖くなかったよ」
「本当に怖いのはおまえの方かもな」
「どうして?」
「おまえには恐れがないからだ――それこそが、多分、俺が惹きつけられる理由かもな」
 本当は、理由なんかどうだっていい。お互い、大事にし合って生きて行こうと、二人のクローン達は思った。

後書き
ずっと昔から書きたかった物語です。
本当はもっと長かったんだけどな。
No.42とNo.43のその後が書けただけでも満足です。あと、ジャンが撃たれても平気なシーンも(笑)。
2015.4.22

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