ミヤギのお姉さん 後編

 イワテは、今度は静かにドアをノックした。
「入っていいぞ」
 その部屋の主が横柄に返事をする。
「お初にお目にかかります。東北ミヤギが姉、イワテにございます」
「な……な……」
 シンタローは、目の前の美女にどぎまぎしている様子だった。が、一緒にいたマジックは、
「ああ。初めまして。イワテさん。どうかリラックスしてください」
 と、少しも動じた様子がない。さすがは年の功である。
「――ああ、どうも。イワテさん。俺、いや、私はガンマ団総帥、シンタローと申しま……」
 イワテがくすくすと笑った。
「敬語が浮いてますわ。シンタロー総帥」
「あ……は……」
「まぁ、お互いに化かし合いはやめましょ。シンタローさん」
「は……イワテさん」
「イワテでいいわ。早速本題に入らせていただきます」
「ま、待った。それより先に、コーヒー飲みませんか? ブルーマウンテンでも。俺、煎れますから」
「まぁ、光栄ですわ。総帥自ら煎れてくださるなんて」
 イワテは顔を綻ばせた。さぞ花が開いたように思われるだろう。もちろん、計算だ。
「し……シンちゃん? パパには?」
「あぁん? 親父はインスタント飲んでろよ」
 シンタローの態度は、イワテとマジックとでは全然違う。
(私と同じにおいがするわね……)
 だが、そんなこと思ってる場合ではなかった。
 ――やがて、コーヒーが運ばれてきた。一口飲んでから、イワテは話し始めた。
「シンタローさん。私、ミヤギを家に連れて帰りたくて来たのですが」
「――何かあったのですか?」
「……祖母が危篤ですの」
「ええっ?! それは大変だ。すぐお見舞いに行かなきゃ……」
 マジックが立ち上がった。シンタローが腕を引いてまた座らせた。
「親父は黙ってろよ……本当に、お祖母様が病気……?」
「嘘です」
 イワテはさも楽しそうにころころと笑った。
「ただ風邪で寝込んでいるだけですわ。明日になったら薙刀振り回してますわよ。ちょっと弟に対しては脅しておきましたけれど」
「は……」
「でも、ミヤギを連れて帰りたいのは本当」
 イワテは笑うのを止めて真剣な顔になった。
「ああ。あの顔だけ阿呆ならいつでものしつけて返してあげますよ。……ただし、俺を納得させることができればね」
 シンタローの顔も引き締まる。マジックは黙って見守っていた。口の端に微笑みさえ浮かべながら。
「――……家族をいつまでも殺し屋軍団に置いておくわけにはいきませんもの。前線暮らしで、命すら賭けねばならないと聞くし。それに――弟に人なんか殺させたくないもの」
「それでミヤギを返して欲しいと」
「ええ」
 イワテは温かいブルーマウンテンをゆっくり味わってから首肯した。
「しかしね……あんな顔だけ阿呆でも、俺にとっては大切な部下……いや、仲間なんだ。ミヤギだけじゃない。トットリも、コージも、ついでにアラシヤマも(←小声)みんな、俺にとっては大切な仲間だ」
「シンタローさん……」
 顔がさっきより緩んだのがイワテ自身にもわかる。
「うんうん。若い者同士はいいねぇ。――しかし……さあてと。そこにいる君達……」
 マジックがドアに近付いてそれを開いた。
「うわぁぁぁっ!」
 ミヤギ、トットリ、コージの声が聞こえた。
「逃げても無駄だよ。さぁ、こっちに来なさい。命までは取らないから」
 マジックが言うと、観念して姿を現した。
「あ、アンタら。立ち聞きしてたの?」
 と、イワテ。
「ご、ごめんだべ~」
 ミヤギが泣きそうな顔をしている。
「姉貴には悪いけど、オラ、ここから帰る気ねえべ」
「何言うだ」
 イワテの口調も訛る。
「みんなアンタのこと待っとるべ。お祖母ちゃんも――ただの風邪だから心配いらねぇけんど、もう年だから」
「ばっちゃんが本当に危篤になったら帰るから――……それまでは……一生に一度でいいから……」
「”オラのわがまま聞いてけろ”」
 イワテが言葉を継ぎ足した。
「な、なして……オラのセリフを……」
「何かあったらそれだもの。いい加減覚えたわよ」
「い、イワテさん。あの、ミヤギは……」
 シンタローが何か喋ろうとする。
「うわーん。ミヤギくん、行っちゃやだっちゃ~」
 トットリがミヤギの腕にしがみつきながら泣いている。
「……どうやら私の完敗のようね」
 イワテは残念なような、しかしいっそどこか清々しいような気持ちになった。
「ミヤギを連れて帰るのは諦めるわ」
「わーい。良かったっちゃ、ミヤギくーん!」
 嬉しそうなトットリの声をよそに――イワテは「じゃあね」と別れを告げて部屋を出ようとした。
「あ、イワテさん。ひとつ訂正」
 シンタローの声にイワテが振り向く。相手はびっと人差し指を上に向けた。
「今のガンマ団は、もう殺し屋軍団じゃないぜ。平和的なおしおき軍団だ」
「……それって、今までとどう違うの?」
 イワテにつっこまれてシンタローは咳払いをした。
「――まぁ、とにかくさ、昔とは違うんだから、ミヤギをもう少しここにいさせてやってもいいんじゃないか?」
「私は構わんよ。久々にいいものが見れたしね。弟を気遣う姉。ミヤギを仲間だと言うシンちゃん。いい話じゃないか」
 マジックは鷹揚な口調で言葉を挟んだ。
「わかったわ。ミヤギをお願いね」
「ああ」
 シンタローが笑顔を見せると、少しきまり悪くなって顔を伏せる。
「わーい! 良かったちゃね~。ミヤギく~ん」
「うん、良かったべ~」
「これからも世話になるけんのぉ」
 わいわいと嬉しげな声を立てて笑い合う。イワテは少し寂しげに、今度はきちんとドアを閉ざす。
(『オラのわがまま聞いてけろ』か。この言葉に弱いのよね。私)
 ミヤギだって、あだやおろそかにそう言っているわけではなかった。祖母の反対を押し切ってガンマ団士官学校に行った時にも、この発言をしたものだった。
(仲間――か)
 くすんとひとつ鼻を鳴らした後、イワテの頭の中に、ある決意が浮かんだ。真一文字に唇を引き結ぶ。

