明日は永遠に来ない
明日は永遠に来ない
明日は永遠に来ない
明日は永遠に来ない

 1960年代、どこかの酒場――
「それでは、我々の再会を祝して、カンパーイ」
 高松の音頭で、三つのジョッキが高々と上げられ、ぶつかり合った。綺麗な泡が出ている。美味しそうなビールであった。ますはこのビールで唇を湿らそうと言うのだ。
「それにしても、こんなところで会えるなんてねぇ」
 高松が、感慨深げに言った。
「そうだな」
「これって、もはや運命じゃね?」
 サービスとジャンが、嬉しそうに応えた。
 サービスは綺麗な金髪をひとつに結わえて垂らした、美形の、まだ少年めいた青年。ジャンは、あまり長過ぎない黒髪の、逞しい、これは見るからに立派な男であった。高松は、これも黒髪で、この頃はジャンと同じくらいの髪の長さだった。垂れ目で、口元に黒子がある。
 彼らは親友であった。それとも悪友と言うべきか。
「ジャン、サービス。初陣はいつですか?」
「んー、いつだったかな。サービス知ってる?」
「――十日後だよ。それぐらい覚えとけよ。ジャン」
 サービスは見かけによらず、結構口が悪い。若いからだろうか。
 そう、この時、確かに三人はまだ若かった。
 十八に、なるならずである。
 尤もジャンは、俺、気の遠くなるほど生きてきたんだぜーと言っている。
 サービスも高松も、それは相手にしなかったが、後にジャンは真実を語っていたと知ることになる。
 閑話休題。
 西海岸風のこの酒場では、天井のプロペラが、空気を掻き回している。
 高松は、学会に行った帰りに、ジャンとサービスに会ったのだ。
 彼らは士官学校時代、悪友トリオであった。
 やはり、ここで会うとは、ジャンの言う通り、運命であったのかもしれぬ。
「おまえ、今はどんな変な薬作ってる?」
 サービスは口さがない。
「変な薬って失礼な」
「実際そうなんだから仕方ないだろ。まさか学校の後輩で試しているんじゃないだろうな」
「ああ、よくおわかりですね」
「――やっぱりな」
 サービスは呆れ顔になった。
「今のところ、死者は出ていないから大丈夫ですよ」
「そういう問題じゃない」
 言い合っている二人をよそに、ジャンは一気にジョッキを傾ける。
「ぷはー。旨かった。お代わり!」
「ジャン。今度はウィスキーを頼みましょう」
「おう。そうすっか」
「僕はいいよ」
 サービスは断った。
「誰もアンタに訊いてませんよ」
「――高松、四万円」
 サービスが言うと、
「どうしてですか? ビールだけじゃ勿体ないでしょう」
 と尋ねた。
 この態度の変わりよう――サービスは苦笑した。
「なんで勿体ないんだ?」
「ここの支払いはアンタがしてくれるんじゃないんですか?」
「悪いが、僕はそこまで親切じゃないんだ」
「だって、お金持っているのは、アンタだけでしょうが」
「なになに? サービスおごってくれんの?」
 ジャンが脇から話題に入る。
「仕方ない。おまえらの分は、いずれ返してもらう」
「借金ですかぁ? これ以上アンタに借り作りたくないんですがねぇ」
「我儘を言うな。これでも譲歩してやっている」
「はいはい、わかりましたよ。それで、どうして、ウィスキー飲まないんですか?」
「俺もそれが知りたい」
 高松とジャンに訊かれて、サービスは髪を掻きあげながらこう答えた。
「生きてまた帰ってくるまで、おあずけにしとこうと思うんだ」
「へぇー。それはまた」
 高松がピュー♪と口笛を吹いた。
「ウィスキー、そんなに好きなのか?」
 今度はジャン。
「ああ。大好きだからね」
「旨いもんな」
「そういうからには、生きて帰る覚悟がおありなんですね」
 高松がにやにやとしながら言った。
「もちろん」
 サービスは断言した。
「また、生きてここで会おうぜ」
「当たり前ですよ。アンタ達は殺したって死なないんですから」
「おまえもな」
 サービスの言葉に、高松は嬉しそうに頬を上気させた。
「ルーザー様も、あなた達が帰ってきたら、きっとお喜びになるでしょう」
「ああ」
 ルーザーは、線の細い儚げなところもある青年で、目下、高松の想い人である。
 高松がゲイだというわけではないのだが、ルーザーに寄せている好意には、計り知れないものがある。
「今日は、ルーザー兄さんと一緒じゃなかったんだね」
 ルーザーは、サービスの兄である。
「ええ。学会では御一緒させていただきましたが、その後、用があるとかで行ってしまわれました」
「ふぅん」
 ジャンは所在なげに、フォークでサラダをつついている。
「おや? ジャン。なんか今は静かですね」
「話の邪魔しちゃ悪いと思ってんだ」
「そうなのか。そんな気遣いがおまえにできるとは思わなかったよ」
 サービスの口調は、皮肉げだ。それが板についている感もある。
「俺さぁ……」
「なんだよ」
「いや。いい」
「本当に帰ってこられるか心配なんでしょう?」
 高松は何でもお見通しだ。
「俺はいいよ。俺はな。ただ……」
 ジャンがサービスの方をちらりと見た。
「僕だって生きて帰るさ。そして、ここでウィスキーを飲むんだ」
 サービスは、ジャンの台詞に、プライドを傷つけられた気がした。まるで、自分が生きて帰れることを疑っているように感じたからだ。
「そうだな。よし! 今度の戦闘が終わったら、三人で集まろうぜ。今日みたく、な」
 だがジャンが発したこの約束は果たされることがなかった。――ジャンは戦争で死んだのである。

明日は永遠に来ない2

BACK/HOME