クローン・クローン 1

「さあて、ルーザー様のクローン達の出来はどうでしょうかねぇ……」
 鼻歌まじりで高松が研究室のドアを開ける。
 その時、培養液に浸かってたのは――。
「あは、あは……嘘でしょう……?!」
 高松が涙と涎を流した。

「サービス!」
「ん?」
「私に渡したあの髪の毛、本当にルーザー様のものだったんですか?!」
「違うよ」
 サービスはあっさり言った。
「君に渡したのは、ハーレムの髪の毛さ」
「アンタのせいで大変なことになってるんですよ」
「僕が知るか。――髪の毛なら誰のでもいいんじゃないのかい?」
「よくありません!」
「どうしたの? 高松。何があったんだい?」
 サービスの竹馬の友、ジャンが牛乳パックの中身を啜りながらのんびり訊く。
「ともかく来てください!」

「わぁ……こりゃすごいな」
 研究室に来たサービスは眉を顰めた。そこにはたくさんのハーレムが――。
 組手をしている者、煙草を吸っている者、トランプでポーカーをしている者――。
「ハーレムがこんなにいるのなら自殺するね。僕は」
「だったらとっとと死んでください。ここにいるのはハーレムなんです。ただし、クローンのね」
「ああ、そうか。だからルーザー兄さんの髪の毛を欲しがったんだな。おまえ」
「そうです」
「おおかたルーザー兄さんのクローンいっぱい作ってハーレム状態にしたかったんだろう」
「ええ、まぁ……」
「良かったな。これも一種のハーレム状態」
「サービス~」
 高松はサービスの胸ぐらを掴んだ。
「何がいけないんだい? ほら、ジャンもクローンと仲良くなっているし」
 高松が見遣ると、ジャンがポーカーに混じっていた。
「ジャン~。遊んでる場合ではないでしょう」
「ん~。でも、せっかく来たんだし……」
「うるさいしワガママは言うし大変なんですよ」
「そりゃあこんなにいっぱいのハーレムじゃねぇ……」
 サービスもうんうん頷く。
「どうしてくれるんですか!」
「飼い主探せばいいんじゃないのかい? ポスターでも貼ってさ」
 サービス、ジャン、高松の三人の頭の中にポスターの図案がもやもやと浮かんだ。
 たくさんのクローンハーレム、そこに赤いゴシック体で『一匹いりませんか?』緑色の字で『かわいいです。もらってください』の文章が――。
「かわいいと言うのは詐欺じゃないかなぁ」
 とサービス。
「非常事態です。手段なんか選んでられませんよ」
「そういう問題か?」
 ジャンが高松に冷静にツッコむ。
「あ、いい匂い」
 そのジャンの鼻がひくひく蠢いた。
「みんな、ご飯だよ」
 クローン達がわっと飛びついた。
「いっぱいあるからね」
 鍋を持ったハーレムがにこにこ。ちなみにシチューのようだ。
「あの料理……ハーレムのクローンが作ったのか?」
「はい。クローン……番号No.8。料理の達人です」
「あ、アンタ達お客さん? 食べて行きなよ」
「はい。お皿」
「はぁ、ども……」
 ジャンは面食らってるが、おそるおそるシチューを口に運んだ。
「うおっ、旨い!」
「どれどれ」
「どうぞ。皆さんも」
「本当だ。お店出せるんじゃないか? これ」
 サービスも驚きの声を上げる。
「No.8だけは作ってよかったと思いますよ。この私も」
 高松が得意げに言った。
「後でほうれん草のキッシュ作ってくれないかい? No.8」
「喜んで」
「この人はただただ料理ができればそれで満足なんですよ」
「へぇー、オリジナルは料理が下手なのにな」
「クローンはそれぞれ得意分野が違うようです。例えば――」
「わぁ、美人だねアンタ。オレの恋人にならない?」
「なるか!」
 サービスに馴れ馴れしく近づいてくるクローンにジャンとサービスが双拳打を食らわした。
「こういうNo.15のようにしょうもないヤツもいます」
「さっさと片付けろ」
「そうしたいんですがねぇ」
 その時、ぴぃっと口笛がなった。
「へい。ただいま。みんな、ダンスホール貸し切りにして来たぜ。今夜はパーティーだ」
 ピンクの毛皮を纏ったクローンの一人が言った。札束をひらひら揺らめかしている。
 わぁっと、他のクローン達から歓声があがった。
「誰だい? あの派手なのは」
「No.27!」
 高松は叱った。
「勝手な行動は控えるようにと約束したでしょう。その札束だって」
「そうだ、そうだ! 君は金を無駄遣いし過ぎている!」
「これはお姉様方がくれたんだよん。――文句あっか。高松にNo.12!」
「君は金を湯水のように使っているが、一生懸命家計を支えている俺達を見ろ!」
 No.12は倹約家のようだ。そろばんをがちゃがちゃいわせている。No.27が凄んでみせる。
「自分で稼いだ金だからいいだろうがよぉ」
「仕方ないホスト野郎ですねぇ……」
「みんなー! パーッと豪遊しようぜ!」
「わーい」
「わーい、じゃないだろ!」
「あれ? 何だ、あいつら」
「『A、B、C♪ A、B、C♪
 おれたちゃ仲良しA、B、C♪』」
 A、B、Cとそれぞれアルファベットが書いてある袖の赤いトレーナーを着た三人組が歌いながらやって来る。同じ顔なのが不気味といえば不気味である。今更だが。
「悪夢だ……」
 サービスは真っ青になっていた。
「俺はNo.4」
「俺はNo.5」
「俺はNo.6。三人合わせて仲良しトリオ」
「おれたちゃ三つ子だぜ! ヒャッフー!!」
「はいはい。アンタ達の仲のいいのはわかったからあっちに行きましょうね」
 高松はA、B、Cをサービスから遠ざける。
 その時――どすん、と音がしたような気がジャンにはした。
(何だろ。一体……)
「なぁ、高松。あのドア、やけに頑丈そうだな」
 ジャンが訊く。
「はい。危険人物を監禁しているのでね」
「こいつら全員そうじゃないのか?」
 浮かれているハーレムのクローン達を見てサービスが呟く。
「あそこに閉じ込めているのはこのクローン達の中でも最も危険な男です。さぁ、行きますよ。ジャン、サービス」
「はあい」

「しかし、しかしだよ――」
 サービスには懸念があるようだった。
「あんなにたくさんのハーレム……秘石眼の持ち主がいたんじゃ……この世の中はどうなるかわからんぞ」
「ああ。それなら心配しないでください。クローンは秘石眼を持っていません」
「だけど……」
「サービス!」
 さっきのNo.27――服装がさっきと同じだから、多分そうだろう――がサービスの腕を引っ張った。そして続けた。
「どうせだからジャンも高松も今夜は騒ごうぜ!」
「賛成!」
「うーん……まぁ――たまには何もかも忘れて憂さを晴らすのもいいかもしれませんね」
「ジャン! 高松!」
「さぁさぁ! サービスも!」
 クローン達がサービスの背中を押す。
「誰かこいつらを止めてくれーっ!!」
 サービスの怒鳴り声が響き渡る。
「ね? 私の苦労もわかったでしょ? サービス」
「今は苦労しているようには見えんがな」
 高松がにやりと笑うのへサービスがわなわなと体を震わせた。まるでさっきまでの高松とサービスの立場が逆転したかのようである。クローン達がサービスをさらって行った。

2015.3.23

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