HS ~ある双子の物語~ 第四話

「ごめんね」
 サービスが高松に謝る。
「何が?」と、高松は訊き返す。
「あいつ――ハーレムさ、決して意地悪じゃないんだけど、不器用でさ」
「知ってますよ」
 高松は、にこっと笑った。
「でも、なんでぼくに高松押し付けたかな、あいつ。まぁ、アライ先生に会えるからいいけど」
 高松は、サービスがアライ先生にほのかな恋心、というか憧れを抱いていることを知っている。
 これは、ハーレムも知っていてお膳立てをしたのだろうか。
「おい、高松! サービス!」
 後ろから呼び止められた。
「あ、先生」
 担任のササキ先生である。
「気になったから、来たよ」
「ああ。大丈夫ですよ」
「アライ先生に診てもらえ、な」
 ササキ先生は、高松に近づいて、ぽんと肩を叩いた。
「さ、ササキ先生……?」
 サービスは訝しげな声を上げた。
 その間に、ササキ先生は、保健室の扉を開けた。アライ先生は在室だった。
「あら、いらっしゃい」
 アライ先生は、鈴を転がしたような声で出迎えてくれた。
 綺麗なさらさらのロングヘアーをひとつにまとめている。肌は白い。目鼻立ちはモデル並みに整っている。
 そして、匂やかな色気。
 性格も優しくて児童達の人気者だ。そして、先生達の間でも。
「ササキ先生も来てくださったんですか?」
「ああ。ハーレムくんも、僕に『診てやってください』と言っていたもんだから」
 あれ? ササキ先生も、アライ先生に気があるんじゃなかったっけ?
 サービスとササキ先生をぶつけるようなこと……まぁ、ハーレムだったらするかな?
 それとも、単なる偶然か。
(まぁ、私にとっては少し興味深い、というだけで、どちらでも構わないんですがね)
 では、ここでハーレムに訊いてみましょう!
 ハーレム君は、サービスとササキ先生が保健室で会うこと、知っていましたね。
「ん。そりゃ、まぁ、そんなこともあるかもしれないな」
 一旦サービスに高松を託しておきながら、ササキ先生にも見舞いに行かせる。
 サービスとササキ先生の恋心を知っての犯行ですか?
「なんだよ、犯行って……たまたまだよ。たまたま」
 あなたはお二人の淡い憧れを知っていたんですか?
「知るわけねぇじゃん。そんなこと」
 だ、そうです。
「やっぱりハーレムがそんなデリケートな範囲のこと、気付いているわけなかったですか」
 ハーレムはムカッとした。
「失礼な!」
 はいはい。そこそこ。喧嘩はやめる。
「俺も、怒ってばかりいるのは疲れるから、サービスに任せたんだよ。俺と高松は犬猿の仲だからな」
「あなた、犬猿の仲なんて諺、よく知ってましたね」
「馬鹿にしてんのか?」
 はいはい。つまり、あなたと高松は、寄ると触わると喧嘩ばかりだから、少し離れた方がいいと思ったのですね。
「そうだよ。何か文句あっか!」
 何でです?
「そりゃあ、これ以上高松に嫌な想いをさせるのもあれだし……やっぱり今日のこいつは変だったからかな」
 高松君のことも考えていたのですか。
 彼が変だったのも、自分のせいだと。
「違うのか?」
「違います。ただ、あれはちょっと考え事をしていて」
「何考えてたんだ?」
「言えません」
「――そうだな。言いたくないことってあるもんな」
(俺だって、ルーザーとかには死んでも知られたくない秘密のひとつやふたつ、持ってるもんな)
 と、ハーレムは考えた。
「私、あなたのことだったら気にしてませんのに……あなたと喧嘩するのも楽しいですよ」
「ほんとか?! 高松!」
「本当です」
 ああ、あついあつい。あなた方って結構バカップル?
「誰がバカップルだ!」
「私達はただの喧嘩友達ですよ!」
「そうそう」
 なんだ。高ハレが書けると思ったのに。
「書くなよ、んなもん」
「私達小学生ですから、そんなもん書いたら罰が下りますよ。あなた、仮にもクリスチャンでしょうが」
 そう。私、Tomokoはクリスチャンなのです。
「生臭だけどな」
 まぁ、そう言わないでくださいよ。ハーレム。
 舞台は保健室に戻りまして。
 サービス君が、アライ先生に見惚れています。
(やっぱり綺麗だな。アライ先生。髪の毛なんか、絹のようじゃないかしら)
 自分のように、毎朝念入りに手入れしているのだろう。
 アライ先生は、二、三度高松に簡単な質問をしている。
「まだ、頭痛む?」
「いえ」
「吐き気とかは?」
「しません」
 さすがの高松も、アライ先生の前では、神妙にしている。
 そのぐらいの人格の力の持ち主でもあるのだ。
(ぼく、将来はアライ先生のような女の人と結婚したいな)
 男の子なら、大人の女性に憧れるのも、珍しくない。
 サービスは早熟でもあるようだし。
 けれど、わかってる。自分とアライ先生とは釣り合わないこと。年齢的には。
 ササキ先生の気持ちもわかっている。ササキ先生は、立派な男性だ。
 ササキ先生とアライ先生なら、お似合いのカップルになるだろう。そう思うと、ちょっと胸の辺りがもやもやする。
(ササキ先生は、アライ先生に会いに来たんじゃないのかな)
 もちろん、高松のことは心配だったのであろうが。
「じゃ、僕はこの辺で」
 ササキ先生が言った。
 さっきの想像は、ただのサービスの杞憂だったのだろうか。それとも、あんなことを思ったのは、ササキ先生に、大人としての余裕が備わっているからか。
 大人になりたい……早く、早く、とサービスは願った。それは、ある種の変身願望だったかもしれぬ。
「高松。もう少しゆっくりしていっていいぞ。朝は、大人げなかったと反省している。サービスも、ちょっとはのんびりしたらどうだ? いつもがんばってるだろ?」
 ササキ先生がウィンクする。
「ぼく、一緒に行きます」
 真っ赤になったサービスも、ガタンと椅子から立ち上がった。やっぱりササキ先生には敵わない。

HS ~ある双子の物語~ 第五話
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