 数日後――。
「な、なして姉貴がここにいるっぺ?」
 ミヤギにとっては、寄り付きたくもない医務室――怪我したのをグンマに無理矢理連れてこられたのである。
「じゃ、高松。後はよろしくね~」
「はいはい」
 高松はご機嫌だ。見た目より力のあるグンマを呪いながらミヤギが目にしたのが、イワテの白衣姿であった。
「私、今日からドクター高松の助手だから」
 そう言って、何か裏のありそうな黒い笑みの形に口元を歪めた。
「帰ったんじゃなかったべか? 姉貴」
「アンタとだったら一緒に帰るつもりだったけど、予定を変えたの」
「男しか入れないべ! ここは!」
「それがそうでもないのよ。結構裏道もあるもんよ」
 イワテはしれっと返答した。
「結構役に立ちますよ。この人」
 高松が珍しくグンマやキンタロー以外の人を褒めた。
「そりゃあ。医術の心得がありますもの」
 イワテも嬉しそうに肯定した。
「う、嘘だ……姉貴の知識なんてお医者さんごっこ程度のがせいぜいだべ!」
「あら……ミヤギぃ、お姉様に口答えするなんて、命が惜しくないの~?」
 イワテの笑みがますます深まった。
「ぎゃああああああああ!」
 ――ミヤギの将来に幸あれ。もし将来があったらの話だが。

後書き
東北イワテは、中学時代から温めていたキャラです。
どうも、『スカウトマンT』の焼き直しみたいな話になってしまいましたが(汗)。
まぁ、よくある話ですよね。
なかなか腹黒いところもある東北イワテ。私は好きです。また出番あるかな~。怪力という設定は生かせなかったですが。
読んでくださった方、ありがとうございます。
2011.3.29

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