HS ~ある双子の物語~ 第三十三話

 チリリン、チリリン、チリリン……。
「ほら、ハーレム、もう朝だよ」
 ハーレムに呼びかけても、返事がない。
「ハーレム! 起きろよ!」
 サービスがハーレムを揺すぶると――ハーレムの体が熱い。それに、息が苦しそうだ。
「ハーレム! ハーレム!」
 サービスが呼びかける。
「あ、サービス……俺は大丈夫だから……」
「大丈夫なわけあるもんか! そんなに苦しそうで――今、お兄ちゃん達呼んでくる!」
「いいってば……」
 ハーレムが体を起こそうとする。しんどそうだ。
「君は大人しく寝てろよ!」
「平気だって、ほら……」
 ハーレムがベッドから降りようとする。その時――
 ハーレムが気絶した。
「ハーレム……!」
 サービスがハーレムを揺さぶり続けた。それでも、ハーレムからは返事がない。熱い吐息。ハーレムには高熱があった。
「うわあああん。お兄ちゃーん! お兄ちゃーん!」
 サービスは泣き続けた。

「原因不明の高熱ですな」
 かかりつけの医者が言った。
「明日まで熱が下がらなかったら……覚悟することですな」
「そんな……!」
 サービスの涙腺からはまた涙がこぼれた。
「弟は、そんなに悪いのですか?」
 マジックが医者に訊いた。
「あまり良い状態ではありませんね」
 医者は、溜息を吐いて首を横に振った。
 そういえば、サービスはあまり丈夫な方ではなかった。今ではもうすっかり健康体になったので安心していたが――。
 まさかこんな形でしっぺ返しがくるとは。
「ハーレム」
 マジックがぎゅっぎゅとタオルを絞り、畳んでハーレムの額の上に置いた。
「薬を飲ませるから、吸い飲み持ってきてください」
 医者が言った。
「わかりました」
 ルーザーは引き受けて部屋を出る。
「ハーレム。ここはいいから、おまえは外に出ていなさい」
 マジックの厳しい声。顔も険しくなっていた。
「そんなわけにはいかないよ」
 サービスが珍しく反駁した。
「俺もついていてあげないと」
 マジックは黙ってサービスの顔を見つめていたが、やがて、
「少しだけだからな」
 と、折れた。
(ハーレム……)
 サービスは心の中で今は自分の姿である双子の兄を呼んだ。
 長い睫毛、薔薇色の頬。ルージュをひいていないくせして、真っ赤な唇。
 これが自分なのだと思うと、サービスは奇妙な心持ちになった。
「ここしばらく、無理していたからな」
 マジックが気落ちしていた。
(ぼくのせいだ。ぼくが丈夫で生まれて来なかったから――)
 サービスがハーレムの手を取った。
 ハーレムの瞼が開いた。
「だいじょうぶかい?」
 サービスが笑いかけようとした。そうでないと、泣きそうになったからだ。
「おまえ……元気か?」
 相手が質問をする。ずいぶん間の抜けた問いだ、とサービスは思った。だが、答えた。
「ああ……元気だよ」
「そうか……良かった」
 苦しい息の下から、ハーレムが微笑った。
「病気になッたのがおまえでなくてよかった……」
(ハーレム……)
 だめだ、泣きそうだ。
(どうしてぼくの心配までするんだい。どうしてそんなに優しいんだい)
 ハーレム――!
 神様、お願い。
 ぼくもうわがままいいません。だから、だから。
 ハーレムを助けて――!
 光が――!
 サービスの目の前に現れる。サービスは目を閉じた。
 瞼を開くと、そこは真っ白な空間だった。
「ここは――?!」
 よく来たわね。サービス。
「誰? もしかして――!」
 そう。Tomokoよ。そして、あなた方の世界では、こんな格好をしています。
 紺色のスーツにスカート。セミロングの髪。
「松村智子先生!」
「こんにちは。サービス」
「はぁ……」
「な……何だよ、ここは」
 もうひとつの声が重なる。
「ハーレム!」
「何か変なところに来ちまったな。おい、松村のババァ」
「誰がババァですか。まだ二十代ですよ、私は」
「関係ねぇだろ、んなこと。おい、ここはどこなんだ」
「私の内的世界ですよ」
「ふぅん……」
 ハーレムはぴんと来ないようだった。サービスもであるが。
「私は、別の世界ではまた違った姿をしています。Tomoko――私の本体ですね」
「アンタかい。俺とサービスを入れ換えたのは」
「ぴんぽーん」
 サービスもハーレムもどっと脱力したようだった。
「でも、そろそろ……元に戻そうと思ったの。サービスがね……」
「松村先生、言わないでください」
「わかったわ」
「何だよ。何があったんだよ」
「秘密、秘密。それよりもね――あなたの病気は癒されたわ。もう熱は下がっているはずよ」
「俺の――病気?」
「しかも。あなた方双子の中身はもう元に戻っているわ」

HS ~ある双子の物語~ 第三十四話
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