HS ~ある双子の物語~ 第八話

「え…………?」
 今度はハーレムが固まる番だった。
「ほ……本気か?」
「本気!」
 サービスはきっぱりと言い切った。
「頼むからそれはするなよ、な?」
「うーん。どうしよっかなー」
 サービスは頭の後ろで手を組みながら、鼻歌を歌っている。
「わかった! 俺が悪かったから、どうかルーザーにだけは!」
「そうだな。そんなに言うんだったら、聞いてあげないこともないけど」
 サービスがいたずらっぽい笑みを浮かべた。この時はハーレムの顔なので、そういった表情が、すごくよく似合う。
「その代わり、ぼくの評判、落としたりしないでね」
「お、おう」
 まぁ、サービスったら、評判なんてすいぶん難しい言葉使うのねぇ……。
「ぼく、頭いいもん。おまけにかわいいし。ま、今はこんな姿だけどね」
「おい、サービス。誰と話しているんだ?」
「Tomokoさんと」
「なにぃ?」
 ハーレムは目を剥いた。
「おいっ! 俺たちはおまえのせいでこんなことになっちゃったんだぞ!」
 私、知らないもん!
「どうしたら元に戻るんだよ!」
 サービスまで……本当に知らないんだってば。
 ただ、双子がもしかして入れ換わったら、面白いかなーというコンセプトで書いているだけだから。
「それが、いけないんだ!」
「それがいけないの!」
 はいはい。それにしても、気が合ってるわねぇ、お二人さん」
「「冗談じゃない!」」
 二人は声を揃えて言うと、ずんずんと学校に向かった。

「あら、おはよう。サービスくん。今日はハーレムくんも遅刻しないで来たわね」
 廊下で出会ったアライ先生が微笑む。
「はよーっす。ほら、ハーレムもアイサツしろ!」
「お……おはようございます」
「あら、ハーレムくん、元気ないのね。どうしたの?」
「あ……あの……何でもありません」
(このハーレムの姿をしたぼくが『サービス』だなんて知られたら――ぼくは生きていけないッ)
 オーバーな……。
(何を言う。ぼくは、今日まで、必死に美貌を磨いていたんだよ! それをハーレムに乗っ取られてしまって……)
「あーん? なんか言ったか?」
 ハーレムが耳をそばだてながら、サービスに訊く。
「いや、何でもない」
 サービスだって、今はハーレムの体の中にいるんじゃない。
(それとこれとは別! ぼくはハーレムになんかなりたくなかった)
 じゃあ、ハーレムの心の声を読むよ。
(俺は……サービスがうらやましいときがあった……。女子と平気で話せてさ……)
(何ッ?! ハーレム、女子にはあまり好かれていなかったけど、そんなことを考えているなんて……)
(でも、俺には仲間たちがいるからなぁ。草野球で、どんなに汚れても、『ハーレムはしょうがないな』って、大目に見てもらえたし。もちろん、ルーザーは別だけど)
(…………)
(俺も……それなりに『ハーレム』としての生活をエンジョイしてたのになぁ……なんでこんなことになっちゃったんだろ)
 わかった? サービス。
「うん。ぼくと同じように、ハーレムも落ち込んでいるのがわかった……。でも、女子には優しくしてやんなきゃ。ハーレムは優しくないもん」
 まぁまぁ。一足早い思春期だと思えば。彼は照れ屋なんだよ。
「ようし。ぼく、『ハーレム』として、女の子には紳士的にふるまうよ。そしたら、元に戻っても、ハーレムは女子にモテたままだよ」
 それにしても――アンタは時々難しい言葉使うよねぇ。紳士的、なんてさ。
「だから、いっぱい本読んでいるからだよ。ルーザー兄さんと」
 そういえば、ルーザーさんは、サービスと仲が良かったよね。
「うん。ぼく、ルーザー兄さんのお膝に乗せてもらって、本を読んでもらったりしてたんだ」
 お膝でご本……ハーレムはやらせてくれそうにないね。
「うん。だから、ぼく、困ってるんだ。ハーレムはルーザー兄さんに素直でないし」
 はぁ、まぁ、それはね……。
「というか、ハーレム、ルーザー兄さんのこと、怖がっているように見えるし」
 ほぉ。やっぱりそうなんだ。サービスにもわかるんだ。
「なんか、遠まわしにバカにしてない?」
 してないしてない。
「なんでなんだろうなぁ……あんなに優しい兄さんなのに」
 あの二人には、いろいろあるんでしょうよ。
「Tomokoさん教えてくれる?」
 ……いつか、ハーレムの方から自然に教えてくれるわよ。
「でも、これが夢じゃないなんてねぇ……Tomokoさんのことだって、ぼく、はっきり言って夢の中の人物だと思ってたよ」
 夢の中の人物じゃなくて、悪ぅござんしたね。
「いや。ぼくは嬉しいんだ。こんなおかしな世界の中で、あなたこそ錨だって感じがするよ」
 そりゃどうも。
「――どうしたの? ハーレムくん」
 アライ先生の声だ。
「え? 何でもないですよ?」
「そう? ぼーっとしちゃって、なんか心配になっちゃったんだけど――……」
 アライ先生が心配してくれている!
 そのことだけで、なんだか舞い上がってしまうサービスであった。
「いや、ぼく……じゃなくって俺……」
「なぁに?」
「なんか……ちょっと調子悪いみたい。今までのことを思い返すとさ」
「あら。あんなに元気いっぱいだったのに?」
「恥ずかしいよ……」
「――早く、元気なハーレムくんに戻ってね。私、そんなハーレムくんが大好きだから」
 大好きだから、大好きだから、大好きだから……。
 サービスの脳裏を、アライ先生の言葉がエコーする。
 思わず、サービスはアライ先生に抱きつきたくなった。けれども、それはダメ。紳士的でないし、後でハーレムがどんなことを言ってくるか……。
 それにしても、ハーレムは役得だ。アライ先生に好きって言ってもらえたんだから。
 アライ先生は、ぼくのことはどう思ってるんだろう……。
「ね、ねぇ、アライ先生……ぼく……じゃなかった、サービスのことはどう思ってる?」
「大好きよ。あんな子供が欲しいくらい」
 サービスは……頭をガーンと殴られた気がした。
 アライ先生にとっては、サービスは子供なのだ。
 もっと早くに生まれたかった。
 サービスは、ぎゅっと服のすそを掴んだ。それに気付いて、慌てて離したが。――皺になってしまっていた。
「おーい、ハーレム。なにちんたらしてんだよ!」
(ああ、ハーレムのヤツ、言葉づかいがなってない! 後で注意しなきゃ)
「今行くよ。――じゃあね、先生」
「またね。――保健室の方にも、遊びに来てね」

HS ~ある双子の物語~ 第九話
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