明日は永遠に来ない
2
 1970年代、アメリカ――
「そうか……わかった」
 サービスは受話器を置いた。
 さっきまで話していた相手は高松。ジャンと一緒に最後の酒盛りをした店が潰れたのだそうだ。
 これで、完全に約束は果たせなくなったな。
(私の……せいだ)
 ふとした瞬間に、ジャンの血まみれの死体が脳裏を過ぎる。
(許してくれ……)
「あなたに殺意はなかったんでしょう? ――不幸な事故だったのですよ」
 事情に詳しい高松が、慰めてくれた。
 彼がくれた、飲むと気が休まるというお茶も、飲用している。
 けれど……過去を消すことはできない。
 高松も言っていた。消す、ということが一番難しいのですよ。消す、というのがね、と。
(ジャン……)
 そろそろ命日だ。しかし、ガンマ団に帰る気にはなかなかなれない。時々立ち寄ることはあっても。
 兄達も甥っ子達も、サービスが来ていると聞くと、一生懸命歓待してくれる。特に、シンタローは。
(シンタロー……)
 母親譲りの黒髪に黒い目。しかし、どこかしらジャンに似ているような気がするのは気のせいだろうか。この頃、日増しに似てきている。
 あの子を見るのは、喜びであると同時に、辛い。
 忘れようと、本を手に取った時のことである。
 ノックの音がした。しかも、苛立たしく。
 サービスは美しい眉を寄せた。どうせろくな客ではあるまい。
 どんな奴かわからない。銃を持って、サービスは扉を開けた。
 彼の予感は当たった。
「よーお。久しぶりだな」
「なんだ? ハーレム」
 双子の兄のハーレムである。今、あまり会いたくない相手だった。
 豪奢な色の濃い金髪に、彫りの深い派手な顔立ち。繊細な顔のサービスとは、あまり似ていない。どちらも美形ではあったが。
「何しに来た」
「おまえを連れ戻しに来た」
 ハーレムの答えは簡単明瞭だった。
「帰ってくれ」
「帰るさ。おまえが一緒にくればな」
「君……わざわざ僕の家を捜しに来たのか?」
「その通りさ。今回は捜すのに苦労したぜ。アメリカにいるようだとはわかっていたけど、まさかこんな片田舎に住んでいるとはなぁ……。おまえもいい加減、世捨て人のような生活は辞めたらどうだ?」
「うるさい!」
 サービスは、ハーレムに銃口を向けた。
「それ以上言ってみろ……この銃が火を噴くぞ」
「はっ! 陳腐な台詞だ」
 サービスは唇を噛みしめた。確かに、そう言われても仕方のないフレーズではある。だが、ハーレムには言ってもらいたくなかった。
「ハーレム。そこをどけ」
「嫌だね」
 ハーレムは、いつもより真剣な顔をしている。青い目が光っている。どうやら、腹を立てているようだ。
 ハーレムとは長いつきあいだ。本気で敵に回すと――怖い。だが、サービスも、近頃の隠遁生活で、多少捨て鉢になっていた。
 彼らは、しばらく無言で睨み合っていた。
「――命が惜しいなら、出て行け」
 沈黙を破って、サービスが相手に命令した。
「――撃つなら撃て」
 ハーレムは言った。サービスが本当に撃つとは思っていないのだろうか。それとも、命を捨てる覚悟ができているのか。
 サービスはこの双子の兄が、憎かった。
 ルーザーを止めなかった、この兄、ハーレムと、長兄のマジックが。
 サービスは、次兄と親友を、同時に失くしたのだ。
 だけど――
「ここでは、撃ちたくない」
 それを聞いたハーレムは、いささかほっとしたように見えた。いくら肝が据わっていても、こんなところで無駄死にはしたくないだろう。
 撃ちたくない。それは本心だ。今はともかく、子供の頃は相棒だったのだから。
「さぁ、どいてくれ」
「どいたら、逃げるだろ?」
「逃げるさ。でも、今は君とは戦いたくない」
「やっと見つけたのに……」
 ハーレムは、ぎりっと奥歯を噛みしめたようだった。
「どうしても、帰りたくないか?」
「用がなければね」
 ハーレムの顔から先程までの怒気がなくなった。
「――そうか……俺も馬鹿だよなぁ、訪ねて行っても、いいことがないことぐらい、わかってた筈なのに――」
 ハーレムが独り言を口にし、ふっと、自嘲するように嗤った。
「じゃあ、せめて一晩泊めてくれ」
 図々しい奴だ。だが、寝ている間に逐電すればいい。
「――わかった」
 サービスは条件を飲んだ。
「後、酒も出しておいてくれ」
「いいのか? アル中になっても知らないぞ」
「俺のことを気にかけてくれるのか――だが、俺の体のことは俺が心配する」
「そういうんじゃなくて――」
 サービスは溜息を吐いた。
(だって、君が病気にでもなったら、巻き込まれるのは僕なんだ――)
 次兄のルーザーは、この不良の弟を本気で心配していた。サービスだって、気にならないといえば嘘になる。
 復讐したいほど嫌いな兄ではあるが、やはり、兄弟という絆が生んだ愛情は微かに残っているらしい。
(そういえば、こいつはあまりジャンとは相性が良くなかったようだな――)
 やはり、想いはジャンのことに戻る。
 しかし、ジャンの葬式の時には、さすがにハーレムも、厳しい顔をしていたし、いつもの元気もなかった。ジャンの戦死が他人事でなかったからか――それとも、やはり友達としての情はあったのか。たとえ、悪友してのものであっても。
「いい家だな」
「どうも」
 サービスの家は木造で、真ん中に螺旋状の階段がある。サービスも自分で気に入っていた。
「二階、使っていいから」
「おう」
 ハーレムは、サービスと隣り合って座った。
 もうじき、暖炉も必要になってくるだろう。
 しかし、サービスは、この家を手放す決心をした。
「なぁ……もうすぐジャンの命日だな」
「――ああ」
「まだ引きずってんのか?」
「そりゃ、ね」
「おまえが悪いんじゃないんだからな――そろそろ断ち切れよ」
「…………」
 ハーレムはわかっていない。
 わかるはずもない。親友の亡骸をこの目で見たわけじゃないだから。その姿を目にしたのは、自分と――長兄マジックだけなのだから。
 あんまし思いつめるなよ、とハーレムは言った。

明日は永遠に来ない 3
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