HS ~ある双子の物語~ 第六話

 なんか、感じが違う……サービスは思った。
 いつもより、体が軽い感じ?
 それは悪いことではないだろうと考えて、洗面所へ行くと……。
 鏡の中にハーレムがいた。
(ぼく、まだ寝ぼけてんのかなぁ……)
 目をこすったり、ぐいーっと頬を引っ張ったりする。痛い。
 ということは、これは現実?
「う……うわぁぁぁぁぁぁ!」
「な、何だ! 何だ!」
 目覚ましでは起きなくても、弟の悲鳴には反応するハーレム。はっきり言って……ブラコン?
「うるせぇ!」
 ――殴られた。
「サービス! どうした! サービス!」
「あ……ぼく……ぼく……」
「ああ、なんだ、俺じゃねぇか……って、なんで俺がこんなところにいるんだよ」
「君だって、どうして僕の姿してるんだい!」
 はっきり言ってこれは、
「緊急事態だ!」
 彼らは同時に声を発した。
「それにしても……何でこんななまはげになっちゃったんだろう……ぼく、もう外出られないや」
「んだとう?! 俺だってこんな女みたいな顔やだぜ」
 第一、外に出られないなんて、俺に対して失礼だろうが……ハーレムがぶつぶつ文句を言う。
「女みたいって、何だよ! ぼくは立派な男の子だよ!」
 見かけは女の子っぽくても、なかなか骨のある勇敢なサービス少年が不平の声を上げた。
「女だろうがよ。いっつも身だしなみに時間をかけやがって」
「清潔なのが好きだからね、君と違って」
「俺が不潔みてぇじゃねぇか!」
「だって、草野球で、いっつも泥だらけにして帰って、マジック兄さんに叱られるだろ!」
 そこまで言って、サービスは、草野球に混じれるハーレムのことを、少し羨ましく思ったことを思い出した。
 ハーレムはハーレムで、ルーザーに、「男の子だから仕方ないよね」と微笑まれ、いつも汚れた服を綺麗に洗濯されていたことで、不愉快な気分になったことを忘れてはいなかった。
(怒るんなら、怒ればいいじゃねぇか。聖人面して)
 そして、はーっと溜息を吐いた。
「ねぇ……ハーレム。僕の姿はそんなにいや?」
「ん? そういうわけじゃねぇけど」
「ちょっと……いいかな?」
 サービスがもじもじし出した。
「んだよ」
 ハーレムが投げやりに訊く。
「ちょっと……服、脱いでみない?」
「はあ?」
「すっかり入れ換わってしまったかどうかわかるだろ?」
「うーん。それもそうだな」
 お風呂なら、この双子は結構一緒に入っている。羞恥心などはないが、改めて脱いで確認するとなると、どうもきまりが悪かった。
 だが、ハーレムはそんなこと気にしない。サービスは少し意識しているようだが。
 すっぽんぽんになった二人は、お互いに見つめ合ったり、鏡に姿を映したりしている。
 ハーレム(の体になったサービス)には、日焼けの跡があったし、サービス(の体になったハーレム)の体は、色が白かった。
「こーんな白い体になっちまって。俺、今年は海で焼こうって決めてたのになぁ……」
「全部焼くんだったら、夏にならないと」
 二人は、この期に及んでどうでもいい話をしている。
 しかし、ここで得た結論はやっぱり……!
 これは、大変なことだ。
「どうしよう……大変だ!」
 ジャン、一体どうしたんですか?
「俺は、サービスになったハーレムを愛すれば良いのか、ハーレムになってしまったサービスを愛すれば良いのか、わからない!」
 頭を抱えるジャン。
 好きにすればいい……当人達はもっと大変なんだから。
 ああ、そうだ。いいこと思いついた。
 どっちも愛してあげたらいいんですよ。
「そ……そうかい! グッドアイディアだね! Tomokoさん!」
 ふ……腐女子歴十ン年ですからね。
「バカなこと言ってないで、さっさと仕事しなさい!」
 ちぇっ、高松に怒られちゃった……。
 まぁ、いいや。とりあえず、この状況をどうしたらいいか相談するって流れになるわな。このままだと。どうしても。
「どうしたらいいと思う?」
「とりあえず、兄さん達に知らせよう」
「まぁ、待て待て待て。ルーザー兄貴にもこのこと言うのかよ」
「当然じゃないか!」
「あいつにだけは言うなよ」
「どうして?」
「どうしても!」
「何で、そこまでルーザー兄さんを毛嫌いするんだい」
「いろいろあんのよ」
「すかしてる場合?! 一生戻れなくなったらどうするんだい?」
「その時は、その時さ」
「僕は嫌だね。だいたい、この姿で得になるようなことなんて、何もないように思えるからね」
 幸せだった昨日までにさよなら。サービスは本気で思っていた。
「兄貴に言っても、戻らなかったら、どうすんだよ。ますます落ち込むだけじゃねぇか」
「う……それは、まぁ……」
 ハーレムの台詞に、サービスはたじたじとなる。
「だから……しばらく秘密にしておこうぜ」
「秘密?」
「そう、二人だけの秘密」
 いやに嬉しそうに、ハーレムはしーっというジェスチャーをした。
「……わかったよ」
「それにさ……まわりの大人たちをびっくりさせることもできるじゃん?」
「……悪い意味でびっくりすることになると思うよ」
「ようし、そうと決まれば腹ごしらえだ! サービス、じゃなかった、ハーレム、遅れんなよ」
「待って。ぼくからも条件をつける」
「条件?」
「ぼくの丹精込めてつやつやにしている髪の、手入れを毎日すること」
「えーっ、めんどくせぇ」
「僕がやってあげるから。めんどくさくても、ほら、座る」
「ちぇーっ。まぁ、いいけどさ」
 ハーレムはぶすくれていたが、サービスの指の動きに気持ちよさを感じる。髪や頭皮を大切に扱っているのがわかる。
(上手いな……将来は、床屋か、美容師?にでもなれるんじゃねぇか?)
 でも、それは無理な話。大人になったら、ハーレムとサービスはガンマ団で働かないといけないから。
 この小学校時代が、降って湧いた黄金色に輝く休み。
 時々、語り手の悪さや、ハプニングで大慌てになてしまうことがあっても。
 それを、この双子達はよく知っていた。
 ハーレムは、いつの間にか眠っていた。揺り起こされると、はっと目の覚めるような美少年が、鏡の中からこちらを見返していた。

HS ~ある双子の物語~ 第七話
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