HS ~ある双子の物語~ 第三十一話

「駄目だ駄目だ! こんな演技じゃ――」
 同じ頃、この遊園地で映画を撮っている監督がいた。
「しかし、ここはただの通行人が歩くだけのシーンですから、そんなに凝らなくても――」
「俺は許さん」
 この監督、完璧主義なようです。
「あら、何かしら」
 リリーがハーレムやサービスと一緒に歩いている。後ろからはマジック達が。
「映画のロケみたいだな」
「おっもしろそー。どれどれ?」
 サービスは人ごみの中をひょいとかきわけた。
「わっ、あのおじさんメガホン持ってるよ。本物だー。おい、見なよ、ハーレム、リリー」
「そんなはしゃがなくたっていいだろ? ちゃんと見えるよ」
「映画撮るの見たのって初めて……」
「おや?」
 監督が三人に目をつけた。
「お、おおおおおお」
「どうしました? 監督!」
 助監督が訊いた。
「彼らこそ正に私の理想の通行人だ!」
「彼ら?」
「あの子達を呼べ! すごく可愛い少年と子獅子のような髪の少年と、それからまたとない美少女だ!」
「あー、あの三人すか」
「呼べ! 今すぐ呼べ!」
「はいはい」
 助監督がハーレムの元に来た。
「君達、映画に出る気はないかい?」
「映画って、あの映画?」
「スクリーンに出て来るような?」
 ハーレムとサービスは顔を見合わせた。
「監督が、『理想の通行人』だって言うから」
「そう言われて、喜ぶ人間がいると思うのか」
「サービス、そんなこと言わずにさぁ……俺はいいですよ」
「わ、私もですか……?」
 リリーが戸惑いがちに訊く。
「もちろん。というか、男ばかりじゃ花がないよ。えーと……君達、名前教えてくれるかな?」
「サービス」
「ハーレムだ」
 もうこのような場面でつまづく二人ではない。
「変った名前だね……」
 助監督の顔が引きつっている。
「文句だったら名付け親に言ってくれよ」
 ハーレムは余計な一言を添える。
「それからこっちのお嬢ちゃんは?」
「え……えと……リリーです」
 リリーは緊張しているようだ。
「どうだい? 出るかい?」
「出るに決まってるでしょう」
「出ます」
「あ、私も……ハーレムくん達が一緒なら……」
 リリーはハーレムをちら、と盗み見る。
(ハーレムくんは……本当にハーレムくんなんだろうか)
 だが、それは端役でも映画に出るという出来事の前では、瑣末なことのように思えた。
「監督、連れて来ました」
「うむ」
 監督は満足そうに三人を眺める。そして言った。
「近くで見るとより可愛いな!」
 そして、三人に前を歩かせた。
 リリーはともかく、演技力はここ数日で磨き抜かれたハーレムとサービスである。
「よろしい。合格!」
「良かったね。点が辛いことで有名なんだ」
 助監督はこっそりハーレムに告げた。
「君達には、アイスを食べながら、この通りを歩いていってもらいたい」
「それだけでいいの?」
 サービスが質問する。
「ああ。それだけでいい。何も難しいことはないだろう?」
「そうですね」
「あ、この子の保護者に言わなくていいすか?」
 と、助監督。
「そうだな。一応伝えてくれ」
「わかりました――君達のお父さんはどこだい?」
「私のお父さんなら……ほら、ハーレムくんのお兄さん達と一緒に」
 リリーが指差した。
「ほう。なかなかの美男子だな。さすが君のお父さんだけのことはある」
「そんな……」
 リリーはもじもじし始めた。
 助監督が事情を説明すると、父兄達はみな了承してくれた。
 様々な準備が終わって、いざ本番!
「さ、アイス持って。よーい、アクション!」
 三人は笑顔でカメラの前を通り過ぎて行く。
 小鳥が来たので、ハーレムは指にまとわりつかせた。
「な、なぁ、あれって……」
「静かにしろ!」
 眼鏡の奥で監督の目が鋭く光った。
「いいぞーぉ」
 カット!
「お疲れ様」
「いえいえ」
「とてもいい演技だったよ。自然で」
 助監督が褒める。
「あの小鳥のシーンがいいよ。思わぬアクシデントだったが、画面がぐっと引きしまった」
「ありがとうございます」
 ハーレムが笑顔を見せる。
「あの小鳥は、君が飼っているのかね?」
「いいえ。どこからか飛んできたんです」
「へーえ。小鳥も懐かせるなんて、君は不思議な少年だな」
「あ、いえ……どうも」
「何だよ、サービス。小鳥は苦手だったんじゃなかったのかよ」
「ええっ? そうだったの?!」
 サービスがハーレムを小突き、リリーが意外そうな声を出した。ハーレムは本当は動物が好きである。それを、あの小さな鳥は見抜いたのだ。
 でも、他の者に知られるわけにはいかない。サービスにだって……。あの悪魔のようなルーザーにバレてはならないのはもちろんだが。

HS ~ある双子の物語~ 第三十ニ話
BACK/HOME